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第18話 対アジ=ダハーカ

「まさかあんなのが来るとはね……」


 強気な口調のミレーニアだが、その様子は緊張を隠せないでいる。


 ダイチとミレーニアは魔王城の最上部にあるバルコニーから帝国方面を眺めている。

 皆に頼んで二人だけにしてもらったため、今は広いバルコニーに二人だけだ。

 そんな彼らの目には、魔王城に進路を取る大型の魔物の姿が映っている。


 もう数時間もすればやってくるであろうソレ(・・)の大きさは、魔王城より大きく、およそ生物の大きさではない。


「アジ=ダハーカって言ったっけ。とんでもないものを呼び起こしてくれたもんだな」


 ダイチはため息交じりにその魔物の名を呟いた。

 邪竜アジ=ダハーカ、伝承に出てくる怪物であり、実在を疑われていた伝説の竜である。

 翼はあるが飛べないのか、陸路で魔王城に向かってきている。


 数日前に、邪竜復活の報告を受けた時には、ダイチ達もまさかここまでのものとは思っていなかった。


 偵察部隊の報告によると、復活のために多くの竜人族が犠牲になっているとのことだった。

 さらに進路上にある帝国の拠点をいくつか壊滅させたという報告も受けた。


 帝国も竜人族もそこまでの犠牲を出してまで何を求めているのか、ダイチ達には甚だ疑問であった。


「あれは兵とか数で何とかなるものじゃないわね」


「アレが来るまでに兵達は何処かに逃げた方がいいかもしれないな。もちろんミレもだ」


 とてつもない強さを持つミレーニアでも今回ばかりは厳しいかもしれないということを、ダイチは理解している。

 ダイチは本心から魔王城、つまり自身を置いていくのも一つの選択だと告げた。


 魔王城はこの場所から動かせない。その魔王城が破壊されるということは、ダイチの命運が尽きるときでもある。


「そんなことできるわけないじゃない!」


 ミレーニアが悲痛な表情で叫ぶ。


「残ってなんとかできるのか? ミレは当代魔王でもあるんだぞ。魔王が生きていれば、再起も図れる。ここで感情的になってミレが死んだら、魔族の未来は断たれるんだぞ」


 ダイチがいつになく真摯に語りかける。


「そうかもしれないけど……、嫌よ! 絶対嫌!!」


 ミレーニアは意地でも動かないと主張する。


「はぁ……、じゃあ、危なくなったら絶対逃げるって約束してくれ。逃げたくなかったら、危機に陥ることなく倒してみせてくれ」


「わかったわ!」


 ダイチの提案に、ミレーニアは嬉しそうにうなずき、武装の準備を始める。


「神でも竜でも、跡形もなく倒してみせるんだからっ…………」


 ミレーニアは空間に手を突っ込みガチャガチャと武器を取り出していく。


 魔剣アスモデウス、魔剣ベルゼビュート、魔槍レヴィアタン……


 バルコニーに伝説級の武器が並べられていく。


「竜を倒す前に魔王城が、跡形もなくなりそうだな……」


 ダイチの呟きと同時に、漆黒の胸甲がキラリ輝いた。


『あーこの感じ! アー君、ベルベル、それにレヴィちゃんまで』


「オリカ、知っているのか?」


 伝説の鎧のオリカ、同じ伝説同士で何か因縁でもあるのだろうか。


『わたしの弟分、妹分よ。昔は一緒に神に挑んだりしたものよ。なつかしーわ』


 ピカピカと輝く胸甲のオリカ。


 ドヤ顔が目に浮かぶようだ。


「そーだったの! オリカちゃん、凄いね。この魔剣たちはいつも力を貸してくれて感謝してるわ」


『ふふんっ、そんなに大したことじゃないわ。そーいえば、サタン君はいないのかしらっ』


 ミレーニアの言葉に、オリカはさらに気を良くしたようだ。


「うーん、なぜか今は出てきてくれないみたい。もう、数年は見ていないのよ」


『そっかぁ、まあそのうち会えそうだねっ』


「オリカちゃん、今度いろいろお話聞かせてね」


『いーわよ、いーわよ! 意地悪ウリエルを倒したときのお話とかすっごくスカっとするよー』


 ミレーニアとオリカのやり取りで場の雰囲気が少し明るくなった。


「こんな雰囲気の方が、俺たちらしいかもな」


 呟くダイチだった。



■■■



 魔王城より北に少し離れた荒野で、先ほどから轟音と咆哮が鳴り響いている。


 この場に存在しているのは、邪竜アジ=ダハーカ、ミレーニア、ダイチとオリカだけだ。

 戦いの邪魔になってしまうということで、ミレーニアは他の者たちには魔王城に残るように指示を出した。


 アジ=ダハーカの大きさは、魔王城の三倍くらいはあろうか。

 全身を覆う鱗は濃い灰色。生物というより、まるで岩山が動いているかのようだ。


 アジ=ダハーカ、その佇まいからは生物のような躍動感が感じられず、まるで金属の塊が一定の目的のみを目指して動いているかのようだ。


 邪竜とミレーニアの攻防は、大気を震わせ、地形を変えてゆく。


「ハアッ!」


 ミレーニアは魔法で空を飛びながら、邪竜に斬撃をくわえている。


 ミレーニアの魔剣による斬撃のたびに、金属音のような音を立て、竜の鱗は削れ剝がれていく。

 削れてはいくのだが、いかんせん相手が大きすぎる。キリがない様子にミレーニアは苛立ちを隠せないでいる。


 ミレーニアの魔力をこめた一撃も、表面を削り傷をつけるにとどまっている。


「はぁ……硬いし、終わりが見えないわね。何か……何か弱点とかないのかしら」


 先の見えない戦いに、さすがのミレーニアも疲弊しているようで、肩で息をしている。


『グォオオー!!』


 邪竜の咆哮と同時に、竜の口からミレーニアに向かって収束した黒いブレスがほとばしる。


 ミレーニアは空中で態勢を立て直し、ブレスを回避する。背後に逸れていったブレスの波動が地面をえぐっていく。


 ミレーニアと邪竜が激戦を繰り広げている間、ダイチはオリカのサポートの元、何か弱点はないものかと邪竜の周囲を駆け回っている。


 黒いプレートアーマー、オリカから黒い槍状のモノが数本伸び、それを足のようにして、邪竜の体をよじ登る。その様子はまるで蜘蛛が壁を這うかのようだ。


「…………」


『言わないでっ! 自分でもわかってるのよ。アレ(・・)みたいだって。地下室にいるときに、カサカサしてたアレは苦手なのよ』


 苦手なモノに似た形状を取ってでも、力を貸してくれているオリカに、ダイチは感謝するのだった。


 戦いが始まってから、すでに三時間程が経過していた。


 ミレーニアの魔法と斬撃で、邪竜はその体をいくらかボロボロにはしているものの、動きが鈍る様子は見受けられない。疲れを知らないその様子は、およそ生物ではないかのようだ。

 

「魔力が尽きそうだわ……」


 一方、ミレーニアは限界が近づいてきているようだ。


 オリカとダイチが、邪竜の気をひいたり、ブレスが逸れるように打撃を加えたりしていたが、それでも途中何度か危ない場面があった。

 邪竜の腕の一振りを上手くいなせず、ミレーニアが荒野を弾き飛ばされる場面もあった。


 邪竜の一撃はモロにくらうとそれだけで戦闘不能になりそうな攻撃ばかりのため、緊張状態が続き、ミレーニアもダイチも表情に疲労が色濃く出ている。


 そんな中、オリカだけは元気そうな様子だ。


「オリカは疲れないのか?」


『わたしは、無敵だからね。一週間だって戦っていられるのよ』


「一週間……、しかし何かが引っかかるんだよな」


 ダイチは邪竜の方を見る。


 その時、何かに気づいたようだ。


「オ、オリカ! あそこってどうなってる?」


 邪竜の一部を指差し、ダイチはオリカに問いかける。


『どうしたのよ? あ、もしかしたら……』


 オリカも何かに気づいたかのようだ。



 しかし、長時間戦いが続けば続くほど、不運にみまわれる可能性というものは上がっていくものである――――


 ミレーニアが深呼吸して、気を取り直し、攻撃を再開するときのことだった。


『グルオオオォォォ!!!』


 邪竜の咆哮と、ほとばしる収束した黒きブレス。


 ミレーニアが一休みしていたため、邪竜はこれまでより溜めを大きく取ることができたのだろうか。

 黒いブレスの波動は、通常の三倍程の規模で、威力もさきほどまでよりありそうだ。


「ちょ! なんでここにきて威力が上がるのよ」


 ブレスを避けようとしたミレーニアだったが、何かに思い至ったのか、一瞬ハッとした表情をしてから、魔剣アスモデウスを自分の正面に構えた。ブレスを正面から受け止めるかのような構えだ。


「おい、ミレ! 何をやってるんだ!!」


 叫ぶダイチの方を、ミレーニアがチラリと一瞬振り向いた。その表情は微笑んでいるように見えた。


 直後、黒きブレスがミレーニアを飲み込んでいった――――



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