下校
メインの二人が絡み始めます。
サトとリコはいつも通り二人で下校していた。
「予想通りサトがトラ役になったね」
「予想外だよ。どうして僕なんかが選ばれたのさ」
サトの言い方にリコは首を傾げた。
「え、話を聞いてなかったの? 私がサトのことを推したんだよ」
リコの答えは驚愕に値するものであった。
サトは驚きを隠しもせずに質問を重ねる。
「それこそ予想外だよ! なんで僕を推薦したのさ!」
「単にサトが相手だとやりやすいかなって思ってさ」
えへへ、とリコはてれ隠しをするようにして笑った。
「そんな理由で選んだの!? 僕に劇の役なんてできないよ」
サトの悪い癖が出た。何かに選ばれるといつもこうだ。思考がすぐにネガティブな方向へと流れて行ってしまう。
「大丈夫だよ。今みたいに大きな声で話せばいいだけだから」
教室にいる時とは違い、今だけはサトも大きな声で会話できていた。大きな声を出せるのは、信頼のおけるリコと二人きりでいる時だけだ。
もちろん人前で大声を出すだけの勇気は彼にない。
「リコだってわかってるはずなのに」
二人は幼い頃からずっと一緒にいる。サトが人前で力を発揮できないことはリコも重々承知のはずだ。
「わかってるからこそ選んだんだ。いいチャンスだと思って」
サトだってわかっている。どうして彼女がサトを配役の一つに選んだのか。彼女が何を考えているのかを。
「だからさ。今度一緒に練習しようね」
リコには一切の悪気がない。そのことはサトも理解している。
「仕方ないな」
似たようなことはこれまでに何度もあった。
リコが勝手に予定を決めてサトがそれに振り回される。最初から目標が高くてサトは絶望感に包まれるのだが、最後は何とか目標を成し遂げる。
きっと今回も目標に到達できるのだろうとサトは思っている。彼はリコがいるとなんでもできる気になってしまうのだ。
「僕が獣人だったらトラ役もさまになったのにな」
サトが何気なく一言そう言った。
「ふふ、その点私はライオン役に適任ね。だから皆が選んでくれたのかもね」
きっとリコが何者であろうとも、クラス中の誰もが主役のライオンに彼女を選んでいたことだろう。だが、彼女の容姿が配役の決定に少なからずの影響を与えたことは否めない。
彼女は獣人である。頭には獣耳が生え、お尻からは太い見事な尻尾が垂れていた。
今の日本では獣人も人と同様の扱いを受けているが、容姿の違いまでは同化しきれない。
獣としての見た目が迫害を招いている事実もあるが、今回のようにその見た目が功を奏す場合もあるのだ。決して悪い社会ではないといえる。
「ちょっと役になりきってみようかにゃー」
「それは猫でしょ。ライオンじゃない」
「同じ猫科の動物なんだからいいじゃにゃい。にゃー」
サトは顔を少し赤くしていた。
「やめてよ」
「あれあれ、なんでかにゃー」
リコが楽しそうに猫なで声で猫真似を続ける。仕草もどことなく猫を真似した可愛らしいものとなっている。
そんな彼女からサトは視線を外していた。
「ほらほら、こっち見てにゃー」
過去にもリコが猫真似をしてサトをからかったことがあった。
だから、彼女にはサトの心情を知っていた。
「だから、本当にやめてよ……」
嫌そうな声とは対照的に、サトの顔はみるみるうちに赤くなっていく。
すでに熟れたリンゴのように真っ赤な顔のサトに向けて、リコはさらなる追い打ちをかける。
「猫はかまってくれないとさびしくて死んじゃうのにゃー。私の方を見てほしいにゃー」
「それはうさぎだよ。猫ですらない」
「こっちを見てくれないと大声で襲われたって言ってやるにゃー」
リコはいたずらっぽい笑みでサトをおどした。
これには彼も応じざるをえない。
「わかったよ。それじゃあ少しだけ」
サトは振り返ってリコの姿を視界に収めた。
「にゃー」
彼女は一層可愛い鳴き声とともに顔をくしくしと手の甲でかいた。
その動作はあまりにも魅力的で、サトの脳内はとうとうキャパシティーオーバーとなる。
「さいっこー……」
心の中を声に出してサトの記憶はいったん途切れた。