第二話:火傷の余熱
ミコトと悪人面をした男の勝敗が決して数十分後、悪人面の男は誰もいなくなった暗い一本道で目を覚ました。
「クソがっ!どれもこれもあいつのせいだ、これで終わったと思うなよ、必ずぶっ殺してやる‼」
悪人面をした男は、ミコトに完敗をきっしたというのに未だ諦めてはいなかった。地面に仰向けに倒れたままの体制で負け犬の遠吠えとしか思えない絶叫が暗い夜空に虚しく消える。
そんな無意味な事を続けていると、その男に近づいて行く人影が一つあった。
「火の手が一瞬で上がり一瞬で消えたと思って来てみれば全身に火傷を負った男が一人。」
それまでシャーロット領内の何処かにいたはずのアルバートがそこにいた。アルバートが悪人面をした男に近づき顔を確認するためにしゃがむと二人の目が合う。
「丁度よかった。アンタ救急キットか何か持ってないか?謝礼は弾むぞ。」
謝礼というのはもちろん嘘で悪人面の男はアルバートを騙そうと考えた。
「あいにく救急キットは持ち合わせてはいないんだ。だが君を運ぶことは出来る、近くに屋敷があるからそこで処置してもらえばいい。」
「それは・・・」
悪人面をした男は焦った。アルバートが救急キットを渡していれば問題はなかったのだが屋敷に運ばれるとなると話しは別だ。今のこの状態で、つい先ほど敵対したミコトの住居であろう場所に行くことは死と同義だ。 此処はシャーロット領内、屋敷の方から走ってきたミコトに一打を食らわせられれば屋敷に住んでいることは容易に推測出来る。
無理やりにでも屋敷に運ばれる可能性を捨てきれなかった悪人面をした男は、自分の体にムチを打ち節々の激痛に身悶えながら立ち上がった。
「無理に動くな、私が屋敷に運ぶ。その傷では歩くのも一苦労だろう?」
火傷を負った男が起き上がってすぐさま歩き出す姿を見たアルバートは、応急処置が必要だということを勧める。
「・・・・・・・・・」
それでも火傷を負った男は何事もなかったかのようにアルバートの忠告を無視し身悶えながら歩き続けた。
「君はどうして屋敷へ運ばれることを嫌がる?」
火傷を負った男が歩みを止める。
「そこまでの傷を放置する理由など何処にもない。大人しく屋敷へ行けば、完治とまではいかずとも和らげるくらいは出来るはずだ。でも君はそれをしようとしない。――――――答えは一つ、屋敷へ行けない理由があるのだろう?」
そこまで言い切られた男はこの場から黙って消え去ることを断念して隠し持っていたサバイバルナイフの刃先を無言でアルバートに向けた。
「やめておけ、あいにく君に勝ち目はない。時間の無駄だ。」
歯をむき出しにした男はアルバートに目力で黙れと怒鳴り、火傷を負った体で襲い掛かる――――――が、男はあっけなくアルバートに倒された。
「その傷で襲ってくる気力があるのは誉めてやろう。だが逃げるが勝ちだったな・・・逃がす気はサラサラないが。」
ズボンのポケットから手錠を取り出したアルバートがうつ伏せに倒した男の手首にソレをかけようとすると、ようやく男が口を開いた。
「テメェ、どうして手錠なんか持ってやがる⁉離せ‼」
男が手錠をかけられることに抵抗するも、左腕を背中に固められ右腕を足で押さえ付けられた状態ではそこから脱すること不可能である。
「こんな夜中に火傷を負って地面に転がっている人間を安直に信用するわけにはいかないのでな。君には悪いがカマをかけさせてもらった、初めに私が屋敷に運ぶことを提案したが君はそれを拒み理由も言わずあからさまな態度で屋敷へ行くことを嫌がった。それにより君がシャーロット領に住む住人でないという可能性が必然的に高まる、その火傷であれば例え喧嘩をしていてもなりふり構っていられないからな。次に私は君に屋敷へ行けない理由を尋ねた、そのとき確信を持てたよ。サバイバルナイフにその悪人面、ブラックリスト記載者の人売りのゴザだな。」
―――ブラックリストとはNIAが犯罪行為を確認した人物の情報が載っている電子リストの事である。それにしても数千、数万人規模の人物情報が載っているブラックリストから相手がゴザだと認識できたのはアルバートの並外れた記憶力のおかげなのかもしれない。
そこまで聞いたゴザは、アルバートが何者であるかを理解した。
「テメェ、まさか・・・!」
「そのまさかだ、平和維持安全組織NIAの名の下に貴様を現行犯逮捕する。」
自分がNIAの職員だということを宣言したアルバートは、掴んだゴザの左腕に手錠をかけた。
「ほら立て、君には今回の不法侵入罪と公務執行妨害罪、それからこれまでの悪行全ての罪を償ってもらう。」
そのままゴザの右腕にも手錠をかけたアルバートは捕まえた犯罪者を逃がさぬよう脇をガッシリと掴み自分の車へと戻っていった。
屋敷の庭へと入ったアルバートは道すがらYシャツの上からでもわかるほどの筋肉を纏った男とすれ違いながら、屋敷の外へと出ていたリリーにシャーロット領での状況を説明した。
「こんばんは、リリーさん。今朝の件は大変感謝します。それからこの男についてなんですがシャーロット領内に不法侵入をした疑い、それからブラックリスト記載者のため身柄は我々に預からせて頂きます。一応、シャーロット領で起きたことなので貴女の耳にと思いまして。」
「構わぬさ、事はなんとなくだが把握している。・・・・・・そうかコイツがベルの言っていた男か。」
リリーがゴザを睨みつける、大切な存在を傷つけられた怒りを隠す気は毛頭ないようだ。
「なに睨んでやがるババァ、黙ってちゃ何も伝わらないぞ。キッキッキ。」
この状況を楽しんでいるような煽り立てる発言に、リリーは今すぐにでも殴り飛ばしてしまいそうだった。だがそれでも一人の大人として、そしてなによりもミコトとベルの母親だと胸を張って言えるために、一時の感情に呑みこまれることを阻止した。
「好きなだけ言うがいい、貴様に言う事は何もない・・・連れて行け。」
アルバートにそう指示するとリリーは屋敷の階段を登っていく。彼女の反応が思うようなものではなかったのか暴言を吐き暴れるゴザを、アルバートは車まで連行し後部座席に押し込めてからリリーは何も言わずに屋敷の中へと帰っていった。
ゴザを車に押し込んだ後もアルバートは車に乗らず職務用の高機能電話端末、いわゆるスマートフォンを耳に当て電話先の相手に繋がるのを待っていた。―――着信音が四回鳴ったあたりで繋がる。
「――――――こちらアルバート、職務時間外に失礼します。まず契約の件ですが結んでいただけるそうです―――はい。それと、今夜八時三十分頃ブラックリスト記載者である人売りのゴザを確保しました。―――えぇ、ですから拘置所に寄ってから帰宅します。あと是非あなたの耳に入れておいて欲しい情報が―――はい、その通りです。私が見た限りではまだ確実とは言えませんが、一瞬で燃え上がり一瞬で消える炎というのはやはり、創造物である可能性が高いかと。―――ミコトという名の少年が所持していました。―――近々、長官直々に来てみてはいかがです?後悔はしないと思います―――分かりました、それでは私はこれで。」
アルバートは直属の上司である長官に報告を済ませると、スマートフォンの通話画面を閉じオレンジ色の車へと乗り込んだ。
「では行こうか、これから君の楽しい拘置所生活が始まる。」
ルームミラーで不服そうにして後部座席に座るゴザの様子を伺い、アルバートは真ん中に取り付けられたギアを手前に倒した。