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隠居系魔術師物語  作者: 百面相
第一章
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帰郷01

「怪奇事件、ねぇ…」

と呟いたのはイタリア語の新聞を片手に機内のサービスで頼んだコーヒーを飲んでいる20歳くらいの青年だ。一見して顔立ちはそれなりに整っているといってもいいぐらいのものだが、それ以外に特記すべきものはない、平凡な東洋人といった風体である…一般人から見れば。

もし近くに彼の同業者がいたならば、同業者であるがゆえに感じとられる威圧感に警戒したはずだ。

そんな彼が読んでいる新聞に、先々月からイタリアで起きた不可解な連続殺人事件の記事が載せられていた。



~連続猟奇殺人鬼現る~

先々月から発生した謎の連続殺人事件の捜査はいまだ展望を見せていない。

最初の犠牲者はジェノヴァ南西部で発見された。その犠牲者は刃物で喉を一突きされて殺された上で心臓を奪い去られており、付近には被害者の血で描かれたアルファベットに類似した謎の文字が書かれていたという。当初の当局の見解では、その人物の異性関係から男女間のもつれが原因で強い恨みを買い殺されたとして捜査を進めていたが、その2日後にミラノで、更にその6日後にはボローニャで同様の殺人事件が起き、いずれも最初の犠牲者との接点が皆無であったため、何者かによる無差別殺人として捜査方針を転換した。

そしてその半月後、沈静化していたかと思われたこの殺人はフランスとスペインで再び発生し、やむを得ずイタリア当局は両国に事件解決にあたっての捜査協力を申し出るに至った。3か国の共同捜査は異例で、それだけに犯人逮捕も秒読みかと思われたが、犯人逮捕の手掛かりも尽き、捜査機関も頭を悩ませている現状だ。



「これは多分表の人間じゃ解決できないだろうな…」

面倒なことになったもんだ、という思いを乗せて彼はイタリアに行く羽目になった理由を思い返していた。


「話がある、家に戻ってこい」

研究をしていた青年の部屋に現れたのは、紙で作られた鳥だった。

大きさが10cmほどの大きめのその鳥は、彼を見つけるなりそう言った。

何も知らない人間がみたら夢か現かと疑うような出来事だが、声をかけられた本人は驚くこともなく返事をする。術者が誰なのか知っているのだから、当然といえば当然かもしれないが。


「わかりました。明日の晩あたりにそちらへ戻ります。」

それを聞き、鳥はポンと軽い音を立てて消えた。

後には鳥の形に切り抜かれた一枚の紙が残っていた。


「それにしても、よくもまあ軽々と入ってこれるもんだ。さすがだな。」

感嘆の言葉をつい口にする青年。

本来ならば、彼のいる空間には誰だろうと何だろうと入って来ることができないようになっている。

これは彼が掛けた術によるものだ。


彼は、現代社会に於いて一般に存在が認知されていない魔術師という存在である。

悪意ある意図を持つ者をはじめ、一定以下の水準の能力者はどんな術や能力を持っていようとこの部屋に侵入することはできない。陰陽道における穢れ払いの結界を張ることによって、この世界に存在する悪霊その他の非実体的存在を拒む役割を果たし、実体ある存在は“そこには何もない”という認識阻害の魔術によってそもそも近づけないか、それを無効化できたとしても、数秘術に基づく物理結界が侵入を阻む。しかも、それらすべてを乗り越えて侵入できたとしても、奇門遁甲によって脱出することすら困難な空間に誘導される、という聖域(サンクチュアリ)になっているのだ。そもそも、この場所に入るためには、最低でも日本の陰陽道、中国の占術たる式占や西洋のカバラ思想と数秘術に関する知識と解呪方法やその術の回避方法を知っている必要がある。その上、どれも念入りに術が構築されて強力になっているため、ただ知っていても高レベルでそれらを実行できなければいけない。必然、ここに侵入できた先ほどの鳥を操っていた術者は相当、という言葉ではきかないような実力者だということになる。

元来、魔術師の研究というのは共有されることのない秘匿性の高いものだ。

それ故、研究の場である空間には強力な魔術が施されているのが通常だ。先ほどの青年の研究場所にしても、侵入を阻止する魔術のほかに攻撃性の高い魔術も隠蔽して施されているし、自身の研究(りょういき)を侵す輩には苛烈な制裁を加えるのが暗黙の了解となっている。


「実家に戻るのも久しぶりだな」

上京してきて2年。実家には一度も戻っていない。特に理由もあるわけではなく、最近は自身の研究も行き詰まりを見せていたので気分転換にもなるだろう。まあ、父親の命令に抵抗したところで力尽くで連れ戻されるに違いないのだが。


「未だに親父には勝てる気がしないな」

自己評価ではあるが、それなりに才能も知識もあると青年は自負している。実家を出て魔術師としても多少腕を上げた実感はある。それでも自身の父親には敵わないだろう、と思っていた。

実際彼は東西の魔術の知識と技術を有し、世界でも上位に入れる実力はある。他方、彼の父親は、知識は青年を上回るものの、西洋の魔術に関しては使うことができない。青年は日本でも有数の魔術の名門に生を受けた。父親は陰陽道の大家で、母親は代々神巫を任される一族の出で、彼女自身もシャーマニズムから派生した魔術を使うことができる。青年の父親が扱うのは陰陽道のみであるが、そもそもそれ以外の魔術を使う必要に迫られないほど陰陽道を極めており、青年のいくつもの種類の防衛魔術を単独の魔術で潜り抜けたことからもわかるだろう。


魔術師とは、単なる技術屋ではない。

多種多様な魔術はあれど、およそ総ての魔術は“真理”に到達するための手段であり、魔術師は魔術を用いてその“真理”に迫ろうとする探求者なのだ。

真理は一つに非ず。多様な魔術はそれぞれ別個の真理があり、それに至った魔術師はその術のすべてを理解し、それを通じて世界の構成から意義や本質などあらゆる事柄を真に理解する権利を有すると言われている。


青年も魔術師であるが故に、半ば本能的に真理へ至らんと日々研究しているのだがその道のりは険しく、自分がどの程度進んだのかということすら見えない。


「取り敢えず、あいつに授業は任せておくか」

突然家に戻ることになったため大学は休まねばならないが、普段でも研究やその他もろもろの用事で授業をサボることも珍しくないため大学の友人に授業内容の聴講を頼むことが多い。いま連絡しようとした相手もそんな友人のうちの一人である。

ちなみにちゃんと対価は払っている。大学生らしく、ご飯をおごる程度の物だが。

最初は現金を渡そうとしたのだが、ものすごい勢いでドン引きされてしまい、ご飯をおごることで決着した。…彼自身は自分が普通だと勘違い(おもいこみ)をしているのだが、いかんせん誰も

突っ込ま(おしえ)ないでいたので、こんな風に育っちゃったのだ。幸か不幸か。


いつも通り、授業内容を教えてくれという連絡をして青年は実家に帰る準備をし始めるのだった。


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