0−3:ルシアの誤解
ルシアは着慣れない美しい衣装に息苦しさを感じていたが、それ以上に早鐘のように打つ鼓動で胸が苦しい。ディオンにレイアを許してもらうために、自分が身代わりになる心づもりもしている。
そのためにレイアのような振る舞いが必要であるなら、彼女のように毅然と着飾ってみせる。
「ーールシア、待たせたな」
ディオンとの謁見はレイアの根回しのおかげか、すぐに果たされた。
数えるほどしか入ったことのない王座の間。希望の通り人払いがされている。現れたディオンは玉座につくと、平伏すルシアにも顔を上げるように促す。
「堅苦しく考えるな。改まって話とはなんだ?――レイアの事か?」
率直に問われて、ルシアはすっと覚悟を決めた。
「はい」
「ようやく聞いたのか。――私はおまえの気持ちを汲むつもりだが」
「では、レイアの事はどうかお許しください」
「おまえは認めると?」
「はい。ディオン様のお気持ちに背くのは心苦しいですが、私はレイアに想う人がいるのなら、その方と添い遂げてほしいと願います」
「――そうか、わかった」
「ありがとうございます」
「だが、ルシア。それでもレイアの願いをかなえることは、私にとって容易くない。おまえ達の気持ちは汲むが、希望にこたえられるかどうかはわからない」
ルシアはぎゅっと唇をかみしめる。ディオンの抱くレイアへの想いも強いのだ。簡単に諦められるはずもない。
「――ディオン様にとって酷なお願いで在ることは承知しております。ですが、それでもレイアの事はお許しください」
「ルシア?」
鼓動が体中に響いている。ディオンにとっては侮辱に等しい申し出だろう。けれど、ルシアはレイアの想いを守りたい。断罪される事も覚悟しながら、訴えずにはいられなかった。
ディオンの顔を見ることが出来ず、ルシアは深くその場に平伏した。
そして、一息に伝える。
「私では、レイアの身代わりにならないでしょうか? 私はずっとディオン様の事をお慕いしておりました。ディオン様が望むのなら、レイアのように振舞う努力をいたします。だから、どうか姉の事はお許しください」
ラグナロクの壮麗な王座の間に、しんと沈黙が満ちた。
ディオンは俄かに話の行方を見失った。自分の前で平伏して震えている華奢な肩を見て、彼女が冗談を言っているわけではない事だけを理解する。
(レイアの身代わり?)
改めてこれまでの会話を辿りなおし、ディオンは苦々しい気持ちになった。
(レイアはいったい何を考えている……)
予想した筋道を確かめるために、気を取り直す。
「ルシア、顔をあげろ」
「あげられません。ディオン様に姉をお許しいただくまでは」
震えているルシアの姿は、どこまでもいじらしい。これほどまでに彼女に心を砕かれるレイアに嫉妬しそうなほどだ。
「許すも何も、おそらくおまえは思い違いをしている」
「え?」
ルシアがうかがうように顔をあげて、ゆっくりと上体を起こす。まるで天敵におびえる小動物のような頼りない表情だった。恐れに潤んだ美しい碧眼。抱き寄せたくなる衝動をやりすごして、ディオンは玉座から立ち上がる。未だ床に座り込んだままのルシアに歩み寄り、そっと手を引いて立ち上がらせた。
「とにかく、こちらの席につけ。話はそれからだ」
玉座から離れ、ルシアの手を引きながら、傍らに飾り物のように据えられている卓と長椅子へ向かう。石造りの調度は、全てに精緻な細工が施されており、神殿内を豪奢に飾る役目も担っていた。
卓の上には、来客をもてなすための彩り豊かな果物や果実酒が用意されている。
「あの、ですが、私はディオン様に無理なお願いをしているのです」
賓客のように持て成されるわけにはいかないと、ルシアが立ちすくむ。
「私は豊穣の女神には相応の礼を尽くす」
「――ディオン様」
ルシアは諦めたように設けられた席についた。ディオンも向かい合う位置に座る。
「さて、いったいレイアはおまえに何を話した?」
「……ディオン様のほかに、想っている方がいると聞きました」




