第四十一話 役割
上位クラスで行われた合同アルマ演習は、笹山の予想通りAクラスが有利に立ち回りCクラスは厳しい戦いを強いられているようであった。同数であれば、よほどの策があるかこの数ヶ月で大きく伸びていない限りより上位のクラスの者が競り勝つ。
開始からしばらく経つとその差は歴然。Aクラスは七割以上の人数を残していながら、他の二クラスは半数を割っており、特にCクラスは残り三割程度と壊滅的である。
(せめて誰かリーダーシップを発揮するやつがいればもう少し変わったかもな)
見回りをしながら、各クラスの動向をチェックしていた笹山はため息をついてウィンドウを閉じた。Cクラスの時点で、下位クラスとは違い最低限の地力はあるのだ。そこに作戦が加われば上の実力を持つ相手にも牙を立てることぐらいはできる。
不利な状況にいるCクラスだが、そんな中にも戦果を上げる生徒はいた。
「まだ生き残ってるCクラスがいるとはな、ちょいとポイントになってもらうぜ!」
Aクラスの男子生徒が見つけたのは一人の女生徒。手には刀を一振り持ち、襟章にはCの文字が刻まれていた。この時間まで生き残っているということは、ひたすら逃げ周りでもしていのだろう。
仮にCクラスにしては腕が立つ存在であったとしても、Aクラスである自分なら複数人相手でも十分に戦える。そんな慢心があったのだろう。
「国崎流、柳倒れ」
「!?」
この男子生徒からすれば、Cクラスなど多少強引にでも一気に攻め立てれば勝てる相手だと思っていた。だが、現実には力任せに突き出した拳を掴まれて足を払われ投げ飛ばされた。
「智也!」
「おうよ!」
身動きのできない空中で、男子生徒が見たのは両腕を金色に光らせた男。咄嗟に両腕をクロスさせて受けたが、その衝撃はAクラス同士での模擬戦で受けたもの以上。殴り飛ばされた男子生徒は、木に激突し脱落となってしまった。
「ナイス凛、さすが国崎流の後継者だぜ」
「そんなに褒めても何も出ないわよ。それに、智也の力がなくちゃ私がやられてたわ」
天川と国崎、この二人は早い段階で手を組んで行動していた。他のクラスメイト達がバラバラに行動する一方で協力の重要性に気づいていたのだ。
天川の持つ勇気の欠片は未だ不安定なところがあるものの、両腕だけの発動ならかなり安定して維持することができるようになっている。
といっても、常時発動してうろついては警戒されるのは目に見えている。そこで、国崎が囮になることを提案したのだ。天川は最初は反対したものの、国崎に押し切られて渋々了承し、その結果は上々。この二人は気づいていないが、Cクラスでトップの撃墜数を記録していた。
「結構歩いたけど、一ノ瀬のやつ見つからないな」
「ま、仕方ないわよ。この広さじゃね、索敵の能力を私が持っていれば良かったんだけど……」
「そんなことないぜ。凛には助けられているよ。さっきだって敵が近くにいる事を先に教えてくれたのは凜じゃないか」
国崎が落ち込んだような表情をするのも無理はない。幼馴染である天川は入学試験にて能力顕現者として覚醒し、その能力をメキメキと伸ばしている。その一方で、国崎はというと未だに能力を発現させることができないでいた。
クラス内でも発現に至る生徒がぽつぽつと表れているなか、自分はただの無能力者。能力だけがすべてではないと分かっていても、気持ちは焦る。
(もし、今一ノ瀬や鳳上さんあたりに会ったとしたら)
今はまだ武術で対応できる状況も多い。Aクラスが相手だとしても、数撃いなして隙をつくるくらいの事は何とかできる。だが、天川の目標である一ノ瀬やそれに次ぐ実力を持つという鳳上。彼らにあった時、その力の前に自分の技が通用するのだろうか。
「ねぇ、智也。もし一ノ瀬とかに会ったら私ごと倒してくれる? そのくらいの隙は作れるわよ」
「な、なに言ってるんだ! そんなことできるわけないだろ!」
「冗談よ、そんなことするわけないじゃない」
「それならいいけどよ……」
心配そうな顔をする天川に背を向けて、国崎は先に歩き出す。人の気配に敏感な国崎が先導するいつもの形なのだが、彼女は感謝した。この役目のおかげで、恐らく人にあまり見せたくないことになっているであろう顔を見られなくて済むのだから。
「! 前から来るわ! 近いわよ!」
何となく気まずい空気の中、しばらく歩くと前方からナイフが飛んできた。寸前で刀で弾いた国崎が叫ぶ。今までの相手よりも気配を絶つのが上手い。というより相手が陣取っていた場所に入ってしまったのだろう。看破が遅れ、これでは天川が不意を突くのは無理だ。
国崎が叫んだ意図を組んだのだろう、天川が勇気の欠片を瞬時に起動して戦闘に備える。こうなってしまえば、天川はそこらのAクラス相手でも十分に戦える。
「次、来るわよ!」
「任せろ!」
次にナイフが飛んで来たのは上、天川が強化された両腕で受けると二本のナイフはあっさりと地面に落ちた。特別な仕掛けもないようで、二人は意識をナイフが飛んで来た方へ向ける。
「あんさんたち、中々やるようですなぁ」
「ほんまに、不意をついたつもりやったんやど」
出てきたのは二人の女子生徒。片方は前方から、もう片方は木から飛び降りて天川らの後方に着地した。挟み撃ちの形、こちらが不利な陣形だが天川の意識はもう一つの事に向けられていた。
(双子?)
腰まで届く長い黒髪をが特徴の二人は、遠目で見れば違いが分からない程にそっくりであった。双子、それも一卵性双生児の類だろう。
天川がそのことに着目したのは、この世界では能力が発現する際に、血統によって発現する能力が似ることがあるからである。仮に相手が能力顕現者だったとしても、片方の能力を見やぶることができれば、もう一人の看破もしやすくなる。
「凛、気をつけろよ。二人とも能力顕現者だとしたら、コンビプレイをやられたら厄介なことになりそうだ」
「分かってるわよ。こっちの方は任せときなさい、時間を稼ぐのは得意なのよ」
背中合わせで話す天川と国崎。挟み撃ちの状況になった時点で、打てる最善手は一人づつ分担して戦い、能力顕現者である天川が片方を一気に撃破、そして残る一方を二対一で叩く。その絵を思い浮かべた二人は、示し合わせたように散開する。
(相手は素手か。だったら多少無茶してでも!)
見たところ相手は武器の類を持ってはいない。もしかしたら暗器を隠し持っているのかもしれないが、隠し持てる時点でそれほど威力が高いものではない筈である。それならば、何かされるより先に多少の被弾覚悟でゴリ押した方が得策であると考えた。
(何だ? こいつ、攻める気配が感じられない)
だが、突撃して気づいた。今までの相手は面を食らっていて反撃ができなかった事はあれど、こちらに攻撃しようという意思があった。しかし、目の前の女生徒からはそんな意思が感じられない。
女生徒は天川の拳を大げさに下がって避け、早期撃破を目標とする天川は、何かいやな予感がすると分かってもそれを追って一歩を踏み出してしまう。
「かかりおったなぁ」
「!?」
ニヤリ、と女生徒が笑った時にはもう遅かった。一度は防ぎ、その辺りに転がっていた筈のナイフ。だが、それらはただ防がれたのではない、地面に突き刺さっていた三本のナイフが光輝き、天川が眩しさに顔を覆った次の瞬間には、
「なんだ……これは!」
天川は光の正四面体に閉じ込められていた。




