リコ家の食卓
基本だんらんな日常が続きます
サトはリコ家の食卓で夕飯をともにすることとなった。
小さい頃から数えきれないほどともにさせてもらっている食卓だが、高校に入ってからは数えるほどでしかなかった。
「久しぶりだね。遠慮なく食べていってくれ」
リコの父親は男らしくはない線の細さだが、優しそうな見た目で実際に優しい。サトにとってはその線の細さがコンプレックスを刺激しない優しさに思えた。
ただ、切れ長の目だけはすこしきつさを含む。そのせいかリコとは見た目が異なるのが少し気になるところだ。
「もう高校生だけど、いつでも遠慮なく来ていいのよ」
リコの母親はこれまた落ち着いた人物である。その見た目がとても高校生の母親には見えないところが驚きだ。
こちらは柔らかいめじりがリコとよく似ている。彼女は母親似だということがよくわかる。
それどころか若々しい見た目のせいで姉妹さえ見える。そんなリコの母親をサトは心の中で魔女だと思っている。
もちろん両親はともにただの人だ。リコは獣人だが、その親にはその片鱗もない。これは全ての獣人家庭にいえることだ。
もちろん両親もリコもそんなことは気にしていない。
サトにも優しくしてくれるし、毎回のように『遠慮なく』という言葉をかけてくれていた。彼にとっては本当の両親ともいえる存在だ。
「それじゃあ遠慮なく」
二人の言うとおりに遠慮なくサトははしを伸ばし始めた。
つかみ取ったのはキスのてんぷらだ。サトにとって最大の好物である。黄金色の衣をまとったその身を口に入れる。さくっと快い音がしてサトの口中は香ばしい味と香りに包まれて満たされる。
「おいしい」
サトは素直に感想を述べた。
感想を聞いたリコの両親は満面の笑みを浮かべる。
「まだ他にもたくさんあるから。いくらでも食べなさい」
遠慮なく他のてんぷらにも次々とはしをつけていく。
好きなものを食べて幸せを甘受するサトの横顔を、隣に座るリコも見ていた。
サトとリコ、そしてリコの両親の四人で囲う食卓は賑やかなものであった。
四人が互いを知り合った関係。それはまさに本物の家族そのものと言えた。そう、今だけはサトにとってここが家族の場であるのだ。
卓上の料理も大半が四人の胃の中に消えたくらいのころ合いであった。唐突にリコの母親が話題を突き出した。
「それで、二人はどこまでいったの?」
「…………」
「な」
「ちょ、お母さん」
父は無言、サトとリコは面食らって狼狽してしまう。
いち早く平静を取り戻したのはリコだった。
「お母さん、私たちはそういう関係じゃないから」
「えー、でも慌てたってことは少しくらい気にしてるんだよねー」
リコの母親は友達に話すような言い方をしてにやにや笑っていた。
「そうですよ。僕なんかにリコはもったいないです」
サトはこの言葉を本心から口にしていた。自分の評価が低いサトにとってはリコの存在ははるか高嶺の花であった。
リコはまた違った評価をもっていた。
「そんなことない! サトは私にとって絶対必要な存在だよ!」
「いやいや、でも」
「でもとかじゃないの。私はサトがいればそれで十分だから!」
「あつあつねー」
「もう、お母さんやめてよー」
リコとサトの二人はこうして毎回のようにリコの母親にからかわれていた。そのたびに父親の視線が厳しくなっているような気がするのだが、それはきっとサトの気のせいだろう。
だが、二人はいくらからかわれようとも恋人同士となることはなかった。
サトは決してリコとは付き合わないことを心に決めていたのである。