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エンドレス∞ワールド  作者: 黒猫歌留太
第一章:オープニングアウェイクニング
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第六話:ミコトの器

ミコトがバスティールに釣られて空を見上げると、彼の人生で既視感のない程に高い建設物がそこには建っていた。それこそミコトの眠気が跡形もなく飛んでいってしまうくらいに。


「デッケー・・・」


空を仰いだミコトは、その高さに無意識のまま感嘆を漏らした。シャーロット邸の何倍あるんだろうか、何階建てなのかを想像しただけでも骨が折れそうだ。NIA本部の半分より多少低い所にはNIAのエンブレムがデカデカと掲げられており、円の中で鷹が右を見ているというシンプルなものである。


「では車を頼んだ。」


バスティールは車に乗り込んだままのセブンに開いた窓越しでそれだけを下命し、セブンが無言で頷いて窓を閉めたのを確認して本部を目指して歩き始めた。


「永遠に呆けているつもりか?着いて来い、案内する。」


バスティールがミコトに気付いて立ち止まると、上を向いて呆然と立ち尽くしているミコトの意識を自分へと引き戻させた。


我に返ったミコトは足早にバスティールの位置にまで追いつく。


「すげーな、ここ。何て言う場所なんだ?」


「キャピテルという場所の中央に建っている、三都市の一つのな。」


「三都市?そういや、さっき言ってたな。そのあと寝ちまったけど。」


今回もそうだが屋敷にバスティールとセブンが強引に入って来たときも二人の名前を聞いていたのだ、何に対しても名前を聞きたがるのはミコトの性なのだろう。


NIA本部のビルは正面が滑らかな曲線を描いた楕円形の造りになっていて、その一階部分はエントランスになっている。一階のエントランスはNIA職員はもちろん、捜索願や被害届などを提出するために来た一般人で昼間はごった返しているため二階以上へ上るには一階の真ん中に位置する受付で通行を承認されなければならない。


 通行が許可されれば向かって受付の右に設置された腰の高さ程のゲートがエレベーターとエントランスの仕切りになっている。因みにこの承認システムを導入したのは現長官のバスティールである。


 本部の出入口になっているガラスで出来た自動扉を抜けた二人は一階のエントランスへと足を踏み入れ、バスティールは自らが導入したシステムを手早く突破するために受付へと一辺倒に向かった。


 「これはこれは、長官。今お戻りですか?」


 バスティールに気付いた一人の女性オペレーターが話しかけてくる。受付は男女混合の十人程度で構成されており、二十四時間ずっと駐在している。受付はシフト制だ。


 「そうだ、百階のコントロールルームに行く。ゲートを開けてくれ。」


 「ならば所有IDの提示をお願いします、決まりですから。」


 「何?私の事を知らぬわけではあるまい、いいから開けてくれ。」


 「顔パスなんて便利なものはNIAには存在しませんよ、通りたいのであれば提示を。そもそもアナタが命令した事です。」


 意外にも地味に面倒くさがり屋なバスティールがポケットから所有IDという名のカードを取り出す簡単な作業を拒んだが、女性オペレーターの正論に負けて渋々ポケットからIDカードを取り出した。


 「早くしてくれよ。」


 「確かに受け取りました。」


 女性オペレーターはバスティールが渡したIDカードを受け取ると、板についたように専用のカードスキャナーに差し込みカードデータをパソコンに読み込んだ。青白い液晶モニタにバスティールのNIA就職時からの経歴情報と偽造カードではない事が表示され、それを流れるようにササッと見た女性オペレーターはIDカードをスキャナーから抜き取りバスティールに返した。


 次にオペレーター権限を行使し、パソコンでゲートのロックを解除した。


「お手数をおかけしました。ゲートを開けましたので、もうお通りいただけます。そちらの方はお連れ様でよろしいですね?」


 「私の連れだ、何か問題でも?」


 「いえ、それならば問題ありません。では私はこれで。」


 女性オペレーターはバスティールの通行を承認すると、パソコンを弄り始めた。バスティールが来るまではパソコンで作業していたのであろう。


 その後ろで、初めての光景ばかりに興奮しているのかミコトがあちらこちらに目を向けていた。繋げられているかのように設置されている数個の黒いスライドゲート、スーツを身に纏った男女数人が腰に据え付けたホルスターに仕舞われた拳銃、どれもこれもミコトの目をキラキラと輝かせる物ばかりだ。


「うわー、初めて見るモンばっかりだ。気に入ったやつ一個ぐらい持って帰ってもいいか?」


「ダメに決まっているだろう。気に入ったとしても、ここにある物は全てNIAの所有物だ。」


左にスライドされ二人が通るのをジッと待っていたゲートは二人が通ったと感知すると、今度は右にスライドし独りでに閉まった。二人はそのまま他愛ない雑談を交ぜながら進み、運よく居合わせたエレベーターに搭ずるとバスティールは零から九までの数字が電卓のように並べられたボタンを弾くように押して小さなモニター画面に百と表示させ、自分たちの行き先をエレベーターに伝えると一番下にある閉めるボタンを続けざまに押して扉を閉めた。


 ミコトの質問はエレベーターに搭じてからも続く。ミコトは会話の合間に生じたりする無言の瞬間を気にするような質ではないので、継ぎ目無く質問を投げかけるのは訊きたいことがそれだけあるということだ。質問を答えるだけのバスティールも、同じく無言の瞬間を微塵も気にしないが質問されれば応答せざるをえない、それが常識というものだ。


 「なぁ、少し思ったんだけど俺って何しに来たの?」


 ミコトはエレベーターが上昇中に、沸き上がって当然の疑問をバスティールに問い掛けた。


 「君には幾つかの項目をクリアしてもらう。」


 何かを行うから来たという事はミコトにも把握出来る。バスティールの言った幾つかの項目の内容をミコトは知りたいのだが上手く伝わらなかったようだ。


 ミコトの質問も落ち着き、上昇音だけが鳴り渡るエレベーターの中で口火を切ったのは二人のどちらでもなく天井から聞こえた機械的な音だった。―――ピンポーン。


 その音を合図にエレベーターが上昇を静止するとガシャンと機械を噛み合わせて扉を開けた。百階の高さに位置するコントロールルームにはフロア全体を敷き詰める程の机がエレベーターに背を向けるようにして並んでおり、映像や様々な映像を表示させる役割を担った巨大なメインモニターがコントロールルームに居る者全員がすぐさま確認出来るよう壁面の見やすい位置に備え付けられている。全ての机上にはパソコンが置かれ、数百人にも及ぶ職員が各々の作業に集中している。マイク付きのヘッドセットを付け連絡を取り合うオペレータ、パソコンに向かって文字を打ち込む事務職員にエレベーターを下乗したすぐ横で異常がないかを見張っている一人の警備員も居る。コントロールルームで仕事をするNIA職員だけでも職務は様々だ。


 バスティールに嚮導されるがまま百階のコントロールルームに足を踏み入れたミコトは、同じ階層といっても机を整列させた場所を見下ろせるように造られたロフトから部屋全体を一望した。ロフトには落下防止の為にミコトの胸位置くらいの高さで防護柵が据え置きされているのだが、コントロールルームは疎かエントランスにも殆ど大人しかいないNIA本部で防護柵を設けたのは、それだけ安全面を考慮した結果なのだろう。


 次から次へと押し寄せる景色に興奮が収まらないミコトが食い入るように部屋全体を一望していると、整列させた机を二つに切り裂くようにして出来た通路に、顔面の鼻から下を右手を覆い被せるように触る見覚えのある人物がそこに居た。


 顔は後ろ姿で見えない。ミコトの視界がその男に吸い込まれていくように狭まり男の特徴を段々と認識していくが、誰であるのか確証を得るに足る特徴を見つけることが出来ない。


 「あのオッサン・・・どっかで・・・」


 照明の強弱が低めに設定されているのか少し暗くなっているコントロールルームで、頭の片隅に追いやられていた記憶がミコトの喉から出かかったその時、男はミコトに気付いたように後ろを振りむいた。ミコトはそこでようやく確証を得られる。


 何も表示されていない真っ黒のディスプレイに意味もなく向けていたその顔は、初対面の時と同じく薄い印象を受ける顔立ちだった。―――アルバートだ。


 二人を見たアルバートは通路とロフトを繋ぐ階段を小走りに上り、バスティールとミコトに近づいた。

 「おはようございます長官、ミコト君も。」


 正確にはミコトの先を行っていたバスティールに気付いてアルバートは近づいてきたようだ。


 バスティールがシャーロット領に出向いていたことを予め知っていたアルバートは、今日ミコトがNIA本部に来ることも耳に入っていた。


 「オッサン、NIAの人だったの?」


 「言ってなかったかな?改めて初めまして、NIAエージェントのアルバート・ピースケースだ。もう一つ言っておくと私の年齢は二十七だ、オッサンと呼ばれる歳ではない。」


 「えーじぇんと?なんだそれ?」


 ミコトはアルバートの年齢など聞こえなかったかのように、その前に登場したエージェントという言葉の意味について尋ねた。


 アルバートもオッサンと呼ばれたのがショックだったのだろう、二十七という数字を強調してミコトに伝えたがそれについてのアクションは残念ながら何も無かった。


 「簡単に言ってしまえば現場で活動する人間という意味だ。」


 アルバートの代わりに答えたバスティールの言葉に詳細を付け加えると、エージェントというのは捜索願や被害届などの調査を被害者の代わりに行う代理人のことを指している。全て全て調査だけをしているのではなくブラックリスト記載者の情報収集や逮捕、違法行為の容疑が掛けられている企業または組織への潜入調査、リバースコミュニティと呼ばれる反社会的勢力の排除も仕事の内に含まれているのだが北大陸において法執行機関の組織は唯一NIAしかない為、北大陸全土の事件解決及び事件防止に務めている。


 「もしかすれば、犯罪者を私と君で逮捕する瞬間も来るのかもな。」


 「俺がか?」


 その言葉にアルバートが眉を顰める。どうやらミコトとの間で思い違いがあったようだ。


 「知らされていないのか?ここに来た目的は?その刀については?」


 「目的なら項目をクリアとか何とか言われたけど。」


 「それだけか?」


 「それだけだ。」


 アルバートはバスティールの顔と自分の顔とを合わせる。長官レベルの人間でも抜けは有るのだなと思ったが、相手がミコトであることに問題があるのかもしれないとも思った。


 「朝からお疲れでしょう。アレまでの間、私が順を追って彼に話します。」


 思考を巡らせる事を止めているのだろうミコトの顔を流し目に、アルバートはお勤めご苦労のバスティールに束の間の休息を与えた。


 「では言葉に甘えて君に任せようか、頼んだぞ。」


 言葉ではそう言ったがバスティールに休息をとる気は丸きし無く、それだけを吐き捨て通路へと続く階段を下りて行った。バスティールが口にした最後の一言は、アルバートの言ったアレに間に合うようにという意味だろう。


 「ミコト君も突っ立ったままでは疲れるだろう、とにかく座ろうか。」


 「いいよ、疲れてないし。もっと違うとこ見たいんだけど行っていいか?」


 「なら、それはそれだ。コントロールルームを出ることは許可出来ない。まずは席に着いてくれ。」


 アルバートはエレベーターとは反対方向にあるロフトの端に設置されていた無人の机まで行きミコトを机とセットになっている椅子にやっとの思いで座らせると、もう一席あった椅子に自分も腰を下ろした。椅子と一緒に置かれた机は横三つに並べられていて職員が使っている机と何ら変わらず予備の物として設置されている。


 「初めはミコト君が本部に連れてこられた目的について話そうか。ミコト君が持つその刀、なぜ炎が出ると思う?」


 「引き抜いたら突然噴き出して来たからな。それに引き抜けたの一昨日の事だし・・・オッサン知ってんのか?」


 「知らない。」


 ミコトがキョトンとするが、アルバートの聞き方で知らないと言われれば当然だろう。


 ハッキリとは解明出来てはいないんだ。詳しくは言えないがミコト君の刀と同じように特異な力を宿した物を一つだけ保有している。それでもまだ何とも。」


 「マジで⁉コレの他にも炎出せる物があんのか?」


 「炎を出すわけではない。君の刀やソレような物を創造物と我々は総称している。」


 「へぇー、コレ創造物って言うのか。それと保有してるのが一つだけなら、その他にも沢山あんのか?見てみてーな~。」


 ミコトは屈託のない眼差しでアルバートに質問攻めをする、興味を惹かれれば一心不乱に知りたがる性分が露呈してしまえば、なかなか止められない。質問攻めされたアルバートはその瞬間、表情に出さずともバ スティールの気苦労が分かったような気がした。


 「心惹かれる物が山積みだな。ミコト君、君の予想は正しい。NIAが保有している創造物は一つだけ。消息を確認している物もあるが、この大陸に既存する創造物の数は未だに把握しきれていない状況だ。まぁ、風薙とは近い内に対面出来るさ。」


 NIA職員には内部の情報を第三者に口外してはならないという規則があり、もし破ればそれ相応の罰を受けることになる。誰一人として例外は認められず、それはアルバートも同じだ。ミコトに同行目的の説明をするとなると情報に触れてしまう可能性が無きにしも非ず、故にアルバートは慎重に言葉を選んで言葉を紡いだ。


  「脱線してしまったな。要するに君が本部に連れて来られた理由、それは・・・」


 満を持してミコトの頭に目的が伝えられると思いきや、ピンポーンという機械音によって阻まれた。アルバートの目線は反射的にエレベーターの方へと向けられ、それに続きミコトも体を捻じり背もたれに片腕を乗せるとエレベーターに焦点を絞った。


 「困ります、部外者の立ち入りは認められません。即刻、私と同行してください。」


 「何だい、何だい。あたしゃーネ、人に呼ばれて来とるんだよ。受付でえらい時間盗られたと思うとったら今度はこれかい。全くバスティールの子倅は何処におるんじゃ‼」


 「お婆さん、だから困りますって。さぁ私と一緒にエントランスまで行きましょう。」


 「お前のような者に用ないわ!すっこんどれ‼」


 「・・・と言われましても、規則ですので。手荒な事はしませんから。」


 隅に居た警備員が低身長の腰が曲がった老人の姿を見るやいなや、その老人に立ち入りを注意したが言い争いに発展してしまった。傍から見ていれば老人が無許可でコントロールルームに入ろうとしたのが事の顛末としか考えられないが、老人が言った言葉からは受付で正規の段取りを経てエレベーターに乗ったと考えることも出来る。だとするならば警備員が老人を止めるはずはないだろう。謎が謎を呼び込むがトラブルが起きたのは事実だ。


 「早う来んかい‼」


 老人はその小さな体のどこから声を出したのだろうと思わせる程の大音量で、コントロールルームに居る誰かを呼んだ。


 警備員は無理にでも老人を退去させようと体を掴むが老人もしぶとく抵抗する。


 それぞれの業務を取り行っていたNIA職員達が一気に老人の方へと体を向ける。ある所では動揺の声が上がり、またある所では老人を不思議そうに見つめる者も居た。そんな中で老人の声に反応し、そそくさと行動に移したのはNIAで一番の権力を持つバスティールだった。


 「私の顔見知りだ、下がれ。―――お久しぶりです、マラさん。」


 バスティールが老人は部外者ではないと間接的に警備員に伝えると、警備員の男は老人とバスティールに手順を踏んで謝罪した。マラという名の老人は体が自由になっても、続けて不満を撒き散らす。


 「何言ってんだい!つい先週会ったばかりじゃないか。老いた体にムチを打たすんじゃないよ!こんの子倅が‼」


 マラは体の支えにしていた杖をブンブンと振り回し怒りを露わにする。バスティールの事を子倅と罵るが四十歳のバスティールもどちらかというと年配者の部類に入る年齢である。バスティールを子倅と罵るマラの年齢は一体幾つなのだろうか。


 「そんで、今回は誰さね?ボケっとしとらんで早う仕立てたい奴を連れて来んかい、全くだらしないったらありゃしない。あたしゃーネ、こう見えても忙しいんだよ。」


 マラはプンスカしながら特別急いでいるわけでもないのにバスティールを急かす。NIAの現長官であるバスティールにそこまで遠慮なしで言えるのは、立場が上の人間か礼儀や世辞に無頓着な人物ぐらいだろう。


 バスティールはキョロキョロと辺りを見回しミコトと目が合うと丁重にマラをミコトの元まで誘導する。ミコトもバスティールと目が合うと自分に用件が有るのだと気色どった。


 「あの二人こっち来るけど、俺に用でもあんのかな。」


 ミコトは自らの顔だけを会話していた時の位置に直すとアルバートに尋ねた。


 「どうやら、そのようだな。総てを話し切れはしなかったがミコト君に伝えたかった要点はその刀が創造物という特異な力・・・つまり、これまでに類を見ない武器にもなり得るということだ。重要なのはミコト君がソレを持っているということ、理由が正しくそれだ。」


 理由ならシャーロット邸でバスティールが同行を求めた時にミコトは少しだけ内容を聞いている。炎を出せる物を所持しているから我々について来いという至極強引な理由だったが、目立って断る理由も無かったミコトは首を縦に振った。それにしても目的内容をこうも口にしないと、口にしたくない理由でも彼らには有るのだろうか。


 「焔が強い武器だって事はなんとなく掴めたけど、結局は何するか聞いてないぞ俺。」


 目的そのものが焔を所持していた事に他ならないのかもしれない、それでもミコトはそれに納得していない様子だ。


 「後々わかる。」


 アルバートは、ちょっとしたフラグを残してバスティールとその後ろで杖を突きながら歩くマラと入れ替わるようにロフトを駆け下りて行った。


 「説明は聞いたか?」


 ミコトと一定の距離まで歩いて来たバスティールは、アルバートがミコトにどれだけの情報を流し込んだのか確認する。


 「聞いたけど、焔が創造物っていう物だってこと以外わからなかった。」


 「それだけ聞いていれば問題ない。」


 バスティールがミコトの頭の中に必要最低限の情報が在った事に安堵したのも束の間、その後方で今にでも倒れてしまいそうなほどブルブルと小刻みに体を揺らしながら歩いて来たマラが紹介もなく一人でバスティールの前に出た。どうやら辛抱強く待機できなかったらしい。


 「こりゃまた若いモンを連れてきたもんだ。」


 マラがその細い目を見開いて驚愕の声を上げた。マラの見たミコトはバスティールと共に同行して来たと言っても、まだまだ幼さの残る十八歳だ。マラが驚くのも論を俟たないのかもしれない。


 「彼の名前はミコト。今回仕立てて頂きたいのは彼です。」


 「そんなもん見りゃわかるわい。バカにするんじゃないよ!」


 仕立てる人物は分かったかもしれないが名前までは分からなかったはずだ。それを念頭に置けば、よほど無知扱いされるのが嫌だったという事になる。言い方を変えれば老人扱いされたとマラが勝手に脳内で変換したのだろう。


 「婆さん、マラっていうのか?よろしくな。」


 直立している人間に対して座ったままの状態で受け答えをするのが気持ち的に嫌だったミコトも立ち上がった。


 「年寄り扱いすんじゃないよ!あたしゃーネ、まだピチピチの二十代さ‼」


 ミコトもレディに対して無礼だったが腰の曲がったマラも見え透いた嘘をつく。マラには悪いが何処からどう見てもマラを二十代と領得するには絶対的な無理がある。年齢を少しでも若くしたい気持ちが女性心理という物なのか。男性の心を持つ者には一生わかりえない気持ちなのだろう。


 「いや、どう見ても婆さんだろ。」


 「やかましいわ!ささっ、突っ立っとらんでバンザイせんか!バンザイ。」


 マラは老いて重くなった両手を力の許す範囲で上げてジェスチャーをとった。


 「は?バンザイ?婆さん意味わかんないこと言うなよ。」


 ミコトはバンザイの意味を理解出来なかったわけではなく、それが極度に受け入れがたい内容だと勘づいたからだ。


 「ミコト、つべこべ言わずに指示通り動け。」傍らで見ていたバスティールがバンザイを拒否するミコトを急ぎ立てる。


 「だからなんでだよ!バンザイなんて十八にもなってやりたくない。アンタの指示は受けない!」


 「指示ではなく命令だ。やらないのであれば身を拘束させてもらうが、それでも良いか?」


 「逮捕?この低度で⁉」


 罪を犯したわけでもないのに逮捕されるなど堪ったものではない。


 「聞く限り、君は何か誤想しているようだな。私が指したのは刀の事だ。」


 「焔?なんで焔が関係すんだよ?」


 「社会には銃砲刀剣類所持等取締法という言葉がある。」


 銃砲刀剣類所持等取締法とはまたの名を銃刀法と略した北大陸における法律の一つである。火器や刀剣類の無許可での所持を禁ずるその法律は許可を取っていないミコトの刀にも適用される。噛み砕いて言えば刀剣類の刃渡りが六センチメートルを超えている物を所持すれば違反行為と看做され、その他にも事細かな項目があり民間人を規制している。


 許可を取れば民間人でも火器や刀剣類の所持を許されるが、対面での手続きや長ったらしい書類にサインしなければならない。


 「知ってるぞソレ。武器を持ってたら逮捕されちまうから隠しとけってリリーが言ってた・・・ん?てことは、やばいなこの状況。」


 ミコトは意識する前に自分の口からリリーの注意事を吐露していた。


 「如何にも。普段は入れ物に収められていて確認することは不可能だが中身は立派な刃物だ、規定を超えたな。君には私の命令を断る拒否権がある、しかし我々にも正当な理由での逮捕権がある。」


 「・・・それズルくね?」


 バスティールの言葉を推測するに、断っても良いがそうした場合には黙認していたミコトの罪を事訳に逮捕権を行使するという意味だろう。


 「やらなければの話しだ。シャーロット領だけに情報を流すことも出来る。後々、面倒な事になるぞ。」

 バスティールはミコトに追い打ちをかけるようにして情報操作というNIAのトップが行使できる権限を見せつけバンザイを無理強いさせると、ミコトは吝かそうにしながらマラと同様のポーズをとった。


 「はなっから腕上げんかい、チンタラしよって!」


 マラは辛そうに上げていた腕を下ろし腰のポケットから採寸用メジャーを取り出すと、幾度も繰り返したであろう方法でバンザイをしたミコトの体を測っていった。


 「なぁ婆さん、バンザイしなくても測れないの?」


 意想外にもミコトの疑問は的を得ていた。普通の方法であればバンザイをせずともサイズを測ることは可能なのだ。それでも意図的にバンザイをさせるのはマラなりの手法なのだろうが、ミコトからすればソレは羞恥に晒される行為に他ならず、過不及無く含羞の相も浮かべたくなるだろう。


 「黙りんしゃい!あたしゃーネ、あたしなりのやり方があるんじゃ。口出しすんじゃないよ!」


 採寸を始めてからは子気味良く、マラは首回りからヒップに至るまで細やかな採寸を数分で終わらせた。

 「終わったよ。しかしまぁ上質な筋肉を持っとるねぇアンタ、人間だとは酷く思えん。歳は幾つなんじゃ?」


 これまで数多の採寸を経験してきたマラだからこそミコトと他人の相違に気付けたのかもしれない、凡人が見れば個人差のある筋肉にしか捉えられない小さな誤差。鍛え抜かれているとは決定的に異なるその上質な筋肉は、それがミコトの体を形成する大事な一部分なのだとマラに思わせた。


 「今年で十八だ。婆さんこそ本当は何歳なんだ?」


 「ピチピチの二十代と言ったろう。老人の疑問を疑問で聞き返すでない。」


 ミコトの歳を聞いた途端、先程の威勢とは打って変わり元気が消えたマラ。それは商売人として顧客の獲得が望めない年齢だったからか、はたまた年寄りのお節介というものなのか。


 「あ~、サイズ測られたら疲れた。つーか何のためにこんな事してるのか聞いてないぞ。」


 長くも短い採寸が終わり脱力したミコトは落下するようにして椅子に座り、NIA本部を訪れてから明かされていない目的の一つを追求した。


 「それは後だ、今は何とも言えない。」


 アルバートもそうだがバスティールがここまで黙秘を決め込むとなると、リリーが二日前に言い放った秘密主義というのは最早事実としか考えられない。どれだけ問いただしても口を割らせるのは不可能に近いだろう。


 「またそれか⁉さすがの俺でも怪しいさをムンムンと感じるぞ。」


 怪しさを今更感じ取ったようだが、どうやら自分が鈍感だとミコトは自覚していたようだ。ベルがこの場に居たとすれば、これ以上ミコトとNIAが接触するのをミコトの意志とは関係なく拒んだだろう。


 「おい子倅、採寸は終わりじゃ。完成次第、電話する。」


 御歳の割には近代的な事を口にしたマラはタイミングを見計らってバスティールに採寸の終わりを告げた。その言葉には心なしか怒気が込められている。


 「大変ご足労をおかけしました。帰りは車を用意してありますので、そちらで・・・」


 「老人扱いすんじゃないよ!それくらい一人でこなせる。」


 バスティールは最初から最後まで丁寧な扱いでマラを送り出そうとしたが、年齢故かマラも最後の最後まで老人扱いされるのを拒絶した。


 コントロールルームのロフト部分に一段落した雰囲気が流れる。


 ぐったりと椅子に座りこんだミコトは本部に来訪した目的が達成されたのだと自ずと思案し、特に何かをしたわけでもないのにNIA本部からようやくシャーロット邸に帰宅出来ると考えた。誰からも目的を伝えられず馴染みが一切ない事に遭遇すれば目的を自分で考えたくもなる。


 相変わらずコントロールルーム内ではキーボードを叩く音やヘッドセットのマイクに向かって喋るNIA職員の声が重複して響き渡っている。


 バスティールとマラがミコトの元へと辿り着く前に階段を駆け下りて行ったアルバートは机群を隔てる道の真ん中で指示を飛ばし終えると、問題でも生じたのかロフトへと顔色一つ変えずに歩を進めた。職員たちに指示を飛ばす姿を伺えばアルバートもそれなりに地位が高いことが分かる。


 颯とロフトに到着したアルバートはマラとの間に不穏な気配が漂っていたバスティールに伝達事項を耳打ちした、近辺にいたミコトに聞かれぬよう自分の口元を覆い隠して。


 「長官、例の準備が整いました。いつでも構いませんがどう致しますか?」


 「・・・直ちに始める。ジャックに配置に着くよう伝えろ。」


 普段通り冷静なアルバートの伝達にバスティールは簡単かつ手短に受け答えた。何かの緊急事態ならば落ち着きすぎているとしか思えず、会話から考察するに緊急事態ではなくNIAそのものが何かを企んでいるようだ。


 「ミコ・・・」


 バスティールがミコトに話しかけながら目を向けると彼は口を開けて眠っていた。今日の朝まで自室のベットでたっぷりと睡眠をとりそれに加え車内でも寝たはずなのだが、まだまだ寝足りなかったようだ。


 「寝てますね、ミコト君。」


 アルバートがミコトの寝顔に一言添える。


 脳内で自分が思い描く理想の結果を軽快にイメージしたバスティールは瞬時に行動へ移したわけだが、またしてもミコト本人が邪魔をした。今回の一件はミコトが台風の目になっているので、どれだけ失礼な態度をとられてもおいそれと返すわけにもいかない。創造物を所持しているというこ事はそれだけ危険性も伴うということなのだ。


 「さすがに寝すぎだな、腕づくで起こす。」


 そうはいってもバスティールも意志を持った人間、喜びや哀しみの感情があれば怒りの感情だってある。車内での宣言通り一つしか持ち合わせていない手でミコトの頭にゲンコツを浴びせた。


 「って~、いきなり何すんだ⁉」


 強引な手段でミコトは叩き起こされ、その反動で椅子が踏ん張る素振りも見せずに倒れた。バスティールにとっては願ったり叶ったりである。


 「起きたな、では私が今から言うことに耳を傾けて良く聞け。」「当たり前のように話しを進めるな!マジで痛かったぞ、さっきの。」


 ミコトはゲンコツを受けた箇所を涙目になりながら両手で押さえた。とても四十代の繰り出したゲンコツの威力とは思えない。


 「私は本部前で次は無いと言った。それでも寝たのだから自業自得だ。」


 「聞いてねーって、そんなこと!というかもう帰らせろ。なんで来たのか分かんなかったけど、用は済んだんだろ。」


 バスティールは確かに殴り飛ばすと宣言したがミコトは寝起きだったのだから覚えてなくとも無理はない。


 「それは君の早とちりだ、あと一つ君にしてもらわねばならぬ事が残っている。」


 「まだあんのか⁉俺もう疲れた、帰りてー。」


 椅子を起き上がらせたミコトは体を伸ばしながら不満を漏らした。その様子はまるで駄々をこねる子供のようだがミコトは一応、十八歳である。


 「君を返すわけにはいかない、帰りたければあと一つ私の言うことに従ってくれ。」


 「やらずに帰ることは出来ないのか?」


 「拒否するのならば問答無用で逮捕する。」


 あからさまに元気をなくしたミコトはちっぽけな望みに帰宅できるのかを託したが、倍以上の単語となって自分に返ってきた。逮捕されてしまうならば他に道はない。ミコトは今に至るまで北大陸の繁栄した社会とはそれほど関わってはこなかったが乱暴な扱いをする組織のトップが言う逮捕という二文字は妙に現実味が帯びていた。


 「まぁ、ついてきたのは俺だしな。んで何すりゃいいんだ?」


 気持ちを切り替えるために頬をパチンとミコトは叩いた。―――完全には取り払えていなかった眠気を吹き飛ばすためでもある。


 「エンチャート地区に出没した犯罪者を捕まえてもらいたい。いわゆる事件解決だ。下でセブンが車をまわして待っている、それに乗れ。」


 ―――エンチャート地区とはキャピテルを十五に分割した地区の一つである。


 「事件解決か・・・捕まえるだけでいいのか?」


 「構わん。相手を行動不能にすることだけを考えろ。」


 「分かった、じゃあ行ってくる。婆さん、じゃあな。」


 当人のミコトは疑問にすら思わなかったがどうして一般人であるミコトに犯罪者を逮捕させようとするのか、そこには矢張りNIAの思惑があるのだろう。


 自分が今なすべき事を耳に入れたミコトは焔をギュッと握りエレベーターへと搭乗する。小走りだったことから一秒でも早く終わらせたいという意志が見て取れるが、ミコトは心を読まれていたとしても、大して気にしたりはしないだろう。


 エレベーターに搭乗したミコトが開閉式扉によって見えなくなるとアルバートは一抹の不安をバスティールに呈した。


 「結果がどうであれ一苦労ですね、彼の面倒は。」


 「まったくだ。」


 結果というのはミコトが犯罪者を逮捕出来るか出来ないかということだろう。一般人には荷が重い任務だが、請け負った人物がミコトならば根拠は無くとも期待は寄せられる。


 「あたしを忘れてやしないかい!失礼な子倅どもだよ!」


 「これは失敬、他に手を付けなくてはならなかったものですから。」


 老人扱いされることを拒絶した時から無言を貫いていたマラはバスティールにとっては有難迷惑な口出しをした。


 「ふん、NIAの職員でもない子供に、アンタ一体なにさせようとしてんだい?」


 「お世話になっている立場で申し上げ難いのですが、部外者であるアナタにそれを説明する義理は何処にも存在しません。」


 バスティールはNIA職員ですらないマラの質問に答えるわけにもいかず軽く受け流すと、自分の業務を熟すためにロフトを降りようとマラに背を向けた。


 「ほう、あん時ひねくれ者だった子倅が大層なことを口にするようになったもんじゃ。偉くなれとは言うたが子供を利用しろと言うた覚えはないぞ、ベクター。」


 相も変わらず理由を聞き出そうとしたマラは昔のバスティールを引き合いに出したり人間の良心に訴えかける発言をするが、大した反応を見せずロフトの階段を何事もなかったかのように降りようとするバスティールにトドメの一言としてバスティールをファーストネームで呼んだ。バスティールの足を止めさせるにはそれしかないと思ったのだろう。


 ―――今では殆ど耳にしなくなった名前を聞いたバスティールは自分の意識下で足を止めると、ロフトの階段を掴みかけていた右手で拳をきつく握る。


 「お言葉ですが彼の年齢は十八、NIAの就職試験を受けられる年齢に達しています。体力的そして年齢的には何も問題はない。」


 名前を呼ばれ無視することに抗えきれなかったバスティールは思いの内を暴露した。NIAの長官としてではなく一人の人間として無関係の少年を真実に導かぬまま現場に行かせることは気が引ける行いであるが、それと同時にバスティールには一人の人間としてではなくNIAの長官として全うしなければならない使命があった。


 「バカ言ってんじゃないよ!何ゆえあの坊やをNIAに引き込もうとする?自分の意志ではなかろうに。」


 体力的、年齢的というバスティールの言葉に倫理観の欠片も感じられなかったマラは酷く憤りを見せた。確かに年齢が十八であるならば体力的には心配はいらないだろうが、だからといって正当な理由にはならないだろう。


 「NIAに引き込もうとしているわけではない、これが彼の運命です。」


 更に一層バスティールの思惑が暗闇の中へと沈んでく、NIAに就職させるつもりでないのならミコトに何をさせたいのだろうか。


 「・・・長官、そろそろ。」


 ヒートアップしたバスティールの反論を止めさせたアルバートは、マラに逸早くこの場から立ち去るよう催促した。どれだけ文句を撒き散らしてもプンスカしたままのマラは持っていた杖で地面を鳴らしながらエレベーターへと搭乗する。帰りの車が用意してあることは老いた頭でも忘れてはいなかったが、自宅まで自分の力で帰るつもりだろう。


 「今のNIA長官は子倅じゃ。あたしゃーこれ以上何も言わん、じゃが子倅の勝手な都合であの坊やを犠牲にしたときはただじゃおかないよ‼」


 最後にマラがエレベーターの中でバスティールに杖の先端を向けながらそう吐き捨てるとタイミングばっちりで開閉式扉が二人を切り離した。


 「・・・・・・覚悟の上です。」


 扉が閉まりコントロールルームの壁と同系色になったエレベーターを見つめて、NIA長官という重責の立場にいるからこそ生まれ出る自分の心情をバスティールは漏らした。


 「・・・無事に帰宅できるでしょうか?」


 「身なりはアレだが中々のタフネスを有している、心配は要らない。それよりもミコトの方はどうだ?」


 「はい、今現在エンチャート地区の道路を走行中、あと数十分で目的地に着きます。」


 アルバートは長ズボンからスマートフォンを取り出すと液晶ディスプレイにセブンの報告履歴を表示させてバスティールに見せた。報告はミコトが車に乗車した時点から受け取っている。


 「配置の方はどうだ?」


 「そちらは完了したと先ほど報告がありました。」


 バスティールはアルバートの提示したスマートフォンを一目見ると、続けて配置状況を確認した。無論、ミコトはこの事は知らない。


 一件に関連する報告を全て頭に入れたバスティールはロフトの防護柵に右手をトンと乗せて、意味も無くコントロールルーム全体を見渡した。


 NIAの長官であるバスティールの考えている事は誰にも読めない、表面上は目の前にある事柄を見つめているようで内面では遠い先を見つめている。近しい部下に今後の計画を伝えることはあっても、その全てを伝えることはないのだ。


 アルバートの言った結果がバスティールの望む結果だった場合、ミコトがこれから辿る運命はどんなものになるのか、それは限られた者だけが知っている。


 スマートフォンをポケットに滑り込ませたアルバートの斜め前にいるバスティールは姿勢を変えぬまま、何も映っていないディスプレイを見つめた。これから先、激化するであろう創造物を用いた犯罪に対抗しうる為に。


 「確かめる、彼の器を。」


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