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3話:”エージェント”ーキョードー丘陵

説明回であります。(`・ω・́)ゝ

 最初は粘り気を帯びていた血糊が乾燥し、コートのあちこちが変な風に糊付けされた頃に目的地のキョードー丘陵へと辿りついた。


 名前こそ丘陵だが高さこそ控えめだが、立派な山が連なっている山脈に近い。斜面を登っていけば、現実の樹齢なら数百年から数千年単位の巨木が点在するセタガヤ大森林の木々が地平線の向こうまで途切れなく続いているのが見える。

 太陽は天高く上り。森から山頂へと昇る風が吹き抜けると、森の香りと形容するしかない様々な木々や草木の香りが混じった芳香が漂う。

 心の澱みを洗い流すような清清しい気持ちに、一瞬ここがVRMMOの中である事を忘れそうになるが、右手でAVRCアドバンストバーチャルコンソールメニューを操作して、現在地と目的地を確認する。


 AVRCはゲームとしてはただのUIユーザーインターフェイスだが、現実世界で日常的に使われるARC(拡張現実コンソール)と規格統一されているので、近年はAVRCという呼び名が定着している。

 余談だが、ネットスラングではAVRCを「えぶら」と呼ばれ、ネットゲーマーの間ではこちらの呼び名の方が定着している。



 数時間前に狩猟者ハンタープレイヤー達と戦闘をしたが、あれはイレギュラーだった。出来れば戦闘回避したかったと返り血で染色されたコートジャケットを見てしみじみ思う。


 私の名前はユキ。自然発生タイプの魔物プレイヤーなので、家名もないただのユキ。

 世界の黎明このゲームに限らず、ネットゲーム全般を指しても熟練プレイヤーの部類に入るだろう。

 最近は一番プレイ時間が長かった世界の黎明このゲームでユーザーサポートエージェント、分かりやすく言えば初心者へ色々なノウハウを教える教師のような仕事をしている。


 ―――そう、趣味は暇つぶしではなく仕事だ。

 エージェントの通称で呼ばれるこの仕事はかなりの高給取りである事で知られている。

 初心者教習なら離れしたプレイヤーなら誰でもできそうなイメージがあるかもしれない。

 しかし、昨今のVRMMOでは有名なエージェントは需要が高く、それだけ受け取る給料も高い。初心者補助費用が運営から支払われる上に、優秀なエージェントを引き止める為の報酬も相当なものだ。


 先ほどから給料と例えているので気が付いているかもしれない。

 そう、21末の現代においてネットゲームは遊びじゃない。

 現実の糧を得る事ができる仕事であり、現実の仕事はネットゲームの通貨を得る事ができる仕事なのだ。

 数週間前までサイタマエリアのカスカベ盆地でエージェントをしていた時の収入は、現実通貨に換算すると、手数料や税金を差し引かれても月70万に達していた。

 貨幣価値は21世紀初頭とほぼ変化していないので、ネットゲームのエージェント(初心者教習)にどれだけの価値を見出されているのか分かりやすいとだろう。



 何故これほどネットゲームの通貨が現実通貨と互換性を持ち、ネットゲームが重要視されているか説明をしよう。


 21世紀前半に始まった地球の寒冷化がそもそもの原因だと言われている。

 しかし、寒冷化と言っても地球の大半が凍土に閉ざされるような映画でありがちなものではない。場所によって違うが、平均気温が5度から10度低下した位だ。

 それでも世界帝に食料生産力は激減し、危うい所まで増えすぎていた地球人口を支える事が出来なくなった。

 当然の結果だとばかりに戦争が起きた。国の利権や覇権もあったが、何よりも人々が生き延びる為に。

 10年以上に渡る世界大戦の結果、赤道周辺の洋上プラントで生産できる耐塩性野菜や極寒冷地対応植物の開発と、何より長い世界大戦によって半分以下に減った人口により戦争が終結した。


 長い戦争は世界のあちこちや人々に大きな傷跡を残したが、戦争中に開発された技術もまた人々に貢献し、特にその中の3つに世界の人々は新しい可能性を生み出した。

 一つは生体保存ポット、生体活動をごく小規模に抑えた上で、脳機能を通常と同じ状態で保つもの。減りすぎた食料生産の中で可能な限り多くの人々を生かす為に作られたものだ。


 二つ目はインプランターと呼ばれる学習装置。元は兵士への洗脳や戦闘技術を付与する技術から生まれたもので、知識を脳へと直接送り込む事が出来る。

 当然のように戦前まで横行していた暗記重視の教育という概念が一度瓦解する事になった。


 三つ目はAR(拡張現実)にVR(仮想現実)技術だ。まず生体保存ポットの中でただ無為な時間を過ごす人々の為にVR技術が進化をし続けた。

 だが、思わぬ服残物としてVR空間で慣れた人々が現実に戻った時、五感だけしか入力装置のない圧倒的な情報量の少なさに戸惑い、現実に適応できない人々が続出した為、VR空間と同じだけの情報量を受け取り、また操作できるAR技術も釣られる形で発展した。


 そして戦後、元から高くない食料生産力が更に低下していた日本で思い切った制度が生まれることなった。

 インプランターによって教育機関での学習が必要がなくなった子供達、しかしそのまま社会で使うには圧倒的に経験が少ない事を頭を痛めていたが、コアなネットゲーマーでもあった、新教育庁のある官僚が「なんだ、経験を積ませるだけならネットゲームでいいじゃないか」という思いつきがそのまま実行されたのだった。

 生まれてすぐに生体保存ポットへ入り、インプランターによって必要だと思われる知識を一通り刷り込まれた子供達は政府と提携した企業が運営するVRMMOに接続され「十分な経験を積んだ」と判定されるとログアウトする許可を与えられ、成人として認定されるというものだ。


 結果、インプランターによって知識ばかり多く、経験の少ない子供達の教育方法に世界中が難航している中、人権論者やゲームに拒否感反応をする専門家の意見を吹き飛ばすほどの成果を出したのだった。


 ”ネットゲームの迷い子達”と皮肉な通称がついた教育法は瞬く間に広まり、既存のVRMOやVRMMOと言ったネットゲームの運営会社は一部国有化されたり、政府機関や大会社に組み込まれるなどといった混乱を見せるものの、世界中で採用されていった。


 その教育法が導入されて10年以上すると、大人達は自分達が知っている世界が戻しようもなく変化してしまった事に気が付くのだった。


 大戦後の国際法により、乱高下がほぼ無くなった為替レートの中に普通にネットゲームの通貨単位が混じるようになった。

 ネットゲームの通貨単位を現実に持ち込んだのではなく、現実の通貨と同じようにネットゲームの通貨も扱われ始めたのだ。


 人々の意識も変化していった。生まれ育った場所を故郷だとするなら、現実を知ること無くネットゲームの世界で生まれ、育ち、成人した人々の多くが現実よりもネットゲームの中を故郷だと認識し始めたのだ。

 現実に戻り働いたとしても、家を持ち、暮らし、贅沢するならネットゲームの中にする。そのような意識変化が現実とネットゲームの壁を崩して行った。


 そして、ネットゲームの世界に生まれ、育ち、暮らして一生を終えようとする人々が出てきて、次第に割合を増やして行った。


 21世紀末。ネットゲームの通称は残っているものの、実質的には現実世界を下地とした相互通行が可能な異世界と大差なく。

 また、資産の相互変換が容易になった為にネットゲームの資産は現実の資産と同等の重さになった為。21世紀初頭にはネットでのネタでしかなかったこの言葉が常識になった。


 『―――ネットゲームは遊びじゃないんだ』


 ネットゲームの世界も随分と変化した。

 まず、攻略サイト、攻略wikiの類が姿を消した。

 稼ぎ場のようなものがずっと残るほど温い運営をするネットゲームが無くなったのもあるが、何よりネットゲームでの利益が現実の利益の反映されるようになり、情報の価値が激増したからだ

 人より有利な場所を知っている、広まっていない生産レシピを独占する。

 誰でも思いつくような分かりやすく利益を得る方法を他人と共有しなくなった。


 ネットゲームもハードな内容になって行った。

 黎明期にはPKプレイヤーキラー行為、詐欺、その他所謂”ノーマナー”行為禁止のネットゲームもあったが、人気が出ずに次第に姿を消して行く事になる。

 ネットゲームの中で利益や欲望、願望が追求されるようになれば人より上を目指したくなるのが人間の性だ。

 仲良く手を繋いでゴールする位より、注目を集めて一位でゴールしたいと思うのは当然の事。


 また、現実世界との折り合いもあった。ネットゲーム内で生活する人口が増えすぎるのは当然よろしくない。

 その為”ネットゲームは現実よりも不便であったり、生きて行くのが大変である”事が求められた。

 その結果、PK(プレイヤーキルどころか、ありとあらゆる犯罪行為の再現が出来るのが一般的な仕様になり、より難易度が高くディープなものへと進化して行った。


 ―――そのような訳で、経験が少ない初心者には大変辛い世界ネットゲームが多く、エージェント(初心者教習者)の需要が出てきた。

 大半のエージェントは政府や運営に雇用されて仕事をするが、中には個人と契約して糧を得るエージェントもいる。当然後者の方が報酬も良い。

 私は幸運な事に後者に属していた。数週間前のカスカベ盆地ではダークエルフタイプの魔物プレイヤーの族長に雇用され、族長の子供達に色々と教えていた。



 ある程度山道を歩いて、AVRCを開いて何度も現在地と目的地の確認をする。

 世界の黎明このゲームにはクエストマーカーなどといった便利機能はついていないし、離れた場所にいる相手と文字、音声によるチャットもできない。

 公式に用意された掲示板へのアクセスだけはいつでも出来るのが最後の良心とも言えるが、ある程度制限をかけられるとは言っても不特定多数に見られる事になるので、防犯上からも詳細は内容が書かれる事は少ない。


 私に分かっているのは、このトウキョウエリア、セタガヤ大森林にあるキョードー丘陵にある比較的大きな池の近くに、エージェントの派遣依頼をした魔物プレイヤーがいるという事だけだ。

 AVRCに地図の表示機能があり、基礎スキルの測量によって地図機能が随分強化されているものの、現実の日本の地形を8倍の広さで再現している世界の黎明このゲームの世界で探すのはなかなかに骨が折れる。


 目的地らしい池と、誰かが住んでるらしい掘っ立て小屋を見つけられたのは2,3時間後の事だった。

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