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第三十一話

 光一は笹山の事を保険医に知らせた後、斉藤の様子を見に旧グラウンドに足を運んで見ると、


「ヘイヘイ、どうした。そんなものかい!」

「つ、次よ次! 今度こそ打ってやるんだから」


 何故か山崎と斉藤がはしゃいでいた。


「なーにやってるんだよ」

「お、光一。怪我はもういいのか」

「まあな。今も少し運動してきたところだ。それはそうとして、なんで山崎がいるんだ」


 斉藤と山崎の二人で勝負をしていたようで、すっかり両者熱が入っている様子である。


「怪我治ったならキャッチャーやってくれよ。ネット相手じゃイマイチ調子でなくてな」

「まあいいけどよ、女子相手にあんま本気だすなよ」


 斉藤の技量は、元の世界の彼と同様に高い。百四十は素で出せる上に、アルマを装着すれば更なる球速を出せる彼が本気を出してしまえば、山崎のバットなど掠りもしないだろう。

 彼女は元々見学するだけの予定だったが、遊びから発展し、今はすっかり熱くなっているようである。ならば、早いところ打って貰っていい気分で帰ってもらう方が良いだろう。


(真ん中高めに直球でいいか。掠らないようなら、あとはスピード落とした球を要求しよう)


 とりあえず座って、簡単なサインを出す光一。斉藤は一瞬、躊躇ためらったような顔をするが、首を縦に降って投げた。

 要求通りの球。ただ、その球速はかなり速く斉藤は全く手を抜いていないのが分かる。


(あのバカ。負けず嫌いなのは分かるが、こんな本気で投げるなよ……)


 ちらりと光一は山崎の方を見る。球威に腰が引けているのだろうと思っていたが、その予想は外れる。


「あー、もう! やっといい球だったのに!」

「ハッハー!、惜しかったな。ピッチャーライナーだぜ」

(嘘だろ……)


 彼女はしっかりと球を見てから、バットを振り切った。フォームは手打ちな感じはあるものの、アルマで強化された彼女の打球は、凄まじい速度で斎藤に迫る。結果はピッチャーライナーであったが、彼女の身体能力の高さはこの一打で感じ取れた。


「あんたら、いつもこんなことしてるの」

「まあ、大体は。でも半分くらいは同調(シンクロ)率上げる用の特訓とかやってるぞ」

「何それ、野球同好会じゃないの」

「元々、光一がここに入る前はずっと一人で同調シンクロ率上げる為にやってたことだしな。そこに入れてもらったんだし、俺はこれで満足してるんだぜ。それに、今度のクラス対抗戦の為にも、同調シンクロ率を上げておいて損はないだろ?」


 それからしばらくして、同調シンクロ率上げの特訓や、光一主体の体術の特訓を一通り終えて今日の活動はここまでにしようと片付けを済まして倉庫から出てきた光一に、斎藤と何やら話していた山崎が近寄ってきた。


「ねえアンタ、クラス対抗戦の為って言ってたけど、高校デビューってやつ? それならやめておいた方が……」


 “いいわよ”と言葉を言い切るその前に、


「優勝するつもりだぞ。前も言ったが、倒したい奴がいるんでな」


 ほんの少しも揺らぐことのない言葉だった。

 光一のその言葉を聞いて、ほんの一瞬、山崎の動きが止まる。その空白の時間に彼女が思い出していたのは、ひたすらに自分を信じていた過去。Fクラスの底にまで落ちてなお、自身に満ち溢れていた過去の自分と同じか、それ以上の確信を持って目の前の少年は発言しているのだと理解するのに時間はかからなかった。


「決めた」

「? どうした」


 山崎が静止していた時間は、ほんの数瞬。だが、その間に彼女は一つ覚悟を決めた。


「私もここに入る」

「はぁ!? 見学じゃなかったのかよ」


 斎藤が驚きの声を上げるが、彼女の決心はもう揺らがない。


「よろしく」

「おう、よろしく」


 少しの間、この無謀に挑む二人に付き合うのも悪くない。

 入会届を差し出しながら、彼女はそう思うのであった。




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