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魔王と囚われた王妃 ~断末魔の声が、わたしの心を狂わせる~  作者: 長月京子
第五章:古き者の影

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24:寄り添っていた面影

「こちらにおいでだったのですか? アルヴィも!」


 クルドが真っすぐに石畳の小道をかけていく。先にいるアルヴィが腕を広げてクルドに抱き着いた。ルシアは突然の再会に戸惑ったが、気持ちを整えながらディオンへと歩み寄る。もう恐れで足が竦むようなことはないが、釈然としない気持ちがさざめいていた。


「ディオン様、お久しぶりです」


「ルシア……」


 彼は右眼を隠す金細工の装飾を指でなぞっている。血の色を宿した左眼が、何かを探るようにルシアを見つめた。


「何か不満がありそうだな」


「え?」


 今となってはクルドの語るディオンの面影が、ルシアの内でも形作られつつある。はじめのように恐れや憎悪に囚われることはなくなっていたが、ディオンがどのように感じているかは掴めない。何が狂気の引き金になるかも分からないのだ。ルシアは考えをまとめることができないまま、咄嗟に訴えた。


「ディオン様が、私に会いに来て下さらないからです」


 口が滑るとはこういうことなのだろう。まるで恋人に放っておかれた女のような、我がままな言い分である。ルシアは失言に頬が染まるのを感じた。それが余計に誤解を生むと判っているのに、熱くなる顔をどうにもできない。真っすぐにディオンの顔を見ることが出来ず、とにかくこのままではいけないと口を開く。


「いえ、あの。……これは不満ではありません。ただ、お会いすることができないと、何が本当の事なのか見極めることができませんので……」


「ーーそうか、なるほど」


 気のせいか、ディオンの声が和らいだ気がした。ルシアがゆっくりと顔をあげると、横からアルヴィが勢いよくルシアに飛びついてくる。


「ルシア様! 今日もとってもお綺麗です! 結い上げた髪が素敵ですね!」


 満面の笑顔でアルヴィが褒めてくれる。ルシアは素直な感想に顔が綻んだ。


「ありがとう、アルヴィ」


「ね! ディオン様! ルシア様はとってもお綺麗ですよね」


「ああ、そうだな。とても綺麗だ」


 アルヴィのおかげで取り戻していたルシアの平常心が、再び戸惑いに傾く。クルドから与えられた過去の印象よりも、はるかに優し気な声だった。ルシアはなぜかディオンの顔を見ることが出来ない。どんな顔をするべきかと考えていると、ふいにそっと手を取られた。


 魔性を示す黒く伸びた爪。けれど鋭利な形はルシアを傷つけることもなく、ディオンの掌が温かい。ルシアはゆっくりとディオンに手を引かれ、一歩を踏み出す。


「あちらにユミルの花が咲きはじめた。おまえの髪を飾るのにちょうど良い」


 ディオンに導かれて歩むことに何のためらいも感じない。ルシアは彼の横顔を仰ぐ。限りなく黒に近い、長い紫髪が翻る。魔性の色を宿していも美しい横顔だった。右眼の邪悪(ガルドル)が幻だったのではないかと思えるほど、落ち着いた気配。


「ユミルの花とは?」


 問うと、ディオンがこちらを見る。視線が合うと彼は微笑んだ。


地底(ガルズ)にも美しい花は咲く」


 ルシアはきゅっと胸が詰まる。思わずディオンに取られていない方の手で胸を押さえた。


(どうしてーー)


 ディオンへの印象が、まるで変化している。


 邪悪(ガルドル)の影響が抑え込まれているだけでは言い尽くせない。

 久しぶりに見た彼の振る舞いは、クルドやアルヴィが語ってくれた想い出に馴染む。穏やかで強く、美しい面影。


 白金の輝きを失っているが、ルシアの抱く面影に等しく、癖のない長い髪が同じように閃く。

 切り取られたかのような断片的な記憶の中でも、傍らで長い髪が翻るのを感じながら寄り添っていた。今と同じようにーー。


(もしかして、彼は本当に……)


 心に刻まれた面影を辿る。けれど、それがディオンであるのかはわからない。どうしても思い出せない。


「見ろ、ルシア。ユミルの花園だ」


 ディオンが手を放す。覆い茂った緑を踏み越えると視界が開けた。霧に沈まない鮮やかな色が視界を埋め尽くす。熟れた果実のような甘い芳香が鼻をついた。心が一気に目の前の光景に奪われる。


「なんて、綺麗……」


「ルシア様、私がご案内しようと思っていた場所もここです。満開ですね!」


「ええ、クルド。とても綺麗。それに良い香りがします」


 ルシアが感激している間に摘んだのか、アルヴィが両腕に花を抱えて駆け寄ってきた。


「これでルシア様の髪を飾りましょう」


 アルヴィに促されてルシアは身を屈めた。彼が背後でルシアの髪に花を差し込んでいる気配がする。クルドも弟の抱える花に手を伸ばして、同じようにルシアの髪を飾り始める。


「ディオン様もお願いします!」


 抱えていた花をディオンに差し出して、アルヴィが促している。少し離れた位置で様子を見守っていた背の高い気配が動く。草を踏みしめる音と共に、ディオンがすぐ傍まで近づいた。


 アルヴィの差し出す花を手に取って、ディオンが身を屈めた。右側を金細工で飾った顔が厳かに見える。美しい左眼が自分に向けられていると思うと、ルシアは体が強張るのを感じた。恐れでもなく憎悪でもない、触れられることを恥じらうような緊張だった。


 なぜそんな心持ちがするのか、ルシアには自分の心がわからない。戸惑いが最高潮に達する。

 寄り添うように近づいた気配を、まともに見ることも出来ない。思わず視線を伏せた。

 やがてルシアのこめかみの辺りにすっと何かが触れる。ディオンが髪に花を挿したようだった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] クルドの不安にやっと気づけたルシアが、クルドとアルヴィを信じようとする場面、とても気持ちが伝わりました。 今日のディオンの様子で、ルシアが大切な記憶を思い出せるとよいな、と思いました(*…
[良い点] おおーっ! 一気に二人の距離が縮まった気がしますー! ボクは男なのですが、ルシアの心の動きが細かく描かれているので、彼女に感情移入してどきどきしながら読めています。
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