21話:交換教育の日(前編)
「……………はて?」
朝目を覚ましたユキは、ベッドに寝たまま実に不思議そうに首をかしげていた。
確か昨日はアイリスが真ん中で、フーカとユキが両側を挟むように寝ていたはずだった。
いくらアイリスとフーカが小柄とはいえ、1つのベッドに3人は流石にきつかったので覚えている。
なのに朝起きたらユキが真ん中にいて、アイリスが体の前から抱き付くように。フーカが背中に張り付くように寝ていた。
どのような寝相だとこのような状況になるのでしょう?と不思議がるユキだった。
「大尉、大尉。おはようございます。この状況どうなったか教えて貰えませんか?」
「んぁ?んなの俺が知るかよ…………………よし、馬鹿弟子も下着は脱いでないな」
「先に確認する所はそこなのでしょうか」
「馬鹿弟子もまだ親恋しいガキだって事だよ。ガキだって事だ。
大事な事だから2回言ったぞ。きちんと覚えとけ」
「信用がありませんね」
まだ安らかに寝ているアイリスとフーカを起こさないように、ベッドから抜けた出したユキは身なりを整える。
「昔散々やらかした、てめぇの所業を数えやがれ」
「………さて、朝食の支度をしてきます。昨日と同じ魚ですが」
色々と心当たりがありすぎたので、状況が悪くなる前に湖へ向かうユキだった。
―――
今朝も食事は魚の串焼きだった。
リザードマン集落から食料類を購入すれば、食事のバリエーションはずっと豊かになるものの。
アイリスに収穫の喜びを覚えて貰う為に、あえて魚に水草と少量の山菜しか使っていない。
肉食魚の料理ばかりだが、どうも魚肉も性質が高めなようで、飽きずに美味しい。
調理方法もただの串焼きや、たたき風、一夜干し風と多少変化をつけている。
「はむ……はむむ…はむっ」
「うまいっす、沢山食べれるとか最高っすよ!」
魚が焼けた匂いが漂い始めると、アイリスとフーカも起きてきた。
今は競い合うようにして魚の串焼きにかぶりついている。
「お前ら、もうちょっと落ち着いて食えよ」
帽子型の無機魔物プレイヤーの大尉は、食事不要なので微妙に暇そうだ。
今はフーカの食いカスがくっつく!とユキの頭の上に避難していた。
「だって、ジュリア姐さんが、一番良さそうな所から凄いペースで食っていくんすよ!」
「……がり、がり、ごく。次」
妙に静かだと思ったら、ジュリアは黙々と串焼きを消化していた。
「さて、大尉。確認しますが、フーカさんには生活系のスキル。
”立ち上げ”に使えるようなものを教えればいいのでしょうか?」
「ああ、馬鹿弟子はいつも危なっかしいしな。
戦闘狂にしてもいいんだが、どうにも適性が無いっぽくてよ」
立ち上げ用とは魔物プレイヤーが死亡し、人間へ強制転生された際、人間よりも強烈なデスペナルティとして、スキル熟練度が勢い良く下がると共に、周到な準備でもしていなければ、財産のほぼ全てを失う羽目になる。
戦士は武器防具がなければ戦えない事が多い上に、武器防具をそろえるのに大金が必要になる。
魔術師も魔力がなければ、役に立たない。
そこで役に立つのが非戦闘系のスキルだ。
地盤となる資金を失った、死亡上がりのプレイヤーにとって、農業や鍛冶、大工に料理スキル等で、商店の手伝いなどをして資金稼ぎをするのが一般的なのだ。
しかし、大尉は戦闘系スキルの使い方と戦闘経験に特化しすぎて、非戦闘系スキルを苦手にしている。
当然、弟子のフーカも戦闘系以外のスキルは伸びていないだろうし、もしフーカが魔物プレイヤーとして不意の事故で死亡し、人間プレイヤーになった場合、今のままなら苦難の道が待っている事は想像に難くない。
大尉のように戦闘系を極めるならともかく、普通に戦う事しか出来ない、所持品もない人間に世界の黎明は厳しすぎるのだ。
「ユキさん、自分はさん付けされて最初嬉しかったけど、もうむず痒いから呼び捨てにして欲しいっす。これから先生してくれるなら尚更っすよ!」
「判りました、フーカ。これからもよろしくお願いしますね」
フーカの申し出が嬉しく、思わず笑顔で返事をするユキ。
「……は、はいっす。自分こそよろしくお願いするっす!」
何故照れたように目線を下げてるのだろう?と不思議に思うユキだった。
「でだ、ユキよ。アイリス嬢ちゃんも経験積んでる最中なんだろ?
なら馬鹿弟子と嬢ちゃんのスキルを平均化した方が良いと思うんだが、どうだ」
今のアイリスは農業・開拓系と薬品系スキルが伸びていて、フーカは戦闘系と多少の斥候能力を持ってるようだ。
それぞれの長所を伸ばすとなると、2人ばらばらに教えなければいけないので効率が悪いし手間もかかる。
なので、2人の能力や所持スキルを近くして、2人同時に教えた方がいい。
能力は所持スキルを近くさせるのを、平均化と呼んでいた。
「異論ありません。私も似たような事を考えていました。
まずは様子見で今日1日、教師交代と行きましょうか」
「交代?という事は、ボクは大尉に教わるのかい?」
「じゃあ、自分はユキさんに師事すればいいっすか!?」
アイリスもフーカも食いつき方が凄い。
2人の顔には「これで楽ができる」とはっきり書いてある。
アイリスにもそろそろ休息日が必要でしょうか。と、内心反省するユキだった。
「とりあえず、今日一日。夕方まで交代しましょうか。
大尉、アイリスには剣術と槍術の基礎をお願いします。
フーカさんには農業と薬品系を仕込みますので」
「おうよ」
「………生きろ、フーカ」
喜び顔のフーカへ、小声で呟きくと共に同情の視線を向けるジュリアの姿があった。
―――
「あの、ユキさん。ここただの荒地に見えるっすけど…?」
「ただの荒地ですね。これから畑になる予定ですが」
フーカを連れて畑の近くへやってきた。
最初にアイリスとジュリアで耕した畑は、『アルタイルの卵』がバスケットボールサイズまで成長していた。そろそろ収穫できそうだ。
クワを渡したフーカは畑の拡張予定の場所、雑草が生い茂る土地を見て反応に困っているようだ。
「周囲に炭でラインを引いてあるのは判りますか?」
「あっ、はい。あの黒い線っすよね……ええと、もしかして」
「はい、あのラインの内側をそのクワで耕して下さい。
石や小石は砕いてもいいですが、疲れるので手で取るのをお勧めします」
「すんごい広いんですけど、どの位やればいいっすか……?」
今回は25m×50m程の範囲だった。前回に作った畑の倍近い。
救いを求めるような笑顔を浮かべるフーカに、天使の笑みでユキが言う。
「体が動かなくなるまでやって下さい」
「はいっす……」
大尉が頭の上にないせいで、フーカの短髪の間から元気よく出ていた狐耳は、へにょんと力なく垂れ、フーカの心情を良く表していた。
「(流石に大尉に鍛えられているだけあって、諦めるのが早……適応力がありますね)」
フーカがやや自棄気味にクワで地面を耕すのを満足げに見守りつつ、ユキは集落で買ってきた新しい乳鉢を取り出し、薬を作り始めた。
―――
大尉を頭に乗せたアイリスは武器を選んでいた。
アイリスの岩小屋の近くには、朝になって集落のリザードマン達が運んできた、ユキが倒した人間達の装備品や所持品が山になっていた。
貨幣や薬と言った小物類は小屋の中に入れたのだが、かさばる鎧や武器類などは外に積んであるのだった。
「大尉、武器はどういう基準で選べばいいんだい?」
「俺が教える予定なのは槍と長剣だからな。
槍は背丈と同じ長さ、剣は腕の付け根から指先までの長さ程度のヤツを選べ。
オーダーメイドじゃないから、近い長さのやつを選べば良い」
大尉の言葉にアイリスはふんふんと素直に頷いて、細身のサーベルと長い両刃の穂先がついた槍を手にした。
「ねえ大尉、ユキってどの位強いんだい?」
「よし、長さや重さ的にも悪くねぇ選択だな。気になるのか、お嬢ちゃん?」
「気になるとも。昨日人間達が来て、ユキが戦いに行くって言って。
止めようって思ったけど結局言いくるめられるし、ジュリアは大丈夫だろうって言ってたけど、ユキの事全然知らないから、安心なんて出来なくてずっと心配だったんだ」
武器を手にしたまま、不安そうにぽつぽつと喋るアイリスに、大尉は「ああ、なるほどなぁ」と納得する。
「そうだな、あいつの強さは普通に戦うなら…まぁ、そこそこだ。
ジュリアの姉ちゃんなら善戦するだろうし、良い素体があれば俺なら普通に勝てる」
「それはそこそこってレベルかい?ジュリアは集落で一番の剣士なのに」
「そこそこだ。一対一なら普通のヤツはまず勝てないだろうが、4人5人で囲んでボコにすれば被害が出ても倒せるレベルって所だな」
「じゃあ、昨日は危なかったのかい……?」
「いいや、あいつは腕っ節だけなら普通だが、それ以外は普通じゃねぇ。
腕利きのヤツが4,5人いればボコに出来るが、まず囲む所まで持っていけない。
逆に1人ずつ闇討ちされるのがオチだ。
あいつは強いとか弱いとか言う前にヤバイ」
「………ううん?」
「嬢ちゃんは実感ないかもしれないけどよ、あいつは勝ちたい戦いなら手段を選ばねぇ。
いや、選んでるのかもしれないが、とにかく手口がえぐいし悪辣だ。
昨日の人間連中も、ほぼ全員あいつの姿見る前に死んでるしな」
「なら、同じような事がまたあったら、ボクはユキを止めないで送りだしてもいいのかい?」
ほう、と内心感心の声を上げる大尉。
この位の闘争に縁遠い少女は、怪我どころか危険な事自体、忌避する傾向がある。
しかし、アイリスはユキの身を心配をしているのと同時に。
どの程度ならユキを頼って、その身を危険に晒していいのか、その境界線を慎重に測ろうとしている。
ユキが居ない間にアイリスの簡単な身の上話を聞いていた大尉だったが、改めて覚悟の深さに感心するのだった。
「そうだな、ユキが”できる”って言う時は大体安心しても良い。
心配なら絶対に生きて帰れと約束させろ、そうすりゃユキも無茶はしねぇだろう」
「うん。次からそうするよ。ありがとう、大尉」
「ま、余計な心配だと思うけどな。
俺だって剣の練習試合であいつの相手するなら、喜んでボコにするけどよ。
マジで殺しあえって言われたら、俺は尻尾巻いて逃げるぜ」
まぁ、状況が許してくれるならだけどよ…と、苦笑交じりの溜息をつく大尉。
「さ、あいつの話はこの位だ。お嬢ちゃんの訓練をやるぜ」
「うん!お願いするよ」
―――
「次だ。基礎上段斬撃3型、繰り返し50回」
「一度戻って中段刺突2型、繰り返し50回」
「休憩、5分。息を整えろ」
「最初からだ。基礎中段斬撃1型、今度は100回」
大尉の教える内容はやや形式ばった剣術に近く。
剣を構えて、振りかざし、斬り下ろす。時には肘を使い脚も使う。
1つ1つの動作の組み合わせを「型」として、覚えるまでひたすら愚直に繰り返す。
そこまでなら普通の訓練であったが、その先が大尉の特異な所だ。
大尉の魔物としての能力。自身がただの帽子であるが故に、被った者の肉体を操る『操り人形』というシステム的な分類で言えば技術スキルを使い、アイリスの肉体を操り、大尉の経験からアイリスの肉体や骨格で扱える、理想的な剣の型を繰り返す。
大尉によって動作を最適化された「型」を覚え、実戦ではその組み合わせで戦わせる、ひたすら堅実な戦闘技術だった。
大尉はアイリスの体を操っているだけなので、肉体的な疲労も苦痛も感じない。
だからこそ、延々と理想的な動作を繰り返させる事はできるが、アイリスの肉体が壊れては元も子もないので、適度に休憩を挟みながら訓練を繰り返す。
効果的ではあるが、操られる方にとっては肉体的な負担も苦痛も大きな手法だ。
1時間以上動作を繰り返し、いつもの馬鹿弟子なら10回は泣き事が出ている頃だなと、と大尉が考える頃でも、不慣れなはずのアイリスの口からは悲鳴の1つも出ていなかった。
「お嬢ちゃん。相当肉体的にも精神的にも辛いはずなのに、良く大丈夫だな。
何か強くなりたい目的でもあるのかよ?」
興味と好奇心が沸いた大尉がアイリスに聞くと、ただ短く。
「そういうのじゃない、ただアレに比べればずっとましなものだよ」
「(お嬢ちゃん、この程度の苦痛がへでもないような凄惨な体験でもしてるのか?)
……アレって何か聞いてもいいか?」
慎重な口調で大尉が聞いた時だった
「―――!?―――!!―――!!!!」
少し離れた場所。具体的にはユキがフーカを連れて行った方向から、フーカっぽい声の悲鳴と悶絶と驚愕をミックスして煮詰めたような、声にならない悲鳴が聞こえてきた。
「……もしかして、アレ(ユキ)か?」
「……うん。アレに比べればずっとましだよ」
察する大尉に、静かに頷くアイリス。
通じあった2人の間には表現し難い、微妙な空気が漂っていた
大尉の特訓<<ユキによるスキル上げ。




