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9話:沼地の集落

 てくてくと獣道を歩いて行くと、アイリスの家があるテーブル状の高台から平地へと降りるならだかな斜面に出る。

 獣道は整備されているとはお世辞にも言えないものだが、土が踏み固められて雑草も刈られているので、セタガヤ大森林の起伏がついている柔らかい地面より随分と歩きやすい。

 ジュリアが毎日往復していくうちに自然と獣道になったか、仲間のリザードマンが整えてくれたのだろう。

 湖から流れる所は滝になっているようで、サァサァと大きな音ではないが、涼しげな水音が生い茂る木々の向こうから聞こえてくる。


 斜面沿いの獣道を歩き、平地へとやってくると、生い茂っていた木々が途切れ、周囲を森い囲まれた開けた沼地に出た。

 沼地の大きさは半径500メートルのいびつな円状。遠めに見ても水は透明度が高く清らかで、汚い印象を受けない。

 確かに沼地ではあるが、自然の沼っぽい部分は半分程度で、残り半分は土手で区画分けされた水田になっていた。

 沼地の中央、水田に囲まれた乾いた土地へ、木や藁で出来た家が集まって集落が出来ている。

 沼地というよりは田舎の田園風景に近いだろうか。麦わら帽子をかぶって、農作業をしていると思しき人達が、灰色の肌をして尻尾を生やしているのが世界の黎明(このゲームらしい。


 AVRCにプレイヤー分布を表示させると、PC(プレイヤー5割、AIC(AIプレイヤー)3割、AI(AI操作オブジェクト)2割になっている。予想以上に魔物プレイヤーの割合が多い。

 世界の黎明(このゲームでも採用されている、世界的なシェアを誇る汎用VRパック『Fusou(扶桑)』には、前世代までのPCプレイヤーNPC(ノンプレイヤーキャラクターだけで構成されていた世界とは違い、人間に非常に近い思考ロジックや記憶形態を持つAIが配置され、人間プレイヤーと混じって生活している。これを一般的にAIC(AIキャラクター)という。

 AICは出現した当初、解析した情報技術者達曰く「まずどうやって動いているのかが理解できない。オーバーテクノロジーすぎる。宇宙人の技術でも持って来たと言われた方がまだ分かりやすい」といわせる程の代物だった。

 人間と同じように笑い、悲しみ、怒り、その反応もどこまでも人間臭い。AVRCに表示が無ければ人間プレイヤーと区別が付かない程だ。

 PCプレイヤーとの違いは、PC(プレイヤーは死亡した場合、死亡ペナルティを受けて安全なエリアで蘇生するか、魔物プレイヤーへ強制転生させられるが、AICは蘇生も転生もなく、ただ存在が失われる。ゲーム内の死は彼らにとって、どこまでも現実の死に近いく、ログアウトも蘇生もないAIC(彼ら)にとって、VRMMOの世界こそ現実なのだと言われている。

 世界の黎明(このゲームでは、PC(プレイヤーだけでは成り立たない生産と消費、村や国と言った組織といった社会の維持をする為、そしてPC(プレイヤーの友人や家族として、AIC(彼ら)は生きている。

 また、複雑な思考を必要としない猫や狼といった動物、魔狼や子鬼ゴブリンといった魔物は、機械的なAIが動かしているので、AICと区別するのにAI(AI操作オブジェクト)と呼ばれている。

 この世界しか知らないAICとは違い、インプランターによる知識やプレイしてきた経験を持つ魔物プレイヤーは、魔物の中でも精鋭であり、その魔物プレイヤーが小さな集落に集まっているのは、ユキの経験からしても不思議な光景であった。



「おはようございます、村長さんはどちらにいらっしゃるのでしょうか?」


 水田のあぜ道を歩き、巨大な大根のような野菜の手入れをしている野生ワイルドタイプのリザードマンに声をかける。

 ジュリアのように人間と同じような姿に手足をしている亜人デミヒューマンタイプと違い、3メートル近い巨大な体躯に、それを支える太い手足、トカゲに似た曲がった猫背の姿勢をしている野生ワイルドタイプのリザードマンは、人の感覚から言えば異形の姿だった。

 亜人タイプとは違い、器用な手足を持たない代わりに、底なしの体力に見かけ通り人間離れした腕力と生命力と、大きな歩幅を生かした移動力を持つ為、亜人タイプに劣らない人気を誇っている。


「おはよう。見ない顔だなぁ……うん、ああ。ジュリア姉ちゃんの言ってたお姫様の客人かぁ。村長なら真ん中にあるでかい家がそうだぁ」


 その恐ろしげな容貌とは異なり、頭に大きな麦わら帽子を被ってのんびり喋る彼は随分と牧歌的な雰囲気をしていた。


「ありがとうございます。行ってみますね」


 丁寧にお辞儀をして、再びあぜ道を歩き出す。まず近くにいた人に声をかけて友好的に会話するのは大切だ。

 ちらちらと好奇心と警戒心の視線が遠くからいくつか感じる。外界との接触が少ない集落、特に魔物プレイヤーのそれは排他的な事が多い。

 警戒の目で遠くから見ていたリザードマン達も、今のやり取りにどことなくほっとした様子で農作業に戻っていく。

 のどかな水田ではあるが、ここはリザードマン(彼ら)にとってホームグラウンドとも言える沼地なのだ。余計なトラブルは起こしたくない。


 村長が居ると聞いた中央の集落に近づいて行くと、AICのリザードマンの子供達がじゃれていたり、家畜らしいワニの手入れをしている町並みになり、聞いた通りの大きな石作りの建物が見えてきた。

 家の裏手からは勇ましいリザードマンの雄たけびや、訓練用の木剣だろうか、木同士がぶつかる音が聞こえてくる。この村を守る戦士達が訓練中をしているらしい。


 中庭でワニのものらしい皮をなめしている婦人がいたので(AVRCにfamaleと出ていたので判った)村長への取次ぎをお願いすると、客間らしい場所へと案内された。

 この家の主は質実剛健な性格なのだろう。石作りの客間は窓こそ広いものの、ランタンの類は火が消えていてやや薄暗く、机や椅子の類はない。装飾の類はこれで十分とばかりに、年季の入った槍や剣、血糊で薄汚れ刀傷でほつれた旗が飾られている。


「(おや……この旗は八百万やおよろずのもの。旗印は水竜と数字の7、第七師団の海兵隊ですか?年季ものですね)」


 壁に飾られた旗を見て驚く。壁に飾られた古びた旗は、5年以上前に東関東一体に覇権を築いていた魔物プレイヤー達が作った帝国の部隊旗だった。ここの主は随分な老兵らしい。


 少し待つと、ジュリアと同じ亜人タイプのリザードマンがやってきた。灰色を薄くした白に近い肌を持ち、顔に刻まれた深いしわから、高齢の年齢設定の魔物プレイヤーのようだ。

 老リザードマンは石の床にあぐらをかいて座り込むと一礼する。


「お初にお目にかかる。ワシがこの集落の長、グラウだ」


 同じように石の床に正座する。ここの集落のように大小様々なタイプの魔物プレイヤーが共存している場合、いちいち相手のサイズにあった椅子やテーブルなど用意するのが大変なので、魔物プレイヤー同士が会う場合は大抵床に直接座る事になる。


「初めまして、アイリス様のエージェントを拝命しましたユキと申します。ジュリアさんにはアイリス様の護衛をして頂いている上に近くに集落があると聞いて、ご挨拶に伺いました」


 深々とお辞儀をしながら挨拶をする。弱肉強食の世界だからこそ、挨拶や礼儀は大事なのだ。買い物ついでに寄ったのです、という本音を語っても誰も幸せになれない。


「礼儀正しい方だな。エージェントの方々は皆こうなのか。さて、ユキ殿。ご存知の通りリザードマンは伝統的に竜種の手助けをする。それも成竜になる前ならなおさらだ。アイリス様の為に当集落で何かお手伝いできる事はないかな?」


 言葉通りには受け取れないのでしょうねと、内心溜息をつく。

 本当に全面的に協力するなら、アイリスはエージェントに連続で依頼を断られ続けないし、そもそもエージェントがいなくてもアイリスの目的の為に手伝っているだろう。

 リザードマンは人間ヒューマンに比べて、身体能力上昇、増光夜目、水中適応、毒、寄生虫、病気耐性に、竜の従者という特性を持つ。

 竜の従者の効果は竜種の近くにいるだけで、ステータス補正とスキル熟練度成長ボーナスがつくというものである為、リザードマンは竜を守り、竜は小物の相手や身の回りの世話などの為にリザードマンを守る共生関係にある。

 しかしセタガヤ大森林の大部分が魔物の勢力範囲とはいえ、シンジュク古代都市ルインシティなど近くには有力な人間勢力の国や都市が多くある。

 アイリスの加護を受けたいが、人間勢力に目をつけられるのはしたくない。都合が良すぎるかもしれないが、多くの魔物プレイヤーを束ねる長としては当然の姿勢でもあった。


「では、お言葉に甘えて。集落内への立ち入りと、物品の売買を認めて頂けますか?」


「ほう……」


 グラウの爬虫類特有の瞳が興味深く細められる。


「その程度でしたらお安いご用です。てっきりアイリス様の旗揚げに協力を求められるとばかり思っていましたが、それだけでよろしいのですか?」


 想像は当たっていたようです。好戦的ではないだけマシですね。


「まだアイリス様は経験不足な所が多いのです。何をするにせよ、まずはご本人に成長して頂かないといけません」


 ある方向だけは成長されると自重するのも辛くなりそうですが。


「なるほど、外見は可愛らしくも中身は見識深い方だという、ジュリアの見立ては間違ってなかったようですな」


 ジュリア、何を言ったのですか、何を。


「アイリス様の成長の為、謹んで協力させて頂きます。取引をして頂けるならこのしなびた集落にも活気が出てくる事でしょう」


「ご協力ありがとうございます。アイリス様への教育があるので、ここで失礼させて頂きます」


「それはお疲れ様です。お客様がお帰りだ、お見送りを頼む」


 よし、言質はとりました。今後を考えても物品の売買許可が必要だったのです。


 リザードマンの女中さんに案内され、村長の家を後にしながらも、ユキは計算通り…と、内心悪い笑いをするのだった。



 リザードマンの集落は割と色々な施設が揃っていた。泥土から製鉄もしているようなので、鉄製品も揃うのは嬉しい誤算だった。

 分業化が進んでいるようだが、基本的に商品は買い取られ、集落の中央に3軒ある商店で物々交換や貨幣での取引がされていた。


 ユキは木製に石の刃がついたクワやカマの農業道具に、石製の斧やナタ、ナイフなどのツール類。石のフライパンや鍋などの料理道具をまず揃えた。

 自分で作る事も出来るが、手元に何もない状態から作るのは手間や時間がかかりすぎるのだ。鉄製品で揃えたかったのだが、鉄製品は高価な上に、炉を作る為の焼きレンガと運搬の手間賃を考えると手が出なかった。

 代金は狩猟者ハンター達が遺した鎧との物々交換で済ませる事ができたた。品質の良い素材の鎧だったらしく、そのまま分解してリザードマン用の皮鎧の補強財にするそうだ。


 次にユキが買い求めたのはリザードマンの里で栽培してる作物の種や苗、主に畑で栽培する野菜類と、香草として使える水草の苗木、水辺で増やせ根や葉が香辛料になるワサビに似た植物だった。

 代金はユキのポケットマネーから出て行ったが、そもそもそこら辺に自生しているようなものが多いので、随分安い買い物で済んだ。

 帰り道、リザードマンの子供達が麦わら帽子を編んでいたので、オヤツが買える位の値段で3人分譲って貰った。農作業をしていたリザードマンが被っていたのが少々羨ましかったのだ。



 ユキが獣道を歩き、大荷物の大半を岩小屋に置いてアイリス達の所へ戻ると、全体の四分の一程度を耕した所で、2人ともバテていた。

 ジュリアは体力があったものの、慣れない運動が腰に来たのか腰を押さえて座り込み、アイリスに至ってはドレス姿のまま近くの草地にうつぶせになって倒れていた。


「これは大惨事ですね。二人ともお疲れ様です」


「ユキ、これは……あいたっ。剣を振るよりキツイな」


「も、もう……ボクは動けない……手足の感覚が無いんだ」


 この惨状は予想できたので、湖で濡らした手布をジュリアに1枚渡し、アイリスにも体を起こして頭にのせる。


「使っていたクワが間に合わせのものでしたからね。体にどうしても負担がかかってしまいます。スキル熟練度は上がりましたか?」


「開拓が2から7になったよ。土を耕すのってこんなに辛いものなのかい」


 スキル熟練度は25程度までは比較的に簡単に上がるはずだった。アイリスはどんな速さでへばったのだろうか。


「ジュリアの集落に行っていいものを仕入れてきました。アイリス、これをどうぞ」


「いいもの?なんだい、甘味とかだとポイント高いよ!」


 急に顔を輝かせるアイリスの頭に麦わら帽子をかぶせて、手には石クワを渡す。


「………え」


「今度のは間に合わせじゃなく本物だから、随分使いやすいと思います。お昼にはまだ早いので、頑張りましょうね」


「ユキ、もう手足が動かないのだけど…」


「動きにくいだけで、動かす事は出来ますよ」


「き、休憩を……」


「今までしてましたよね。リフレッシュは完璧です」


「動くだけでも辛いのだけど……」


「辛い事でも頑張ると言っていたアイリスは素敵でしたよ。さ、続きを頑張りましょう」


「………えぅ」


 涙目のアイリスも笑顔とは違った魅力があるものです。泣かせたくなるような癖にならないように気をつけないといけませんね。自重大事です。


 泣きそうになった顔のアイリスと、何故か顔に戦慄を浮かべていたジュリアはのろのろと動くと再び地面を耕し始めたのだった。

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