第七話:鯱の眼
エレベーターを一階で降りたミコトは息急ぎゲートを通り抜け、バスティールの言っていた車へと歩いた。ミコトがゲートを通り抜ける方法を知っていたのかは怪しいが外側と違って内側は近づくだけで開く仕様になっていることが幸いした。
ミコトはガラスで造られた自動扉を抜けると下車した時と変わらない位置に駐車していた車へ近づき、運転席に座るセブンを窓越しに確認してから車の後部座席へと乗り込んだ。
「よっと、――――――たしかセブンって言ったよな。これからよろしくな。」
出そうと思って出したわけではない声を発しながら車に乗り込みドアを勢いよく引いて閉めたミコトは、まだ覚えたてで曖昧だった運転手の名前を呼びシートベルトをしめた。ミコトの記憶力はお世辞にも良いとは言えないが、それでも人名を覚えられるだけの記憶力は持っている。
「あら、予想より遅いご登場ね勇者様。」
セブンは振り返らずに乗り込んできたミコトの声に答えた。バスティールが助手席に座っていた時よりも砕けたような印象だ。
「ん?アンタそういうこと言う奴だったか?」
ミコトと言えどもシャーロット領からNIA本部へと移動するドライブ中のセブンとの違いに気付いたようだ。ドライブ中も然りシャーロット領でも自発的に何かを話す場面が無かったセブンに抱く印象は万人に聞いても寡黙な女性だろう。
「上司の前で私語は禁句なの、アナタは知らないでしょうけどね。」
「へー、ジョーシってのが偉いんだな。」
上司というものを、ミコトは今一つ理解しきれていないが解釈としては合っている。
「それと領での事は御免なさい、少しやりすぎたわ。まさかアナタがそんなに弱いなんて思わなかったものだから。」
セブンは随分と皮肉めいた言い方をした。他に言い方があるだろうに、わざとミコトを煽るような発言をするのはそれがセブンの根本的な性格だからなのだろう。
「謝らなくていいよ、気にしてないし。」
ミコトはセブンの皮肉を皮肉と受け取らずに謝罪と受け取った。弱いと言われたことよりも謝罪されたことの方が勝ったようだ。
「ウフフ、おもしろいわねアナタ、本気で私に謝意があると思ったの?」
「うん。」
「はっきり言って違うわ。屋敷の子もそうだけどアナタにも興味をそそられる。」
「屋敷の子ってベルのことか?」
「ふーん、ベルちゃんって言うのね、あの子。可愛かったわ、思わず口元が綻んじゃった。私にくれない?」
セブンは獲物を狙うような鯱の目でそこには居ないベルを見定めると口紅で塗られた真っ赤な唇を舌で優しく撫でた。
―――この瞬間、郊外に位置するシャーロット領で部屋の掃除をしていたベルが全身の毛を逆立たせていた。
「やだよ、ベルがそうしたいなら別だけどそれは無理だ。」
「それは残念。ベルちゃんが使用人だから?」
「まあ、そんなとこだ。―――それにしても変わってんなアンタ。」
ミコトはセブンの言葉の意味を深く掘り下げなかったが、ミコト目線でものを言えばそれが正解だろう。
「アナタも大概よ。」
車を発進させる準備を整えたセブンは、ようやくミコトの顔を不適な笑みを浮かべながら見つめる。
「シートベルト締めたわね、とばすわよ。」
助手席に置いてあったスマートフォンに片手でメッセージを打ち込んだセブンは車を発進させた。