0−4:本当の気持ち
「それで?」
「え?」
「なぜ、おまえが身代わりになるという話になった? レイアに何を言われた?」
ルシアの受け止め方では、まるで自分がレイアを望んでいるかのような結論になる。いったい双神の姉から何を言われたのか気になった。ディオンがもっとも懸念している本題はどうなっているのか。レイアが人界降嫁を望んでいることは、ルシアに伝わっているのだろうか。
「それは……」
まるで大きな失態を犯したように、ルシアはいまにも泣き出しそうに目を伏せた。
「レイアには他に好きな方がいると聞いただけです。私の申し出は、私が勝手に訴えているだけで、レイアは関係ありません……」
ディオンはますますわからなくなったが、とりあえず口を挟まずルシアの訴えに耳を傾けた。
「ディオン様がレイアをお望みであることは承知しておりますが、私はレイアの想いを叶えたいのです。だから――」
「ちょっと待て、ルシア」
なぜそんな思い込みを抱いているのかは、まるで理解できないが、ルシアが誤解していることは明白だった。
「私はレイアを望んだ事などない」
「え?……でもディオン様はレイアを妃に望んでいるのでは?」
「噂のことか」
全く身に覚えのない話だが、思えばレイアが人界降嫁を訴えるたびに謁見していたことが発端となったのかもしれない。周りの目には逢瀬を重ねているように映るだろう。
レイアがルシアに人界降嫁の望みを話していないのなら、彼女にも同様の誤解が生まれるの道理だった。自分の浅慮が招いた結果とも言える。
ディオンは思わず吐息をついたが、ルシアは信じられないと言いたげにこちらを見ている。
「ディオン様はレイアのことを望んでおられるのではないのですか? だから、レイアと揉めているのでは?」
「そういう事か」
ディオンはようやく不可解な謎がとけたように、成り行きを理解した。
「――どうやらおまえは肝心なことを何も聞いていないようだな」
経緯を知ると同時に、レイアの思惑にたどり着いて忌々しい気持ちになる。まだルシアには人界降嫁の望みを打ち明けていないようだ。それどころかディオンにその役割を負わせようとしている。
(……レイア、どこまでも喰えない女神だ)
「あの、肝心なこととは?」
ルシアはまだ不安の残る眼差しをしている。
片割れの人界降嫁。それはいずれ二人が生き別れることを意味する。人の寿命を享受すれば、レイアはルシアを置いてこの世を去る事になるのだ。同じ時を生きられない。
知ればルシアは嘆くかもしれないが、受け入れることも想像がついた。
レイアの想いを守りたい。
そのために、自身を身代わりに差し出すほどの決意を見せるのだ。
たとえ人界降嫁を伴っても、ルシアの姉への気持ちは変わらないだろう。
「ディオン様がレイアをお望みでなければ、どうして揉めていたのですか?」
「それは……」
さすがにディオンも伝える事をためらう重荷だが、同時にレイアは抜かりなく見返りも用意している。
今まで自分を避けていた愛しい女神が、訪れてきた理由。
ディオンは先にそちらに手を伸ばすことにした。
「レイアの問題を話す前に、私もおまえに聞きたいことがある」
「私に?」
「慕っていたというわりに、おまえは私の事を避けていたようだが……」
「あ……」
ルシアがぎくりと身じろぐ。自分が訴えた事を思い出したのか、小さな肩を強張らせたまま、みるみる顔が紅潮した。
「あの、それはお忘れください」
「忘れる?」
「はい、聞かなかった事にして下さい。私はディオン様はレイアのことをお望みなのだとばかり思いこんでいて、だから、その、同じ容貌の自分なら何とかならないかと浅はかな考えで……」
話が逆の方向にそれていくのを感じる。全てをなかった事にして逃げられそうな予感がしたが、この機会を逃す程ディオンは甘くない。
レイアもルシアの気持ちを汲んでいるはずだった。
ディオンに重荷を託したのも、先を見越してのことである。
人界降嫁を果たした場合の末路。レイアはいずれルシアを置いてこの世を去る。
だから彼女は、独りになったルシアの傍で心を砕いてくれる者を欲しているのだ。
「私が大変な思い違いをしており、それで……。ディオン様には本当にお詫びのしようもなく……」
「ルシア、残念ながら今さら聞かなかった事にはできない」
「いえ、でも……」
「それとも、私を慕っているというのは作り話か」
まっすぐに切り込むと、ルシアは全身を紅潮させそうな勢いでさらに頬を染めた。
「それは、――嘘ではありません。ディオン様のことは、ずっと憧れで、お慕いしておりました。ですが、レイアと想いを通わせていると思っていたので、あまりお傍によるのも良くないと思って……。ディオン様を避けていたのは、私の気持ちの問題で、……そのようにつまらない理由なのです。もしご不快であったなら、本当に申し訳ございません」
ディオンはようやく心が緩む。傍に置きたいと願った豊穣の女神。
レイアの思惑は煩わしいが、二人に感じる双神の絆を思い知る。簡単には太刀打ちできない強固な鎖のように思えた。いつかルシアの内で、自分がレイアを超えることができるのだろうか。
「ルシア」
痛々しく感じるほど恥じ入っているルシアの視線が、ディオンと重なる。
美しく愛しい女神。
心が伴うのなら躊躇わない。ディオンはゆっくりと手を伸ばし、彼女に触れた。




