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魔王と囚われた王妃 ~断末魔の声が、わたしの心を狂わせる~  作者: 長月京子
第四章:虚実に揺れる心

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20:見極められない虚実

(私が、女神だからーー?)


 まさかと思うが、刻まれている感覚は嘘をつかない。女神は不老なのだ。年老いて姿が変化するという意識がない。


 ルシアは綺麗に回復した頬を確かめる。本当に女神の力で治癒したとでも言うのか。信じられるはずがない。


「そんな、まさかーー、そんなはずは……」


「ルシア様?」


 この心に焼き付いた断末魔の叫びは、本当に違う誰かの記憶なのだろうか。レイアという激しい叫びと、愛しさを踏みにじるような絶望。拠り所としていた光景は、自分の心が見ていた情景ではなかったのだろうか。


「やはりお体の調子が悪いのではないですか?」


 労わるようなクルドの声を聞いて、ルシアは何とか心を立て直す。動揺は色濃く残っているが、心配そうにこちらを窺っている姉弟に笑ってみせる。


「大丈夫です。もっと話を聞かせてください」


「ーーはい」


 クルドとアルヴィが、人界(ヨルズ)に在った頃の思い出を語る。二人の昔話にはルシアも多く登場した。堕天前のディオンと共に在った女神の姿。


「ディオン様のお姿も輝くばかりでしたよ」


 アルヴィは変わらず屈託のない様子で語る。クルドが頷いて微笑んだ。


「そうね。今は少し変わってしまわれましたが、長く真っすぐな髪は同じです。当時は白金髪(プラチナブロンド)で、ディオン様が身動きするたびに光が照り返されて光るんです。とても神々しいお姿でした」


「ーーそう、ですか」


 ルシアは胸が掴まれたように苦しくなる。胸の内に抱える面影と齟齬のない姿。予感はしていたが、すぐには受け止められない。


「あなた方にとって、ノルンはどんな人物だったのですか」


 地底(ガルズ)で自分を支え続けてくれた優しい気配。失ってからも、ルシアは忘れずに覚えている。


「ノルンは心穏やかで優しい女でした。私達も彼女には懐いておりましたので。母もとても信頼していました。だから、ディオン様もルシア様をお任せになったのだと思いますが、――まさか、あんな事になってしまうなんて」


「きっとヴァンスのせいだよ!」


 アルヴィが突然、大きな声で訴える。見ると綺麗な瞳が潤んでいた。


「ノルンはヴァンスに騙されたんだ!」


「アルヴィ」


 ボロボロと涙をこぼす弟をクルドが抱きしめた。ルシアが驚いていると、クルドが弟の背中をあやすように叩きながらルシアを見つめる。


「ノルンは蛇となり果てましたが、きっと何か理由があったのだと思います。私達にとってもノルンは母のように身近な存在で、たくさん想い出があります。彼女を失って哀しいのは、ルシア様だけではありません。きっと、ディオン様も……」


 ルシアには何と言ってよいのかわからない。アルヴィのこぼす涙に嘘はないように感じる。けれど、全てを受け入れることはできなかった。


「すこし横になって休みます」


 心が消耗するのを感じる。何もかもがわからない。不安定に心が揺れるだけだった。

 ルシアは用意された寝台にそっと横たわった。




 寝台に横になっても、天蓋から下がる薄布の向こう側に姉弟の気配を感じていた。ルシアは目を閉じて眠ろうと努めるが、意識するほど二人の気配が明瞭になる。


 ひそひそとした低い話声に耳を傾けていると、やがて少しずつ聞き取れるようになった。二人の会話に耳を澄ますことに危機感があったが、ルシアは気持ちを逸らすことができない。

 不安定に揺れる心を、新たな事実がつなぎとめてくれないかと求めてしまう。


「……が気なるんだ」


「アルヴィ。でも、それは無理なことよ。ディオン様がお許しにならないわ」


「だけど、ディオン様のあの右眼。今日のあの振る舞いだって、おかしいよ」


「身の内に邪悪(ガルドル)を飼っておられたのは、たしかに……」


 ディオンという名にルシアの意識がさらに傾く。クルドは弟を嗜めるように低く囁いている。アルヴィがわがままを言って困らせている様子がうかがえた。


「だから死者の泉(ヘルゲル)古き者(ブーリン)に何か教えてもらえないかなって」


「そんなところへは行けないわ。もし行けるのだとしても、危険すぎる」


「でも、心配なんだ」


「アルヴィ」


「だって、もしディオン様までいなくなってしまったら? 父様や母様がいなくなってしまったみたいに、あの人までいなくなったら、僕は嫌だよ」


 アルヴィの声が震えている。泣いているのだ。父親を慕うように、ディオンを慕っているのだろうか。ルシアは知らずに胸に添えていた手を握りしめていた。


 ノルンを蛇とする成り行きは受け入れられない。信じられない。

 けれど、二人の様子を疑うことが、心に馴染まなくなっている。

 泣き出したアルヴィを、クルドが労わっている気配がした。


「アルヴィ。部屋を移しましょう」


 こらえきれずに漏れる弟の嗚咽を気にしたのか、二人が遠ざかる気配がした。室内に完全な沈黙が満ちる。ルシアが薄布ごしに目を向けると、もうそこには誰もいなかった。


 石壁はしんと静謐で、所々に小さな火が揺れている。

 受け入れられない絵空事が、少しずつルシアの内でも実感を伴っていく。


(そんなことが、ーーあるはずがない)


 心を狂わせているのは、魔王の筋書きなのか、あるいは残された断末魔の声なのか。

 ルシアはそれ以上の物思いを恐れて、固く目を閉じた。

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