表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/82

3・メールフレンド


 携帯電話をポケットに入れたまま、洗濯機に流してしまった。

 慌てて濡れたズボンから取り出すと、画面は真っ黒だ。どのボタンを押してもうんともすんともしない。

 人生に嫌気がさして家に籠もるようになって3ヶ月。スマートフォンではなく、電話とメールぐらいしか使い道のないガラケーは、充電するのも勿体ないほど不要なアイテムになっている。

 たまに、僕のことを心配した友人がメールをくれるけど、返信はしなかった。電話が鳴っても、出ることはない。

 誰かと相手をするのが恐かった。無関心でいてほしい。それでも鳴り続ける電話に耐えきれず、電源を切ってしまう。

 携帯電話が壊れたことに、心底ほっとする。そのまま解約して、捨てようかと思った。

 けれど、大場さんが頭に浮かんでくる。

 僕が唯一返事をしているメールフレンド。

 70歳を過ぎたお婆さんだ。

 僕がコンビニでバイトをしていたとき、万引きをした人だ。

 捕まえたとき、

「一人暮らしの寂しさで魔が差してしまった。もう二度としないから、お願いだから、娘に知らせないでほしい」

 と子供のように泣きじゃくった。

 かわいそうとは思わなかった。けれど、家族や警察に連絡する気にもなれない。

 それに店は僕の他に、新人の子がひとりだけだ。長い間、大場さんに構うわけにもいかない。

 「二度と万引きをしない」

 と約束して、大場さんを許すことにした。

 大場さんは、監視用に携帯電話を娘に持たされていたけど、全く使っていなかった。

 ふとした気まぐれで、寂しくなったらメールしていいと、自分のメールアドレスを教えてあげたら、大場さんは感激をして、何度もお礼を言われた。

 それから、半世紀も歳の離れた人と、メールのやりとりが始まったのだった。

 メールは、

「赤飯を炊きました。とても美味しかったです」「本を読みました。松本清張です。面白かった。あなたも読むといいですよ」

 など、当たり障りのない内容だ。そんな取るに足らぬことすら、話せる相手がいなかったのだろう。

 大場さんの何気ないメールから、孤独に暮らすお年寄りの寂しさが滲み出ていた。

 僕へのメールは、寂しさを慰める手段になっている。だから、ひきこもるようになっても、大場さんのメールだけは返信するようにしていた。

 連絡を取れなくなるのは、大場さんにとって大きな打撃になるだろう。寂しくなって、また万引きをするんじゃないだろうか。

 捨てられなかった。

 僕は携帯を買い換えるべく、3ヶ月ぶりに家を出た。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ