特別な日
引っ越したばかりで慣れない環境に戸惑う私を、この場所に誘い出してくれた貴方。
そうしてやってきたお店で、貴方は何かを素早く買い、私に渡してくれました。
「はい、どうぞ」
差し出された貴方の手から、私はそれを受け取りました。
初めて手にする物に、私は貴方の事も忘れて、じっと見つめてしまいます。
「……これ、どうやって食べればいいのです?」
赤い綺麗な飴の着物を着せられた林檎が、じっと私の事を見つめ返しています。
食べるもの、というのはわかりましたが、棒に刺さっただけの林檎飴はどこから口をつけたらいいのでしょうか。
そもそも、こんな人の行きかう場所では、食べられないのですが。
「かじればいいのですよ」
「かじる、と言われましても……」
「ですが、誰でもしている事ですよ。周りをごらんなさい」
そう言われて周りを見れば、私より若いお嬢さんが、林檎飴と呼ばれているそれに、口づけるところでした。
咄嗟に、こんな往来で食事など、若いお嬢さんがはしたない、と思いました。そう思うように躾られてきたからだと思います。
そんな戸惑っている私を見て、貴方はくすりと笑って一言。
「お祭り、ですから」
「特別な日、という事でしょうか」
「特別ですね。皆が仲良くなれる日なんですよ」
そう言われて周りを見ると。
飲んだり、食べたりしながら、お連れの方とどの方も笑いあって、楽しそうに提灯で彩られたこの場所を堪能しています。
露店と言うのだと、先程貴方から教えてもらったお店の方々も活気があって、それはそれは楽しそうにお客様のお相手をされているようです。
そんな雰囲気に呑まれたのでしょうか。
それとも人の喧騒と、日も落ちたというのにまだこもる熱気にやられたのでしょうか。
普段の私ならしないどころか、思わない事ですが、この場で一口かじってみても誰にも怒られないような気がしてきました。
勇気を出してかじりついてみると、ガリと音がして小さく飴の部分が削れ、口の中で溶けていくのがわかります。
「甘い、ですね」
「そうですね。林檎飴という名前ですし、飴ですからね」
初めて食べるそれは、見た目の印象とは違い、なんとも固い食べ物でした。
「食べにくいです……」
「でしょうね。私も、そう思います」
林檎の形そのままの丸い林檎飴は、林檎も一緒に食べようとすると口を大きく開かねばなりません。
「ですが、美味しいですね」
「好きですよ」
一瞬、こんな場所で愛をささやかれたのかと思いましたが、その後に「林檎飴、私も」と付け足されました。
それでも愛の言葉に、私はどぎまぎしてしまいます。きっと顔は真っ赤でしょう。
私の気持ちも貴方の気持ちも、知っているはずなのに。動揺してしまう私も私ですが、いつも今のように私をからかって遊ぶ貴方。
聞けば「そんな事ありませんよ」と答えるでしょうけれど、私は知っているのです。私が照れれば、貴方は嬉しそうな顔をするという事を。
だから、私は必死になって林檎飴にかじりつきます。
下を向けば真っ赤な顔が見られずにすみますから。
しゃくり、とようやく到達した林檎の部分に歯をたてながら、必死で食べていると。何故だかくすくすと笑う貴方の声。
「失礼」
と、声がして、顔を手ぬぐいでさっと拭われました。
「林檎飴、美味しいんですけどね。顔に着くと赤く染まるのですよ」
「そうだったんですね」
「大丈夫、僕しか見ていません。先程の、可愛い顔も」
急な貴方の発言に、私の顔は先程より熱くなります。きっと今度は耳まで赤く染まった事でしょう。
「困った顔しているけれど、なんだか林檎飴みたいで綺麗ですね」
こちらの林檎飴も甘いのかな。続いた貴方の言葉と共に私の顔に影が差します。
焦る私と、穏やかな目で見つめる貴方。
いつも突然に訪れるそれに困るのですが、貴方のその目に勝てた試しがありません。
今日はお祭り。そんな言葉を思い出しながら、私は黙って目を閉じました。
「もう少し早くに、お祭りに連れてきてあげれたらよかったですね」
帰り際、握った手に力を込めて、貴方がそういいました。
「大丈夫ですよ」
私はその手を、強く握り返します。
「これからは何度だって、一緒にいけますから」
私と貴方の手に光る、揃いの指輪。
「それもそうですね。ありがとう」
そしてこれからも、今日の林檎飴のように、貴方から色々な事を学びたい、と思いました。
焦る事はないのです。これからは共白髪になるまで一緒に居られるのですから。
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素敵な企画をありがとうございました!