予期せぬ未来の始まり
六
その春に、出た若葉がその盛りを過ぎ秋を迎えた。
眼にも、眩しい緑から赤く色づきやがて冷たい北風
に耐えきれずはらはらと地面に落ち冬を知らせる白
い雪がしんしんとその落ち葉に積り道路が綿毛を敷
き詰めたように真白になり年は改まって2014年
2月を迎えていた。
「ここかな」
と、浩一はつぶやいて立止まった。見上げた、事
務所の看板には大木税理士事務所と書いてあった。
あれから、浩一の資産は億を超える額になっていた。
アルトコインで、稼いだ資金を今度は全部ビットコ
インに変えたのだが何とそのビットコイン買った当
初こそ4万円台だったのが、高騰と下落を繰り返し
ながらあれよあれよという間に12万円まで高騰し
て史上最高値をつけてしまっていた。ここに、至っ
て浩一もさすがにこの辺で日本円に変えとかないと
いくら右肩上がりのビットコインでも、そろそろ大
暴落するんじゃないかと危惧し始めたのだ。仮想通
貨の、ままだと日本ではこれを規制する法律がまだ
ない現状なのでいくら稼いでも税金の対象にはなら
ないが日本円に利確した時点でFXの取引と同じよう
に、いやも応もなく税金の対象になる。
「まさか、こんなに早く税理士事務所に行くことに
なるとはな」
当の、浩一も信じられない気持だったのだがこう
なると税金の事には全く無知な浩一もせっかく稼い
だ金をむざむざ税金でがっぽり取られるのも悔しい
ので少しでも税金対策をしようとこの事務所まで足
を運んだのであったのだが。
「どうぞ」
年の頃で、言うと20代後半に見える女性がお茶を
運んできた。
「あ、どうも」
浩一が、お礼を言うと事務員は少し気の毒そうな
顔をして小声で告げた。
「先生、いま来客中ですので少々お待ちください」
事務所は、割とこじんまりとしていたが事務員と
おぼしき人は先程の女性ともう一人40年配くらいの
女性二人のようだ。先生と、呼ばれたこの事務所の
責任者は浩一が座っているソファーとの間にある簡
単な間仕切りの据え置きのカーテンの向こうで何や
らお客と話しこんでいる。
「いやーっ、どうもお待たせしました」
15分ほど、待たされて浩一の所にやっと来たのは
60歳位の痩せて眼鏡をかけたいかにも税理士っぽい
男だった。
「お電話で、お聞きしたところによりますと何やら
相場で相当の利益が出てその税金相談と伺ったので
すが、そういう事でよろしかったですか」
男は、名刺入れから名刺を取り出しながら浩一に
そう尋ねた。
「はあ・・・。」
浩一は、曖昧にそう答えて名刺を見ると税理士大
木実と書いてある。浩一が、何か言いかけようとし
たら先程相談を受けていた客が帰ろうとドアーの所
に行きかけていた。
「あ、ちょっと失礼」
大木が言った。
「書類、整い次第またご連絡差し上げますので今し
ばらくお待ちください。それでは、御気をつけてお
帰り下さい」
大木が、そう言うと相手の客も軽くお辞儀をして
事務所をでていった。結構、そつのない男だなと浩
一は感じた。何しろ、大金が掛かっているからな信
用おける相手出ないと心配だ。その点で、この大木
という男は信頼できそうだ。浩一は、自分の事は完
全に棚に上げて、待たされている間そう考えていた。
「それでは、具体的にお聞かせ願いますでしょうか」
客を、送り出して戻ってきた大木がそう言った。
浩一は、これまでの経緯を話したが、これが予想以
上に大変だった。なぜか?まず大木税理士が仮想通
貨の事を全く理解できなかったのである。株とか、
投資信託だったら容易に想像できたのだろうが、話
が暗号通貨とう言う新し過ぎるテクノロジーなので
大木の中にそれに対する知識がまるっきり無い事で
まるで話が噛み合わなかったのだ。浩一は、イライ
ラする心と怒りの感情を抑えながらそれでもこの男
にしてはめずらしく辛抱強く話していた。どうやら、
仮想通貨に関わったこの何カ月の間に今までかなり
いい加減に生きてきた中村浩一と言う男はそれなり
に学習し良い意味で人間的に成長したのかも知れな
かった。とにかく、浩一はこの事務所に来てはっき
り分かったことが一つあった。世の中の、仮想通貨
に対する認識はこの程度だ。ここが、特別な訳では
無く世の中全体こうなんだとそれは浩一と大木の話
を最初は好奇の眼で見ていた二人の女性事務員の態
度で解った。話が、進むにつれて浩一を怪しい儲け
話をする詐欺師でも見るように変わって言ったのだ。
浩一は、心の中で腹も立てていたが又逆の事も考え
ていた。実際に、俺はこの仮想通貨で資産を増やし
ているから理解できるけど世の中の大半の人はまだ
知らないこれがどの位凄い事なのかとそれだからこ
んな俺にもチャンスが巡って来たのだ。そして、そ
の大半の人がその事を知った時にはすでに遅いとい
う事も・・・
「それでは、預金通帳にお金が振り込まれた時点で
また寄らせてもらいます」
結局、大木税理士が本当に理解しているのかいな
いのか解らないまま浩一は税理士事務所を後にした。
まあ、この際そんなことはどうでも良かった。兎に
角、この日本に限らずどこの世界でも現金を見せな
ければお話にならないという事だけは解った浩一で
あった。浩一は、何とか解ってもらおうと思って仮
想通貨の説明に1時間以上喋りまくっていた間に時
刻はお昼をとっくに過ぎていた。いらぬ、労力を使
ってしまって急に腹が減ってきた浩一は通りのラー
メン屋に入った。
「すいません、ラーメン定食お願いします」
この頃の、浩一はビットコインをときどき日本円
に変えていたので前のように金に困って食事にこと
欠くは無くなっていた。出来上がって来た、ラーメ
ン定食を前に「さあ、喰うぞ」とばかりに割りばし
を割ったとき店のテレビの声が浩一の耳に流れてき
た。
「今日、仮想通貨のビットコイン取引所の一つであ
るマウントゴックス社が大変な事態になっています」