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4話:蜥蜴人の従者

 AVRCの地図を片手に山道をあちこち歩いた結果、昼過ぎにようやく依頼人に指定された湖の畔へと辿りついた。

 周囲を森に囲まれた一際大きな丘陵の上、500メートル四方はありそうな大きなテーブル状の平地が広がり。池というにはやや広く、湖と言い張るにはつつましい狭さの湖畔。

 やや離れた所に洞窟というか大きな岩の窪みに壁とドアを適当につけただけの掘っ立て小屋が見える。


 あれを小屋と口に出せば、建築関係の生産プレイヤーは怒り狂いそうだが、他に上手い例えが思いつかないので小屋という事にしておこう。


 湖は綺麗に澄み切って涼しげな水面広がっている。春先だというのに、汗ばむ程度の陽気を発するやたら気合の入ってる太陽とは対照的に気持ち良さそうだ。それに依頼人に合う前に全身に浴びた返り血を洗い流したい。

 プレイヤーは死亡すれば光の粒子となって消えるのに、返り血はしっかり再現する辺りに運営の悪意と趣味を感じる。


 ふらふらと水辺に吸い寄せられていると、水辺の近くにある平たい岩の上に一匹のリザードマンが手足を投げ出し、のっぺりと伸びて日光を浴びていた。

 リザードマンの大きさは頭から尻尾まで入れて2メートル少し。スリムなスタイルをしていて、トカゲというよりは爬虫類のエッセンスが混じった人のような印象を受ける。

 この手の非人間的な亜人系のプレイヤーにとって、丈夫な素肌が服のような感覚なのが一般的らしい。このリザードマンも横に一対の曲剣が置いてあるが、服の類は身につけていない。

 顔はトカゲそのものだが、角やエラが目立たないので多分女性だと思うけど、美人なのかどうかは良く判らない。


 AVRCのカーソルをイメージ操作、つまり手や足などを使わない意識だけの操作でカーソルを合わせ、簡易鑑定を発動させる。

 AVRコンソールを手で操作するより速度もゆっくりで細かい操作がし辛いという難点はあるが、手を使わなくて良いのは場合によって非常に便利だ。


 『Named Monster Plyaer(固有名詞付きモンスタープレイヤー)/ソードテイルリザードマン』


 魔物プレイヤーだった。依頼人の関係者だろうか?

 とはいえ通常のプレイヤーも魔物プレイヤーも勢力によって敵対したり共闘したりと様々なので油断は出来ない。

 ただ、依頼人と敵対する魔物プレイヤーだったら、こんなのんびりと昼寝もしてないだろうと多少警戒を解く。


 両手を前に揃えててぺこりと頭を下げ。


 「こんにちは、私はユキと申します。血糊を落としたいので水を使ってもいいですか?」


 にこ、と少々自信のある笑みを浮かべる。知り合いから非常に評判が良いのが自慢の笑顔だった。


 「あ…ああ、うん。どうぞ」


 あれ。全力で引かれている。

 リザードマンは慌てて体を起こし、近くにある剣を抱いてずりずりと30センチは下がっていた。


 むう。何が原因だろう。


 自分の姿を省みる。

 顔は…認めたくないが、10歳近く若く見られる童顔。女顔だと良く言われる。実際に男性プレイヤーにはやたら親切にされる。

 服装はコートにジャケット、スラックス。戦闘用なのでやや特殊だけど見た目は普通だ。

 そんな人物が大きなリュックを背負い、服からズボンから髪の毛や顔まで、あちこち返り血に染めて森から出てきて微笑んだら


 「……それは怖いね」


 小声だが、思わず本音が口から出た。


 原因は分かった。同じシチュエーションで立場が逆なら私も引きそうだ。


 とりあえず返り血だけでも落とそうと湖に近づいて…うん、壮絶に嫌な予感がした。

 背中の背負い袋から血まみれのサレット(兜)を取り出して水面に落とす。

 すぐに、すぅ…と、あちこちから魚影が集まって来て。

 ばしゃばしゃばしゃばしゃ!と水面が跳ねまくり、静かになったと思ったらあちこち歯形がついて、所々穴の空いた兜の残骸が残されていた。


 魔物プレイヤーの活動圏では野生動物から魚、植物までたくましい種類が沸きやすいのだ。


 とはいえ、ここまで物騒な魚達は、やや極端じゃないだろうか。

 魔物や動物ではなく、人間プレイヤーの血のせいもあるかもしれないが。


 仕方ないので石を運んで水辺に囲いを作り、生地を水につけたり手布で拭いたりと返り血を落として行った。

 水面は身が引き締まる位に冷たく、そして澄んでいる。

 囲いの外側で血の匂いをかぎつけた肉食魚達がばっちゃばっちゃと騒いでなければもっと良のだけど。


 手布を使って顔や髪についた返り血を一通り綺麗に落とし終わると、再びリザードマンの所へ戻る。

 しっかりと身だしなみを整えてまともな見た目になったおかげか、リザードマンの表情は随分と和らいでいた。人間見た目も大事です。


 「改めまして、ユキと申します。アイリス様という方の依頼を受けたエージェントなのですが、ご存知ではありませんか?」


 依頼人が指定した場所にいたのだから、何か知っているだろう。


 「こりゃ丁寧にありがとな。アタシの名はジュリア、見ての通りリザードマンさ。アイリス嬢ちゃんの護衛みたいなもんだ。」


 お互いに差し出した手で握手しながら、リザードマンが豪快に笑う。名前からして女性、トカゲ顔の笑みは正直迫力があるが、かなりフレンドリーな人のようだ。


 「エージェントは気障なインテリや脳筋なマッチョばかりだと思ってたけど、お嬢ちゃんみたいな子もいたとはね。目から鱗が落ちたよ」


 …………あの、男です。そしてもう大人なんです。


 「あの、ジュリアさん。私はもう立派な大人でして、こんな顔をしていますが、男なんですよ」


 「またまた冗談を。こんな可愛らしい顔して大人をからかうもんじゃないよ」


 カラカラと愉快そうに笑うジュリアさん。悪い人じゃないのだけどこうも信じて貰えないと切ないものがある。


 らちがあかないので、そっとプロフィールカードを差し出した。個人情報が記載された自己紹介用の名刺のようなものだ。何も設定していなければ、全てが記載されているのだが、どこを隠してどこを公開するかは自分で設定できる。

 プロフィールカードは実際に存在せず、自分と渡した相手のAVRCにのみ表示されるが、それだけに偽造や虚偽記載が出来ない。

 私のプロフィールカードは名前、プレイヤー種別、性別、成人判定の有無、資格の一部を公開状態にしてある。


 「………………」


 プロフィールカードをジュリアさんが受け取った後の沈黙が痛い。たまにカードを表示してあるらしき場所から目をそらして私の方をチラチラと確認する目には、驚愕、戸惑い、猜疑、達観、現実逃避と様々な感情へ変化している。

 世界の黎明このゲームも採用している、汎用VRパックは顔や体に性別情報の変更が出来ないようになっている。変更できるならあご髭が似合いそうな精悍な青年顔だったり、眼鏡が似合うインテリ顔にでもするのだが、極マイナーなタイトル以外でほぼ全て採用されている汎用VRパックを使っている以上、この容姿との付き合いはもう長い。


 「その、なんだ。坊主?っていうのも違和感あるな……ユキ、頑張れよ」


 鱗の生えたトカゲ皮の手で、ぽんと優しく肩を叩いてくれるジュリアさん。

 本気で泣いてしまいそうだ。


 夕日が出る前に太陽が目に染みてしまいそうなので、慌てて話題を変える。


 「ジュリアさん、所でアイリス様はどちらに?」


 「この時間なら昼寝しているな。ついておいで」


 振り返り、先端が剣のように尖った尻尾をゆらゆらと動かしながら洞窟小屋の方へ歩いていくジュリアさん。

 体が人間より大きい亜人にありがちな、どしどしと重そうな足音を立てず。逆に気をつけてないと分からない程度の足音しかしない。

 この人もかなりの手練なんじゃないだろうか。



 「アイリス、客だよ。入るぞ」


 ごんごん、と扉をノックしてから開くジュリアさん。

 後ろから付いていった私はドアの向こう側に広がる光景に思わず息を止めた。


 そこにいたのは横になった少女。

 燃え盛る炎よりも鮮やかな真紅の長い髪。

 抱きしめたら壊れそうなとしか思えない、痩せすぎず必要な肉だけがついた滑らかな曲線を描く小柄な体躯。

 整った容姿は人形に例えるには生気に溢れすぎて、目を瞑った状態ですら活発で快活な人柄を彷彿させる。

 十代前半の不安定さと美しさを兼ね備えた少女という名の芸術品であった。


 そう、ここまでは良かった。


 少女が寝ている所は洞窟と呼ぶにもお粗末な、斜めに地面に突き刺さった岩の隙間を流木みたいな木で隙間を埋めただけのもの。

 貴人が使うレース付きの華美なベットが似合いそうな少女に対して、寝ているのは藁を乱雑に敷いて上に麻袋を解体しただけですといわんばかりの目の粗い麻のシーツが申し訳程度に乗っているワイルドな寝床。

 装飾に凝ったドレスにすら素材負けしない少女が着ているのは、ゴシックロリータ風のドレス。少女の紅い髪を引き立てる仕立ての良い漆黒のドレスではあったが、スカートはめくれ、毛糸のパンツからへそまでまるっと見えている。寝相がよければそのまま肖像画にできそうなものなのに、この状況では色気も何もあったものではない。

 口元に何かの食べかすがあり、楽しげ夢を見ているのが、だらしない笑顔を作った口元から涎が垂れ、トドメとばかりに「もうお腹一杯で食べられないよぉ…」とベタな寝言まで漏れている。綺麗な声だけにがっかり感が半端無い。


 ―――これは酷い。


 ここでジュリアさんがそっとドアを閉め、身支度して仕切りなおしてくれればまだ救いがあった。

 私も成人認可を受けている大人だ。今のを何も見なかった事にして記憶に封印をした上で笑顔で初めましてと声をかける大人の付き合いもできる。


 「…うあ?ジュリア。おはよー」


 何故このタイミングで起きるかなー…。

 ジュリアさんと私の気持ちは今ひとつになっている事だろう。

 こんな野性味溢れる所で寝ていたせいか、虫刺されのバットステータスでもついたのだろう。少女は白魚のような手を豪快に胸元に入れて鎖骨辺りを掻きつつ、寝ぼけ眼で起き。


 そこで少女の視線と私の目が合った。


 「そ、そのな…アイリス。この前依頼していたエージェントが来てな……」


 「…エージェントのユキです。どうも、初めまして」


 きょとん、と首をかしげて私の方を寝ぼけ眼で見ている少女の瞳に段々と理性の色が宿って行き。


 「ふにゃぁぁぁぁぁぁああああああ!!!!」


 少女は奇声を上げてベットにダイブし、麻の粗末なシーツを頭からかぶって蓑虫になった。


 パタンと音を立ててジュリアさんがそっとドアを閉めた。今更感が凄い。


 『…………』


 混乱しすぎた猫のような奇声がドアの向こうから続く中、ジュリアさんと私の間に酷く重い沈黙が漂う。

 重すぎた沈黙に耐えられなくなった私から口を開く。


 「なかなか元気で奔放そうな方、でしたね」


 「………いつもはこうじゃないんだ」


 「そう…なんですか?」


 「ほら、な。この半年以上私と2人きりの日々が殆どだったし、どうしても異性の目がないと…な、分かるだろう?」


 「分かるだろう?と自然に振られても…こんな見た目でも一応男ですので」


 ジュリアさんはフシュルルーと、リザードマンらしい爬虫類っぽい溜息をつく。


 「池の近くで待っていてくれないか?顔合わせするのに少し時間かかりそうだ」


 「そうですね……」



 一人湖の畔に戻った私は、拾った装備品の血糊を落とすついでに、池の敷居を少し弄って魚を捕まえられるようにし、焚き火を起こして捕った魚の串刺を焼き始めるのだった。


 「早まった…でしょうか」


 このエージェント依頼は提示報酬も安く。断るに断れない事情もあったのだが、それでも依頼受けたのは失敗だったかなー…と、焚き火に枯れ枝をくべつつ思うのだった。


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