ハンバーグ!
三
季節は、いつの間にか夏から秋に変わろうとし
ていた。うるさかった、蝉達も随分と少なくなり
今はひぐらしが切なげにカナカナカナと鳴いてい
る。浩一が、坂田と酒を飲んでからもう二ヶ月近
く経っていた。失業保険は、とっくに切れていた
がそれでも浩一はまだ職探しに行ってなかった。
それから、一カ月いよいよ金が本当に底をつき食
べ物にも事欠きだし随分と遅すぎるが、ここに至
って初めて浩一はやっと動き出した。
「何か金になるものは無かったかな・・・」
ガサゴソと、読み捨てられた雑誌の山を取り除
くと、最近全然使ってなかった埃まみれのノート
パソコンが出て来た。
「お、あったあった。これを、誰かに売れば二日
分位の飯代は出来るかも知れんぞ」
試しに、パソコンの電源を入れ起動してみると
動くインターネットはどうかな、操作すると意外
にもちゃんと繋がった。すっかり忘れていたがこ
こで浩一は、坂田と交わした仮想通貨を貰えると
いう約束を思い出していた。
「坂田の奴、本当に送ってくれたかな意外と忘れ
っぽい所があるからな」
浩一は自分の事は、棚に上げて坂田の悪口を言
いながら坂田に教えられたように操作してみた。
この、中村浩一と言う男は人間的にいい加減な所
があるがただ一つの取り柄があった。それが、理
数系に対する頭の回転の良さだった。まだインタ
ーネットが一般的でない頃から浩一はこの世界に
どっぷりとはまっていた。そんな、浩一からした
ら坂田に教わった操作は朝飯前の事であった。
「これで操作は終わり後はここをクリック!」
パソコンの画面に、ビットコインの文字が浮
き上がった。
「おお、入ってるな何々ビットコインがなんだ
よたったの1000コインかよ、坂田の奴しみ
ったれてんなしかも買った時の値段が確か日本
円にして0.00067円だったよな」
計算するまでもなかった。せっかく貰ったけ
ど、今の浩一からしたらこのビットコインは数
字のゴミにしか見えなかった。それから、三時
間後浩一は近くのハンバーガーショップで久し
ぶりの昼食にありついていた。パソコンは、通
りを歩いていてた大学生らしき奴に売った。
粘って、交渉したが結局五千円にもならなかっ
た。その、帰りがけ浩一は大型家電ショップに
寄った。金は、持って無かったが、長年愛用し
たパソコンを売っぱらったので最新のパソコン
をちょっと覗いてみる気になったのだ。あちこ
ち、店内をうろうろして少し疲れたので大型テ
レビのコーナーのソファーで休憩をした。テレ
ビでは、普通にニュースを流していたので何気
に見ていたが、画面ではニュースキャスターの
女が喋っていた。
「えぇ、最近何かと話題の仮想通貨ですが、そ
のビットコインの1コインの相場が三万八千五
百円という事で最初の頃それこそ万の単位でこ
のコインを買われた方は、ちょっと計算するの
が恐ろしくなる位の金額になりますね」
何気なく、聞いていた浩一だったがキャスタ
ーが言った金額を聞いたところでソファーから
飛び起きてしまった。浩一の頭の中ではさっき
売ってしまったパソコンの中のコインの数と今
聞いた相場の金額を瞬時に計算していた。
「し、しまった」
慌てて、さっきノートパソコンを売った大学
生と会った場所にひき返したが、後の祭りであ
った。そこに、学生の姿はある筈もなかった。
呆然と、立ち尽くしている浩一をあざ笑うよう
に秋の風に舞った枯葉が、包み込むように飛び
回っていた。