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何が起きたのか、おそらく竜ですら分かっていないであろう。
絶望に挑む小さきものを軽くあしらい、本命を潰そうとした矢先にとてつもない衝撃で横に吹き飛ばされたのだ。
しかし、すぐさま体制を立て直し自らを吹き飛ばしたものを凝視する
そこには、腰に刀を差しボサボサの髪を後ろにまとめた浪人のような姿の人物が腰に手を当て胸を張っていた。
「はっはっは!どうだ邪竜め!拙者の『烏丸すぺしゃるどろっぷきっく』を食らって立ち上がれたものはいな………立ってる…!?!?どういうことでござるか!?!?」
それはこっちのセリフだと周りは思っているだろう
「むむむ、仕方あるまい。どろっぷきっくでダメなら鴉を使わざるを得ないではないか」
『…』
「そもそも拙者に鴉を抜かせるということを誇りに思うといい、基本的に拙者の前に立つものはみんなどろっぷきっくで沈んでいたからな!」
『…』
「あ、いやまてよ…ついこの間どろっぷきっくが効かない奴がいたような………あぁ!彼奴は霊体であったからな!肉体攻撃が通じなかったのでござるよ」
『…』
「いやー彼奴は強敵だった…拙者の攻撃をひらりひらりとかわし、さらには拙者のことをめちゃめちゃ煽ってきたのでな…アレは怒りが溜まったぞ」
『…』
「まぁ、だからな。拙者に鴉を抜かせると死ボダァヘェ!!!」
『もう良いだろう。鳥のようにうるさく喚く奴め…』
しびれを切らしたのか、熱心に語っている人物を腕で吹き飛ばし、竜はフレッドに向き直る
『邪魔が入ったが…小さきものよ。貴様の勇気に対し、賞賛の意味を込めて我が名を伝えよう。』
「……」
『我が名はディスパイア。絶望を冠するもの。混沌により蘇りし古龍である。我の狙いは後ろの小娘…いや、調停をもたらすもの、貴様だ。』
「わ、私…?」
『貴様はまだその力に目覚めてはいないようだが…ならば好都合。芽ぶかぬうちに潰しておくのが吉というもの。行くぞ』
突如として竜の姿が消え、次の瞬間にはアナの真後ろに立っていた
「アナッ!後ろだっ!」
「っ!」
突然のことでとっさに動くことのできないアナ。できることといえば、目を閉じて衝撃に備えることくらいであった。
硬直したアナに向かって邪竜の腕が振り下ろされる________________かに思えた。
「オイオイ死ぬわ拙者。不意打ちは卑怯でござるよ?」
竜の腕とアナの間に、先ほど吹き飛ばされたはずの男が立っていた。その手には刃まで黒い刀が握られており、腕を受け止めている
『貴様…!?』
「全くもう、この世界の連中はすぐ頭に血がのぼる奴ばかりでありますな。先程の少年もそう。勇気と無謀を履き違えてはいけませんぞ」
緊迫した空間の筈なのに世間話をするようにフレッドに話しかける男。フレッドはただただ頷くことしか出来なかった
『…我を吹き飛ばし、この腕をも止める。貴様、ただの人間ではないな?』
「如何にも!拙者は烏丸と申す者。偉大なる『創世者』、リィザ殿の従者である!どうだ、参ったか!」
その名を聞いた瞬間、竜は目を見開き、そして微かに笑ったように見えた。
それに気づいたのは烏丸だけであったが。
「ん?心当たりがあるような顔をしたでござるな?」
『ククク、いや、世間は狭いと改めて認識しただけのことよ…』
「きっもちわるい奴でござるなぁ…人の名前を聞いて笑うなんて」
『気が変わった。この小娘は今潰すには惜しい。もう一つの狙いの為にせいぜい足掻くが良い』
「はぁ?何を言って」
烏丸が言い終わらないうちにディスパイアは消えていなくなってしまった。
あたりに静寂が戻り、残された者たちが今のが現実か、はたまた白昼夢だったのかと錯覚するほどだ。
しかし、それぞれが負った傷、えぐられた大地を見れば先程の出来事が現実であることは明白であった。
皆が呆然としてる中、遠くから「おーい」という呼び声が聞こえ始めた
「烏丸が『む、ここで出ていけばなんかある気がするでござる!』とか言っていきなり出て行くからびっくりしたよ」
「やー、やはり拙者が出て行って正解でしたぞ。なんてったってそこの少年少女の命を救ったのですからな!この拙者が!しかも2度も!」
「ハイハイ、お疲れさんお疲れさん」
「かーー!厳しい!厳しいでござるよ!」
見慣れない乗り物で近づいてきたと思ったら謎の人物が謎の人物と親しげに話すのを見てアナたちは困惑するしかなかった。
先程まで命の危機があったはずなのになんとも言えない空気がその場を支配している。
農民の視線は全てこの二人組に集中していた。
「あ、自己紹介がまだだったね。僕はリィザ。旅人をしているものだ。こっちは烏丸。今は人に見えるけど、カラスだよ」
「改めて、烏丸でござる。拙者、スーパーカラスなので変身ができるのだ。まぁそれもリィザ殿のお陰であるが。」
一通り喋ったあと、思い出したかのように名乗り出すリィザ。それに続いて烏丸も自己紹介をする。
リィザはじっとアナの顔を見つめ、そのあとフレッドを見やり、名を聞いた
「んで、君らの名前は?」
「ええと…アナ。ただのアナです」
「フレッドです。先程は烏丸さんのおかげで助かりました。もうダメかと思ったんですよ」
それを聞いた烏丸が得意そうにドヤ顔でリィザの方を向く
「はは、拙者かっこいいな?」
「自惚れるなよ、カッコ悪いぞ」
「はい」
バッサリと切られ、しょんぼりする烏丸を放っておき、リィザは状況を確認する。
「で、あの爆発音の正体は何なんだい?」
「実は…」
アナとフレッドが代わる代わる邪竜の出現、烏丸の出現、烏丸が吹き飛ばされたと思ったら突然戻ってきていたこと、その竜はディスパイアと名乗っていたことなどを話した。
「ふーん…『絶望』ねぇ…」
「何か心当たりでもあるんですか?」
「そうですぞ、向こうはこちらに何か心当たりがあるみたいでしたし」
「知らないよ流石に…」
その時、アナの頭の中に先程から引っかかっていたことが疑問として浮かび上がった
「あ、そういえば」
「どうした?何か心当たりでも?」
「リィザさん、創世者って何ですか?さっき烏丸さんが言ってたんですけど」
「あ?……あー、一部では僕が扱う商品が珍しすぎて世界の始まりから取ってきたんじゃないかって言われることがあってね!それでたまにね?」
「ふ、ふーん…」
リィザはニコニコしながら烏丸の方を見る
烏丸も先程の名乗り文句を思い出し、気がづいたようで、舌を出しながら口パクで伝えてきた
(てへペロ☆)
(お前だけは殺すからな)
(メンゴメンゴ☆誰にでも失敗はあるでござるよ)
(殺すからな)
(いやあの…)
(殺す)
目力だけで烏丸をだまらせるとリィザは考え始める。
いくら頭を絞ってもディスパイアという名前に覚えはない。強いて言えばこれが絶望を表す言葉であることを知っているくらいだ。しかし向こうには創世者として記憶にあるらしい。
さらに奴は「混沌より蘇りし」との言葉を残している。
「混沌…壊し続ける者との関係があるの…か?」
「え?」
「ああ、すまない。ちょっと考え事をね」
フレッドが独り言に反応したのを見て慌てて取り繕う。
こんなところでバレるわけにはいかない。バレたとしてもそこまで影響が大きくなるわけではないが、どこに敵が潜んでるかはわからないのだ。用心するに越したことはない。
なぜならここはサマルカンド。永壊者があるとされている地なのだから。