第16話 帝国の影
「久しぶりに来たけど前より賑やかね」
「そうだな、思った以上に順調のようだな」
ダイチとミレーニアが道の両脇に並ぶ屋台を眺めながら話している。
そのすぐ後ろには猫耳少女リンスが控えている。冒険者風な格好の三人は周囲の賑やかな人々に自然と溶け込んでいる。
ここは魔王勢力の領地ザンガス、ルナテイル王国との国境に程近い場所。街と呼ぶにはまだ小さな規模だが、魔王領の中では抜けて大きな拠点だ。
魔王領と王国との交易の拠点で、魔王勢力の財政を支える要地である。
屋台の並ぶ道を進むと、奥の大きな広場が市場になっていて、それぞれの国の商人間の取引はそこで行われている。広場のさらに奥には領主の館があり、魔王から任命を受けた魔族の領主が住んでいる。
ザンガスにいる人々の割合は商人が多くを占めるが、その護衛の為の冒険者や商人達向けの施設等もあることから、魔族人族を問わず多くの人々が通りを行き交っている。
ザンガスは当代魔王が魔王勢力発展の為に、力を入れている拠点の一つである。
「ダイチ見て! あの串にささった甘そうなお菓子、すごい美味しそうだよ!」
その当代魔王のミレーニアはというと、今日はつば広の帽子をかぶり、チャームポイントの紅い髪は帽子の中に収めている。
正体を隠し領地の査察に来たのだが、チョコバナナ的なお菓子に目を奪われ当初の目的を覚えているか怪しい様子だ。
「お前なー、朝も結構食べてきただろ……」
呆れた様子のダイチだが、またいつものかと諦観した様子にも見える。
「ご主人様、買ってまいりましょうか?」
後ろから声をかける猫耳少女リンス。まだ幼い見た目のリンスが畏まった態度を取るのは、なんだか頑張っているようで微笑ましいものがある。
「お願いリンス、三つ頼むね! 新種のお菓子をしっかり把握しとくのは大事なことだと思うのよ」
ミレーニアが指を三本立ててリンスに告げる。
ミレーニアは一応査察の目的は覚えているようだが、目的を言い訳にしたようにしかみえない。
ただまさか自分一人で三つ食べるわけではないだろう、三つ頼むあたりはダイチの奴隷であるリンスにも優しいミレーニアだった。
「ミレ……リンスは俺に聞いてたよね、まあいいけどさ」
なんだかんだでミレーニアに甘いダイチ。
「ミレーニア様、待っててくださいね」
リンスは尻尾をパタパタ振りながら屋台に向かっていく。
暖かい日差しが心地良いそんな日中の様子だった。
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ミレーニアは、調査という名目でいくつもの屋台で買い食いして満足そうにしている。そんなミレーニアの頬についている食べかすはリンスがハンカチで拭っている。メイド教育の賜物といったところだろうか。リンスの方がミレーニアよりだいぶ年下なのはご愛嬌だ。
「この前のサウスローの街を参考にしていろいろ取り入れていきたいね」
少し気まずかったのか、ミレーニアは真面目な話をダイチに振る。
「そうだな、あの街は魔族と人族が共に歩める街づくりの為に参考になる事が多かったな」
ダイチはミレーニアと二人で冒険者をしたあの街の事を思い出していた。
「ご主人様に助けてもらったあの街ですね」
リンスもその時の事を思い出しているのか、瞳を潤ませている。猫尻尾もフリフリである。
そんなこんなで話をしながら三人は市場となっている広場までやってきた。
広場はかなり広く入口から端が見えない程で、衣類、食品、武器、生活雑貨等さまざまな商品が扱われている。商人間の取引が中心だが、大口であれば個人でも売買できるようになっていて、まとめて買い出しに来ている人々もうかがえる。
「いつの間にか随分規模が大きくなってるな」
ダイチは市場の様子を感慨深げに眺めている。
「ホントね、あ、あそこのパン美味しそう!」
「あんなに大量に箱買いしてどうするんだよ、持って帰れないだろ……」
安定の食いしん坊魔王様だった。
それから三人が市場の様子を見ながら歩いている時の事だった。
「なあ、あんた達、護衛で来ている冒険者だろ」
ダイチ達はふいに後ろから声をかけられた。
ダイチが振り向いたところ、そこには男二人がニヤニヤしながら立っている。
一人は二メートル近い巨漢、もう一人は一八〇センチくらいだが横幅がかなりある。
どちらもゴツくいかにも冒険者という風体の二人組、いつぞやの冒険者ギルドで絡んできた男を思い出すようだ。
「なんでしょうか」
ダイチは返事をする。面倒事に巻き込まないでくれという様子がありありと伺える。
そんな事にはお構いなしに男たちは喋り続ける。
「俺達はとある商人様の専属護衛なんだが、明日まで暇なんだわ。あそこの酒場に飲みにいくのに付き合ってくれよ」と酒場らしき建物を指差すノッポ。
「俺達とは仲良くしておいた方がいいぞー、ああ、男の方は来なくていいぞ」と好き勝手言うデブの方。
「あのな……」
呆れた様子のダイチ。ミレーニアの目には既に怒りの色が、リンスは睨み返すがその足は震えている。
「そうそう、俺達と仲良くしておいて損はないぞ。明日から北の帝国に向かうが、これからは帝国の時代だ」
「ああ、帝国はかなりの勢いで傭兵を集めてるからな。俺達についておけばこれから美味しい思いができるぞ」
男たちはミレーニアとリンスをニヤニヤと眺めながら、調子に乗って喋り続ける。
「…………」
ダイチは食って掛かりそうなミレーニアを片手で制し、何やら考えている様子だ。
魔王領の拠点で帝国の話が出てきたからであろう。サザランド帝国と竜人族が手を組むことになったのは記憶に新しい。きな臭い何かを感じたのも当然のことだろう。
「分かりました、酒場にいきましょう。ああ、お代は俺が持ちますので、ご一緒させてください」
ダイチは情報を手に入れるべきだと判断したようだ。
「……分かった、ついてこい」
男達は一瞬ダイチがついてくるのを嫌そうにしたが、どうとでもできると思ったのだろう。酒場に向かって歩きだした。
「ちょっ、ダイチ」
小声で「いつでも何とでもできるだろ」と納得いかない様子のミレーニアをなだめながらダイチ達は男二人について酒場に向かった。
ダイチの装備している黒い胸甲が陽光を受けて、ピカリと輝いた。
その様子は、まるで「退屈だ……」との抗議のようであった。




