Another side 13
レンが屋台を引いて歩いていると、老人と少女が路地裏の木箱に座って待っていた。
少女は色白で、とても鮮やかな緑色の髪をしてる。
老人の方は背丈が子供くらいしかなくて、足の甲が扁平で長い。ホビットである。
彼らの顔を見て、レンは言う。
「あんたら、見た顔だな。確か、親父の命日にラーメン食いに来てた二人だろ?」
老人が鼻を鳴らして言う。
「ふん……わしの名前はタルタル・ヴォーデン。錬金術師をやっておる。こっちは、助手のセリじゃ。まあ、世間一般で言えば、タイショとわしは友人と呼んでもいい間柄だった。もっとも、向こうがどう思っていたかは知らんがな。友人関係とは、相互の絆によって結ばれるものだ。しかし、わしが一方的にそう思っていただけの可能性もある」
流暢な言葉に、レンは目を丸くする。
「あんた、日本語めっちゃうまいなっ!?」
「最近、リンスィールからニホン語を習っておるからの……本当はもっと早く食べに来たかったんじゃが、せめてあやつ並に喋れるようになるまでは、わしのプライドが許さなかったのじゃ! タイショともよく話をしていたが、二十年の間に言語能力が錆びついていないか、チェックする必要もあった。奴の覚えた新しい単語も知りたかったしのう」
「なんだか、理屈っぽい爺さんだなぁ。それにしても顔色が悪いぜ……大丈夫かよ」
「わしの身体は、病気を患っておってな。騙し騙し延命しておったが、もう長くない」
レンは驚いて声を出す。
「ええっ!? だったら、こんな夜中に出歩いちゃダメだろう。家に帰ってゆっくり寝てろよ」
「ふん、ほっとけ。いらぬ心配するでない。最後ぐらい、好き勝手に食いたいのじゃ。それより、お前……タイショとは違う、変わったラメンを出しておるのだろう? リンスィールとオーリから聞いたぞ」
「ああ。あいにく今夜は、ベジポタラーメンが売り切れでな。背脂チャッチャ系だけ残ってる」
「そうか……奴らが絶賛しておったベジポタケイとやらを食べてみたかったが、仕方あるまい。では、そのセアブラナントカっちゅーのを頼む」
「あいよ。そっちのお嬢ちゃんも、ラーメン食うだろ?」
鮮やかな緑髪の少女、セリは呼びかけられて頷いた。
「はい、よろしくお願い致します」
レンが椅子を置くと、セリはタルタルを座らせる。
「先生、どうぞ」
「うむ。あいててて……くそう、腰が痛むわい!」
タルタルは心配そうな顔で見つめるセリに、一瞥をくれるとパイプを取り出してふかし始めた。
レンは言う。
「おい。うちは禁煙だぜ」
タルタルはギロリと睨む。
「若造め、生い先短い老人の楽しみを奪うというのか? この人でなし!」
「わ、わかったよ……。じゃあ、今夜だけ特別な」
レンはそう言うと、麺を茹でて丼にスープ注ぎ、背脂を振ってラーメンを完成させた。
「はいよ。背脂チャッチャ系、おまち!」
タルタルはパイプをしまうと、手を擦り合わせて含み笑いする。
「うほほほ……すごい脂じゃのう! 病気になってからはずーっと乳粥ばかりじゃったから、こりゃたまらんわい」
タルタルはラーメンを美味そうにズルズルと啜った。セリもそれを見て、自分のラーメンを食べ始める。
だけど麺を3分の1ほど残したところで、タルタルの動きが止まる。
そのまましばらく黙ってラーメンを見つめ、それから申し訳なさそうに言った。
「……どうも、胃袋が縮んでおるようだ。これ以上は食えそうにない」
レンは頷く。
「そうか。まあ、病気じゃ仕方ねえよ。食えるとこまで食ったら、残していいぜ」
「本当にすまんな。タイショのラメンは全部食えたし、こんなはずじゃなかったんだがのう……」
タルタルは未練がましくラーメンを掻き回していたが、やがてパイプを取り出して口に咥えた。
しばらくして、セリが食べ終わる。
「ごちそうさまでした。とっても美味しかったです」
セリは銀貨を二枚、差し出した。レンはそれを、そっと押し返しながら言う。
「お代はいらない。こっちの世界のみんなにゃ、タダでラーメン食わせてんだ。どうせ、売れ残りだしな」
それからセリの緑髪を見ながら、惚れ惚れとした声で言う。
「あんた、綺麗な髪の色をしてんなぁ……それ、染めてるのかい?」
「いいえ、地毛ですよ。私、ホムンクルスですから」
「ホムンクルス。人工的に作られた人間ってことか!」
セリは、にこやかに微笑んで言う。
「はい! 私、タルタル先生に作られたんです。でも普通、ホムンクルスは意思を持たないんですよ。私は特別なんです。ホムンクルスに自我を持たせるなんて、先生以外の錬金術師にはできません」
タルタルが口を挟む。
「ホムンクルスっちゅーのは本来、感情もなく、教えた知識をただ繰り返すだけの存在でしかない。要は生きてる人形じゃ。外気に耐性がなく、フラスコから出したら死んでしまう。日時を指定すればその時に喋った事をそのまま繰り返すので、他の錬金術師は実験の記録帳代わりに使っておるな」
「へえ……? ボイスレコーダーみたいなもんか」
セリは、懐かしそうな顔で言う。
「私が意識を持って初めて見たのは、フラスコのガラス越しの世界でした。沢山の書物、色とりどりの薬品……そして、こちらを見つめる大きな瞳。素敵だな。向こう側に行きたいな。そう思いました。先生は、そんな私に外の世界で動ける身体をくれたんです!」
タルタルは鼻を鳴らす。
「ふん。わしゃ、使える助手が欲しかっただけじゃ」
「はい。セリは精一杯、先生のお手伝いをいたします」
「……もう、帰るぞ。ラメン、残してすまんかったな」
セリはタルタルを立たせると、身体を支えるようにして歩き出す。
後ろ姿を見送りながら、レンは呟く。
「あの爺さん、大丈夫かな……? また、ラーメン食いに来てくれるといいけど」
次の日の夜。レンが屋台を引いていると、昨夜と同じ場所に誰かが座って待っていた。
セリである。だが、髪の色がおかしい……昨日は鮮やかな緑だったのに、今は枯れ葉のような赤茶けた色になっている。
彼女は立ち上がると、屋台に近づきながら言う。
「ラメン、食べさせてもらえるかのう」
「あいよ、いらっしゃい! 注文はベジポタラーメンでいいのか?」
「うむ。やはり、味が気になっての。二晩連続で来てしまった」
「よっしゃ、ベジポタいっちょう!」
レンがベジポタラーメンを作ってカウンターに置くと、セリは嬉しそうに擦り手をしてからズルズルと食べ始める。やがてスープを飲み干して綺麗に平らげると、満足そうな声で言った。
「なるほど、美味かった! リンスィールやオーリが絶賛するだけある……それにしてもやっぱ、健康な身体はええのう。残さず全部食べられたわい」
腹を抱える彼女に、レンは言う。
「なあ、セリって言ったよな。あの爺さんは元気か?」
セリは食べ終わったドンブリを脇に除けると、パイプを取り出してふかし始めた。
「爺さんって……そりゃ、わしのことか?」
「は?」
「今は、わしがタルタル・ヴォーデンじゃ。わしの身体は、もう使えんのでのう。こっちの身体に記憶と魂を移植したのじゃよ。しかし、なにしろ初めての試みだったからのぉ……副作用として、髪の色が変わってしもうたんじゃ」
「……ん、だよ。そりゃあ……?」
レンの顔から血の気が引いて、真っ青になる。
レンは恐い顔でツカツカと屋台を回り、タルタルの首根っこを掴み上げた。
「この……野郎……ッ!」
「わ、わーっ! きゅ、急にどうしたんじゃ!? コラ、離せ! 離さんかーっ!」
「なんでだ……? なんで、そんな酷い事ができんだよっ!? あの子は、お前を尊敬してたじゃねえか! お前が大好きだったろう!? 自分が生きるためとは言え、てめえよくも……っ!」
レンの目元に、涙が滲んだ。
タルタルはあわあわと手足を振り回して叫ぶ。
「割れてしまう! 割れたら、死んでしまうんじゃ!」
「ああっ!? ……割れる? なにが割れるってんだよっ!」
「フ、フラスコじゃっ! セリのフラスコが割れてしまう!」
タルタルの胸元から、少女の声が響く。
『レン様、乱暴はおやめください!』
「……えっ?」
レンは呆けた顔になった。
タルタルは怒った声で言う。
「おい、若造! いいか、ゆっくりじゃ。ゆっくりと下ろせ。いいな?」
「あ、ああ……。ゆっくりだな」
レンが彼を両手で抱えて、ゆっくりと椅子に戻すと、タルタルは胸元をもぞもぞと探り首から下げた紐に結んだフラスコを取り出した。
中には、鮮やかな緑髪の小人が入ってる。
セリだった。
「ふう……。おお、セリ、大丈夫か……? まったく、なんちゅーことするんじゃ!」
それを見て、レンは己がとんでもない勘違いをしていたことに気づいた。
顔を赤くして、頭を下げる。
「あの。お、俺……とんでもない勘違いをしちまったみたいで……ごめんッ! てっきり、あんたがその身体を使うため、セリを殺したのかと……っ!」
うろたえるレンに、落ちたパイプを拾いながらタルタルは言う。
「やれやれ、若造が。早とちりがすぎるわい。セリは、わしの大事な助手じゃ。殺すわけないじゃろう? なんせ、こやつがおらんかったら、わしは自分の下着がどこにあるのかすらわからんのじゃからな!」
偉そうに胸を張るタルタルに、レンは突っ込む。
「いや、それはわかっとけよ! ……でも、本当に悪かった。いきなり暴力を振るうなんて、最低だよ。深く反省する……」
再度、頭を垂れるレンに、タルタルはパイプを咥え、皮肉っぽい声で言った。
「ふん、気にするな。悪気があってのことではないからの。じゃがしかし、お前が人の話を全部聞く前にわしの首を掴み上げた件はわしの脳細胞に死ぬまで記憶され、今後お前がわしの前で短絡的な行動をするたびに、わしがチクリと嫌味を言う権利を得たことは忘れるなよ?」
「……やな爺さんだなぁ」
タルタルは、フラスコを優しい目で見つめながら言う。
「セリには、わしより先に死なれては困る。……じゃないと、誰がわしの葬式を出すんじゃ? のう、セリ」
フラスコの中のセリは、キラキラした目でタルタルを見返しながら頷く。
『はい! 私、先生が死んだら、いっぱい泣いて、いっぱい悲しみますね! きっと我慢できないで、すっごくすっごく、泣きわめきます……そして先生にふさわしい、立派なお葬式を出させていただきます』
「うむ、それでいい。それでこそ、わしの最高傑作じゃ」
タルタルは満足そうに微笑んで、フラスコを胸元へとしまった。
記念すべき100話目です!
なお、タルタルがホムンクルスに自我を持たせようと思いついたのは、タイショに『竹取物語』を聞かされたからです。
セリと言う名前も、日本の七草粥から名付けました。タルタルがタイショにもらった七福神の置物を見て、「七人の小人の神様か……『7』と言うのは、彼らの世界で特別な数字に違いない!」と連想し、「そう言えば、七草粥ってのもあったよな」と思い出したのがきっかけです。
ところで、僕はいつも寿老人と福禄寿の区別がつきません……。
せり、なずな、ごぎょう、はこべら、ほとけのざ、すずな、すずしろ、これぞ七草。
次回、101話目は……ブラドの『ラメン』
お楽しみに!




