猫は気まぐれだから可愛らしい
作者が書きたいと思ってたんと違う・・・そんな話でよければどうぞ。
なぜこうなった・・・謎だ・・・ギルバストが謎だ・・・
「あぁぁぁつぅぅぅいぃぃぃぃ・・・」
ソファに座りながらテーブルに盛大にだらけた私の口から出るのは暑いの一言のみ。
王都の外れにある屋敷から、避暑地にある北の別荘地に来てはいても暑いものは暑いのです。
「お嬢様・・・せめてもう少しお淑やかに申せませんか・・・」
「だって暑いものは暑いのよ!暑いのは大嫌いなんですもの!」
「冬は寒い寒いと同じようにおっしゃるではありませんか・・・」
「寒いのも大嫌いなのよ!私は適度に温かくて、適度に涼しいのが好きなのよー!!」
私の魂の叫びに、長年側に仕えている侍女のリンは溜息をついています。
いいじゃないですか、気心の知れたリンの前でくらいだらけていても。
「プッ・・・ハハハッ・・・マルグリットは相変わらずだね。」
「あら・・・ギルバスト来てましたの?
淑女の部屋には、テラスからではなく入口の扉から入って来て下さいな。」
「これは失敬・・・愛しの婚約者殿に早く会いたくて気が急いたせいだよ。
許してくれないかな?」
そう言いながら庭に面したテラスの入口から入ってきたギルバストは、だらけ切った私の手を取り軽く口づけます。
祖父の代からの長い家同士の付き合いがあるとはいえ、我が家の家令達も取次なしで彼を簡単に通し過ぎでしょう。
「嘘おっしゃい!どうせ、小父様か小母様から逃げて来たのではなくて?」
「まぁ母上から逃げて来たのは事実だけど、君に会いたかったのは本当だよ。
君が社交シーズンが終わった途端王都から早々にこっちに行ってしまうおかげで、僕は三か月も君に会えなかったんだからね。
僕の麗しの白百合姫。」
そう聞きなれない呼び名を言って、ギルバストは私の手を取ったまま隣に腰かけました。
「なんですのそれ?」
「男性陣の君に対する呼び名。リズバーグ侯爵令嬢が【紅薔薇姫】と呼ばれるのに対して、君はデルファイラ侯爵家の【白百合姫】と呼ばれているようだよ。
知らなかった?」
「知りませんわよ。
まぁ、サンディラ様が紅薔薇というのは頷けますが・・・なぜ私が白百合、納得出来ませんわ。」
サンディラ・リズバーグ侯爵令嬢は、社交界の華としても有名なご令嬢で、艶やかな黒髪に朱金の瞳がとても華やかな容姿の方なので殿方から紅薔薇と呼ばれるのも確かに頷けます。
ですが、私が白百合と呼ばれるのは全くわかりません。
サンディラ様とは別段親しくはありませんが、張り合うつもりもありません。
実家の家格は同等、年代も同じだからと比べられては溜まりませんわよ。
あちらは我が国の王太子である第一王子の婚約者様、私はギルバストの実家であるテストランデル公爵家に嫁ぐ家臣となる身。
周りが勝手に盛り上がっているのは好きになさればいいですが、こちらを巻き込まないようにしてほしいものです。
「まぁ確かに、素の君の姿を知っていたら白百合じゃなくてどっちかと言うと向日葵だからね。
でも、夢見る男性陣は盛大に猫を被った君しか知らないわけで、その姿は白百合のように可憐で清楚らしい。
ちなみに君と話したことがある僕の友人たちは、君のことを白猫姫と呼んでたけどね。」
「理由を聞いてもいいかしら?」
「見た目に騙されて手を出したら盛大に爪で引っかかれたかららしい。」
「じゃれた程度で不甲斐ないですこと・・・今度は盛大に咬みついて差し上げてよ。」
ツンと顎を反らせて気分を害したことを伝えると、ギルバストはまた笑いだした。
失礼な婚約者ですわ。
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僕の笑いが収まった頃、目の前には盛大に機嫌を損ねて膨れっ面をした僕の婚約者がいた。
そんな膨れっ面もよほど親しい間柄の相手にしか見せない姿だから、僕はそんなマルグリットの素顔がまた愛おしくて仕方がない。
社交界で普段のマルグリットを知らない奴らからは、白く輝く銀髪と澄み渡る空のような青い瞳にしなやかな肢体と大人しく可憐で清楚に見える姿から【白百合姫】と呼ばれているが、僕からすれば『誰だよそれ?』と言いたくなる。
僕のよく知っているマルグリットは、領地や別荘地の野原を元気に駆け回り、川にドレスで飛び込み、刺繍やダンスよりも馬術や剣術をしたがる男勝りの性格だ。
暑いのも寒いのも嫌いなくせに、真っ先に外へと飛び出して遊ぶのも彼女だった。
『生む性別を間違えたのかしら・・・』と彼女の母であるデルファイラ侯爵夫人がよく嘆いていたっけ。
二男二女の末っ子として生まれたマルグリットは、家族から大いに甘やかされていた。
それでも社交の場に出れば、確かに目を引く容姿に加えて洗練された淑女の姿を見せるのだから、大した特大の猫かぶりだと思う。
そんなことを考えてまた笑えて来た僕の耳に、不機嫌なマルグリットの声が聞こえた。
「失礼極まりないですわ、ギルバスト!
そんなに笑うことないじゃありませんの!!」
「あぁ、悪かった。ちょっと昔を思い出して・・・君は昔から元気だったなぁと思ってね。
馬術や剣術をしたがるし、ドレスで川に飛び込むし・・・ククッ・・・」
「そ・・・そんな子どもの頃の話を持ち出さないでくださいませ!
今はもうしていませんわよ!」
「昨年の夏は庭園にある果実を採るのだと言って木を登ろうとなさいましたし、冬には犬ぞりがしたいと申されてましたね。お嬢様は・・・」
「リン!?そ・・そそ・・・それは、ちょっとした好奇心で・・・」
今はもう子どもじゃないと言った横から、マルグリット付きの侍女のリンがポツリと呆れたように零す。
リンとも長い付き合いで、マルグリットを甘やかすばかりではなく締めるところは一応締めているのを知っている。
ただマルグリット第一主義なので、叶う範囲ならマルグリットの希望はある程度叶える形を取ることが多い。
「二人とも酷いわ!!」
そう言って羞恥で顔を赤らめて涙を浮かべる姿が、なんとも愛らしくいろんな意味で煽られるのだが、さすがにそれを言うとさらに怒らせるので言わないでおく。
「悪かったから、機嫌を直してくれないかな・・・僕の愛しの婚約者殿。」
宥めるように手を取りキスをするが、完全にへそを曲げて機嫌を損ねてしまったマルグリットは「しりません!」と言ってそっぽを向いてしまう。
可愛すぎて揶揄い過ぎてしまったようだ。
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ギルバストもリンも酷いですわ。
そりゃ、私はお父様達にもお転婆姫と呼ばれていますけれども・・・
それでも公式の場ではキチンと弁えておりますし、しっかりと猫は被っていますのに、家でくらいは自然体でいてもいいではありませんの!
あぁ、ダメです・・・感情が高ぶり過ぎて涙腺が・・・
「ぅう・・・」
「ちょっ・・・マルグリット、泣かなくても・・・頼むよ。」
私が泣き出してしまったせいで、ギルバストが慌てていますがいい気味ですわ。
社交界では取り澄ました顔ばかりで令嬢たちの黄色い悲鳴がよく上がってますけれども、少しは醜態でも曝したらよろしいのよ。
私ばっかりギルバストのことがこんなに好きなんて許せませんわ!
「ギ・・・ギルバストなんて・・・ヒック・・・大嫌いですわ!!
婚約なんて・・・解消・・・ぅぅ・・・」
「待って待って・・・ちょっと待って!
それはさすがに待って、マルグリット!?
僕が悪かった、揶揄い過ぎた。」
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本気でマズい状態だ。
婚約者が可愛すぎて揶揄い過ぎて泣かれて婚約解消されるなんて話、誰が信じるんだ。
ちょっと待てリン、なんでそんな呆れた目で僕を見てるんだよ。
落ち着け、落ち着くんだ!今回は全面的に僕が悪い、そう僕が悪いってことにしておこう。それで丸く収まるはずだ。
「マルグリット、あんまり君が可愛いから揶揄い過ぎただけなんだ。
家族以外では僕くらいにしか見せない素顔が嬉しくて笑っただけなんだ。
だから機嫌を直しておくれよ。
僕が結婚したいのは、君だけなんだから婚約解消なんて言わないでくれ。」
「私だけなんて嘘ばっかり!・・・リジーナ様と楽しそうにお話されてましたし、ベルミラ様とは親しそうに踊っていらっしゃったじゃありませんの!
お二人と結婚なさればいいんですわ!」
なんでここで、他の令嬢が出てくるんだ。
そもそも・・・
「リジーナ嬢って誰だ??ベルミラ嬢ってのは、確かマクラインの妹姫だったか?
あれはマクラインに頼まれて踊ってやっただけなんだけど・・・えっ・・・もしかして妬いてくれてる??」
僕の言葉でマルグリットの顔が瞬時に赤く染まった。
僕が他の令嬢といて嫉妬したのか?本当に?
ちょっと待って、それって・・・
「マルグリットが嫉妬してくれるなんて・・・」
「嫉妬なんてしてませんわ!」
「だったらなんで怒ってるの?」
「そ・・・それは・・・とにかく、ギルバストなんて大嫌いですわ!」
目を泳がせながらそんなことを言うマルグリットが可愛くて、また揶揄いたくなる僕はダメな奴なんだろうなあ。
「僕はこんなに君が好きなのに、君が僕を嫌いなら仕方ないね。
わかった、婚約は解消しようか。」
「えっ・・・」
「君が嫌がることはしたくないから、仕方ないよね。
父上には僕が言うから、侯爵にもすぐに話は行くと思うよ。」
僕の言葉でマルグリットの赤かった顔が瞬時に青白くなる。
驚いて見開いた瞳からは、はらはらと涙が零れ落ちた。
あぁ、またイジメ過ぎちゃったなぁ。
言葉も出ないマルグリットの手を取り、僕は跪いた。
「嘘だよ。僕が君を手離すわけないだろ?」
「大嫌いなんて嘘なの・・・嫌いにならないで・・・」
ポロポロと涙を零しながら、僕に縋るように言葉を紡ぐ。
「僕が愛してるのは君だけだよ、マルグリット。
他の令嬢なんて、名前と顔も一致してないくらいだよ?」
「ごめんなさい、私も愛してるわ。」
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目の前で毎度のことながら痴話喧嘩をするお二人に、呆れるばかりです。
昔からお転婆のお嬢様ですが、素直でとても愛らしい容姿でいらっしゃいました。
家族以外にはとても大人しい、特大の猫被りの小さな淑女でした。
ギルバスト様も昔から将来有望な貴公子として有名でしたが、お嬢様にだけはなぜか意地悪くなられる姿を度々見かけておりました。
どうやら涙ぐむお嬢様の顔が可愛すぎて、その顔が見たいがために苛めてしまうという行動だったようです。
昔から、何してるんですかと言いたくなるじゃれ合いのような痴話喧嘩を度々見ている私としましては、またですかと言いたくなるばかりです。
まぁ私としましては、お嬢様が幸せならそれでいいんですけどね。
ギルバスト様、お嬢様が涙ぐむのが可愛いからと苛めるのは許して差し上げますが、本気で泣かせたときは容赦致しませんからね。
読んでいただきありがとうございます。
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