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魔王と囚われた王妃 ~断末魔の声が、わたしの心を狂わせる~  作者: 長月京子
第六章:重なり焦がれる心

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28:呵責にも似た思い

 ルシアの想いが流れ込んでくるように、ディオンに甘い気配が届くようになった。邪悪(ガルドル)を通して伝えられる感情の行方。自分に向けられた恐れや憎悪はいつのまにか失われていた。クルドとアルヴィのおかげなのだろう。想い出を取り戻せるはずもないのに、ルシアは再び自分に心を向けた。


 時にはくすぐったくなるような甘さを伴って、ルシアの心の機微が伝わって来る。

 疑いようのない恋情。


 もう邪悪(ガルドル)に影響が及ぶことを恐れる必要もない。

 破滅(ラグナロク)が訪れる前にそうであったように、ディオンはルシアの心を手に入れた。

 かすかな希望が少しだけ光を増す。


 邪悪(ガルドル)を受け入れ、覚悟を決めた日。

 (ゼロ)からのはじまりになる。わかっていてディオンは望んだ。

 天界(トロイ)での日々、輝いていた昔日。過去の残像は自分の胸にだけ残れば良い。


 ルシアは必ずまた自分に心を傾ける。

 なぜそう思ったのか。なぜそれを信じられたのかはわからない。


 確かな証は何もなかったが、ルシアはディオンの予想を裏切らず辿りついた

 遣わされた蛇の罠で憎悪を刻まれても、彼女は自分を信じる道を選び、失う前と同じように心を向けてくれる。

 そして、再び同じ希望を見つめてくれる。


 人界(ヨルズ)の再興。


 ディオンは傍らで眠るルシアの髪を梳くように、指先で触れる。天界(トロイ)の輝きを纏っているかのような金髪。緩く癖をもつ長い髪が、彼女の背中を覆うように広がり、寝台へと流れている。華奢な肩と、なめらかな白い肌。


 彼女が創生(アウズンブラ)を継承する前から、数えきれないほど肌を重ね、想いを通わせてきた。

 ディオンは彼女の髪を梳く手を止めた。黒く伸びる爪。寝台の上に広がる、おぞましい色に染められた頭髪。金の装飾で隠した、邪悪(ガルドル)を飼う右眼。


 明らかに失われた輝き。身を犯す魔性がディオンの姿を蝕む。

 輝くように美しいルシアに触れることに罪悪を覚えるが、愛しいという思いを示すことにためらいはなかった。彼女が受け入れ、自分を求めるのであれば迷うこともない。


 ディオンは醜悪な爪が彼女の肌を傷つけないように、そっと彼女の背中に手を添わせ、肩に繋がる線をなぞった。見る事が叶わなくなった美しい翼。


 自分と同じ六枚羽の有翼を与えたのは、いつだったのか。弾けるような光を受けて、まるで世界を抱くように翼を広げ、優雅に羽ばたく姿の美しさは今も鮮明に刻まれている。


 天界(トロイ)でも稀有な姿。六枚の翼を許されるのは、破滅(ラグナロク)創生(アウズンブラ)に選ばれた者だけだった。


「ーー……」


 眠るルシアの美しい顔を見つめながら、ディオンは呵責にも似た、言いようのない感情に支配される。


 何がはじまりだったのだろう。

 レイアがトールを愛したことだったのか、あるいはルシアが創生(アウズンブラ)の女神となったことだったのか。

 それとも、自分がーー。

 考えても答えは出ない。わかっていても、ディオンは過去をなぞらずにはいられなかった。


 世界の秩序。

 あまりにも傲慢な導き。

 神が人を愛したことが許されない罪となって、全てを狂わせてしまったとでも言うのか。一方的に下される破滅と創生。


 本来であればヴァンスの行いが正しく、自分が狂っているのかもしれない。

 大いなる世界(ルーンヘイム)の掟に背いているのは、どちらなのか。

 わかっていても、諦めることは出来ない。


 トールと語り合った理想。美しい大地。人界(ヨルズ)の者が放つ輝きを忘れることなど出来はしない。

 神の嫉妬。訪れた破滅(ラグナロク)


 結局、最悪の事態を招いた。

 レイアを失ったルシアの衝撃は、創生(アウズンブラ)の絶望となってさらなる悲劇を生んだ。

 臨界を越えた悲嘆がもたらしたもの。


「おまえの絶望は、私が引き受ける。……だから」


 ディオンは身を屈めて、横たわるルシアの白い背に口づける。


(ーー思い出さなくていい)


 心を痛めるだけの記憶など失われてしまった方が良い。

 過去に縋って取り戻せるものなど何もない。後戻りはできない。


 今にも消えてしまいそうな小さな光が残されている。全てを失った訳ではない。この道の先には希望がある。

 そう信じている。


「ルシア」


 白い肌に唇を寄せて、ディオンは祈るように目を閉じた。

 身に邪悪(ガルドル)を飼おうとも、これ以上大いなる世界(ルーンヘイム)の秩序に従うことは出来ない。


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