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通り道

作者: 夕凪

 部活が終わり、俺は学校の鞄と部活の道具を持って帰宅途中だ。

もう夕方だというのにいつもより暑く感じられる。

夏だなぁ。なんて思いながらさっきコンビニで買ったアイスを頬張った。

きっとアイスの冷たさと、夏のうだるような暑さがいけなかったんだ。薄着で胸の大きいお姉さんに気をとられ足を踏み外したのだから。


「あっはっは!バカだなぁ!」

 その事実を同じ部活の、見舞いに来た友人に笑われている事に俺は釈然としない。しかし言い返そうにも胸の大きいお姉さんに気を取られていたのは事実だ。俺は押し黙るしかなかった。

「いやぁ!笑った笑った」

「いい加減にしてくれよ?」

「あぁ、すまんって」

 友人は謝るが顔から笑いが消えることは無かった。俺は仕方ないと自分を納得させた。

「まぁよかったじゃん!一週間の入院で済んで!」

「あぁ、それは本当に幸いだった」

 1週間部活の練習が出来ないのは確かに辛いが、2週間後には練習試合が控えている。初のスタメンに選ばれたのだからしっかりと練習試合に出て勝ちたい。その為にこの一週間は休養に徹するつもりだ。

「隣の人もいい人そうだし!」

 友人はそういいながら隣の人に手を振る。隣の入院者はいい年の老人でニコニコと友人に手を振り替えしてくれた。

「年がいっているのが問題だが明るい人だな!」

「それは失礼だろ」

「はっは、構いませんよ?」

 友人の失礼な物言いも笑って流してくれる老人は、友人が来る前も俺の話し相手になってくれたりと気のいい老人だ。

「じゃ、俺はそろそろ行くな」

「あぁ、気をつけて帰れよ?」

「お前も気をつけろよな?」

 友人の言葉に耳を捻った。病院の中で何を気をつけるのかと。


「それで、田中さんも鈴木さんも先に逝ってしまった」

「仲のいい友人だったのですね」

 あの後、病室で老人の友人の話を聞いていた。

「どうでしょうね?私達はこの病室で知り合った人たちでしたから」

「そうなんですか」

 老人は懐かしむように、そして人に話せることが嬉しいと言った表情で俺に話をしてくれる。

「丁度其処に鈴木さんが寝ていたのですよ」

 老人の言葉に俺は思わずベットを飛び上がりそうになる。その様子を老人は悪戯が成功したかのような表情で嬉しそうに笑っていた。

「はっは、流石にそのベットではありませんよ?」

「そ、そうですか」

「えぇ、ベットもシーツも、もちろん枕も新品ですよ」

 老人はそう笑いながらお見舞いで貰ったみかんを僕に渡してくる。僕は受け取るとみかんの皮を剝き、口に運んだ。

「えぇ、ここには沢山の人が居ました。と言っても6人でしたが。皆仲のいい友人になれましたよ」

「なれました?」

「えぇ、先ほども言いましたように、この病室で知り合いました」

 老人はそういいながら今度はりんごを渡してくる。

「それは幸運ですね」

「えぇ、しかし不運もあります」

 老人は顔を伏せ、俺から顔が見えなくなった。

「私だけいつのまにか、取り残されてしまいました」

 友人の話をしていた声とは打って変わって、悲しみを含んだ声を出している。置いていかれて、どこか途方にくれているような声だ。

「いいじゃないですか。もっと長生きして、その友人達に土産話でもしてあげましょうよ!」

「……えぇ、そうですね」

 老人が俺の顔を見つめ、嬉しそうに微笑んだ。

「沢山、土産話をしてやりましょう」

「その意気ですよ!」

「まず最初は、一人友人が出来たことを報告しましょうかね?」

「きっとうらやましがりますよ!」

「はっは、たっぷり自慢してやりますよ!」

 老人はみかんを手渡してくる。今は亡き老人の友人に話す自慢話の為に、俺はこの後も話に付き合った。


 3日目の晩、どうにも息苦しさを感じた俺は、水を飲もうと体を上げようとした。しかし体が思うように動かず、起き上がることが出来なかった。

 こんっ!りぃぃん……

 地面を叩き、金属がぶつかり合う音が聞こえる。俺の動かない体とは別に、目だけは音を捉えその方向を向いた。そこに居たのは壁を抜けながら列を作る布で顔を隠した集団だ。彼らは一人一人、顔の悪い人達を引き連れている。まるで死んでいるかのように青白かった。

 彼らは一歩一歩、歩いてくる。よく見ると集団の先頭は、誰も青白い顔の人を引き連れていなかった。その事実に俺はなぜか恐怖を覚えた。

 こんっ!りぃぃぃん……

 音が近づいてくる。いますぐにでも飛び上がりここを離れたい。目を瞑りこの状況から逃れたい。心から沸き立つその願いも虚しく、先頭から目が離せない。

 俺のベットの横に立った。初めから俺に狙いを定めていたかのように手を伸ばしてくる。

「これ」

 老人が集団に声を掛けた。集団は誰一人行動を違えず、一斉に老人に振り向いた。

「その子はまだ若い。連れて行くなら私にしなさい」

 老人のその言葉に集団は俺から離れて言った。其処から先は分からない。俺は電源が落ちたように眠りについた。


 翌日、俺は何事も無かったかのように目が覚めた。

「……おはようございます!聞いてくださいよ!」

 昨日の出来事が夢だったことを噛み締めて、いつも先に起きている老人に話しかけた。

「……?」

 しかし今日はいつものように返事が無かった。俺は思わず首を傾げた。

「どうしました?」

 老人に近づき、起こすために揺すろうと触れる。手から感じた感触は冷たかった。

 思わず息を呑んだ。そして、震える手で老人の顔に触れ、見える位置まで動かした。

 老人の顔は青白かった。

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