2話:プレイヤーVSモンスタープレイヤー
じゃらり、と足元の砂利を慣らして人間達の前衛が周囲を取り囲む。
正面には盾を持った片手剣の前衛、私には言われたくないだろうが少年と言っても良い若い顔が緊張に引き締められている。緊張の中に油断や恐怖の色は少なく、随分と場慣れしているようだ。
左右に両手槍を持った前衛が2人。槍は不用意に長すぎず、使いやすさと威力を重視している辺り、随分と戦い慣れしているのが分かる。また、左右に分かれる事でお互いにFFをしないように気をつけているのだろう。
昔はプレイヤー達の攻撃がお互いを傷つけないような仕様が主流だったらしいけど、近代では極少数派になっている。
後ろに回ったのは細長い両手剣を持ったリーダー格の男性。離れた場所には杖をこちらに向ける阻害魔術士の女性。
あんな山賊面の男がリーダーしている割に、統制が取れた取れた動きは一流の戦士達のものだった。
下品な笑いをしながら有り金全部置いていけ、などとテンプレートな台詞でも言って貰えれば和めるのだけど、残念な事に無駄口一つ無い。
視界の左上に意識を向けると。
『ステータス異常:肉体系能動行動全阻害 4sec(秒)』
後4秒、かなりギリギリだ。
戦いに備えていた意識を切り替える。イメージは原始的なテレビのチャンネル、脳裏でガチンと音を立てて戦闘へと変化させる。
近くに刺さっていた行動阻害魔術の黒い槍がバキン、と中から破砕されていく異音が聞こえる。
効果消滅前に異音を立てるような複雑な組成を即興で行ったのかと、戦闘時特有の醒めた意識の端で関心する。
「まずっ、どんな魔法抵抗なの!?もう壊れる。早く!」
「やっちまえ!」
女性魔術士の警告と同時に人間リーダーの野太い声。
ああ、その男らしい低音の声は羨ましいな。
『ステータス異常:肉体系能動行動全阻害 効果消滅』
羨みながらも両足で跳躍。十字に左右から突き出された槍の穂先を回避。
まだ体勢が整いきってない状態からの、綺麗な全力攻撃。
間違いなくスキル付きだろう。
この世界、VRMMO”世界の黎明”は3種類のスキルが軸になっていると言われている。
一つは基礎スキル。
剣術、槍術、登攀、軽業など、プレイヤーが持つ能力としてのもの。
これが基礎スキルと言われている。
基礎スキルが無くても剣や斧を振り回すのに不自由しないが、無いと二つ目と三つ目の要素で困ることになる。
二つ目はスキル熟練度。
剣術であれば0から始まり、100になれば一流と呼ばれる。
そのスキルへの習熟度を測る分かりやすいパラメーターだが、意地が悪い仕様になっている。
スキル熟練度が高ければ上手く行動できる訳ではない。ただ上限値が上がったり行動にボーナスが付くだけだ。
剣で例えるなら、熟練度が上がるほど与えられるダメージ、振り回す速度の上限が増え、剣の反動などを抑えやすくなる。
だが、扱いが上手くなる訳ではない。
スキル熟練度が80を越えた剣や槍の素人など探せばいくらでもいる。
そして意地悪く、スキル熟練度100で上限という訳ではない。
100で一度完成するが、ごくゆっくりとした速度、多くの困難を伴い100以上へ成長していく。
スキル熟練度はプレイヤーの死亡など、ペナルティとして低下する場面が多いので、積極的に100以上を目指すプレイヤーは少ないが、高いスキル熟練度を使いこなせる中身が伴うと恐ろしい事になる。
三つ目は技や単純能力としてのスキル。
これが一般的にスキルと言われているものだ。
技は剣なら二連斬、槍なら高速突きなど、スキル熟練度の上昇によって覚えるものが主だ。例外も多少はあるものの、ごく一部なので割愛する。
スキルとして使用しなくてもある程度のスキル熟練度があれば、手動で際限できるものも多いが、スキルには圧倒的なアドバンテージがある。
世界の黎明では武器を使う時の、使用者の筋力、武器の慣性、重心などむやみやたらと現実的な物理法則を再現している。
武器を振り回せば当然のように反動はあるし、反動に耐えらなかったら体勢を崩したり転んだりもする。
しかし、スキルはそれらを全て無視できる。
スキルさえ使えば子供が巨大な大剣を振り回せるし、空中で両手斧を使い連続攻撃などファンタジーな動きが可能だ。
中級者まではスキルをただ連打するだけの可愛いものだが、それ以上になってくると自力で大技を繰り出し、スキルで崩れた体勢を回復させた後に再び手動で連続攻撃してくるなどえげつない事をやり始める。
モンスターが使う麻痺攻撃や炎の吐息などの固有能力もスキルに分類されている。
基本スキルの鑑定、その鑑定スキル熟練度上昇で取得出来る戦闘分析スキルのおかげで、槍持ち戦士達の槍スキル熟練度は90前後で、使ってきたのは使いやすく汎用性が高い、槍と刺突剣の熟練度それぞれ50以上で習得できるスラッシングペネトレイターだと分かる。
垂直跳躍で迫ってくる2つの穂先を回避したまま、すぐに足に意識を集中、格闘系スキルのウェポンアタックを槍を目標に発動させる。
通常なら徒手空拳で相手の武器を逸らす為の、取得条件が熟練度ではない希少ではあるものの地味ななスキルだが、この状況なら―――
ザン、と土を抉ったにしては鋭すぎる音を立て。両足に蹴られ、踏まれた2つの槍の穂先が地面へと埋まる。
そのままコートに格納してある一対のサーベルの柄へ手を伸ばし逆手で持ち、両手をクロスさせるように構え、スキルではない、単純な突きをそれぞれの首元突き立てる。
サーベルはあっさりと2人の喉を貫通して悲鳴を上げる事すらできなくする。
僅かに漏れる苦痛に塗れた吐息が、世界の黎明において苦痛軽減などと優しい仕様がないどころか、しっかりと受けたダメージの苦痛を再現されているのを物語っている。
「…っ、アテンション!」
驚きから復帰した片手剣に盾の戦士が、盾を構えて声を上げてスキルを発動する。
盾術の代名詞とも言えるスキルで、視界が強制的に構えた盾へ釘付けにされるが、少し遅い。
2人の槍戦士の喉に突き立てたサーベルをえぐるようにひねり、無理やり引き抜いた。この程度の行動をするのに一々目で確認する必要はない。
まるでシャワーのように返り血が付くが、すぐに致命傷と判定され、ガランガチャンと鎧や槍が地面に落ちる音が左右から聞こえる。
この世界ではプレイヤーの死体は残らない。致命傷、死亡と判定されたプレイヤーの肉体は光の粒子になって消え、持っていた装備や所持品が残される。
「―――おっと」
背筋を走る嫌な予感にしたがって、まだ刃先から血が滴るサーベルを頭上で交差させた。
ヂィン、と金属が奏でる音と共に直後に両手に走る衝撃。リーダー格の戦士が振り下ろした両手剣を途中で受け止めたのだ。
「やってくれるじゃねぇか、仇はとらせて貰うぜ…!」
力が篭った怒りが篭った低い声。
「いきなり襲ってきておいて、仇も何もないと思いますが…おっと、声に出てた」
声に出したのはわざとだ。
気持ちは判らないでもないけど、襲いかかってきておいて、抵抗したら仇扱いとか正直どうかと思う。
「上等だ…!」
怒りの声と共にギリギリと両手にかかる重圧。振り下ろしてそのまま叩き斬ろうとする両手剣に必死に抵抗する。
正直この手の腕力勝負は好きではないし、何より筋肉が付きにくい体質の私の体は腕力に劣っている。
それに―――私は人間じゃない、魔物だ。
「凶刃」
言葉を発してのスキル発動。コートの裾から大型の曲刀が滑り出て、まるで透明な何かが持ったように動き、両手剣の戦士へ斬りつける。
魔物としての私の固有スキルの一つ、効果は所有権を持つ刃物の遠隔操作。
「なぁっ!」
傷は与えたものの、上手くバックステップで避けたようだ。手ごたえが浅い。しかし、余裕が出来た。
随分と盾術スキル熟練度を上げているのか、視線を集めるスキルが持続している。この状態のまま後ろの両手剣戦士と戦いたくはない。
盾戦士はカイトシールド(凧型の盾)を前に構え、長剣を後ろに。盾で防いでから反撃を狙う体勢を構えている。
サーベルを持ったままの右手を向け、再び口を開く。
「凶刃」
コートの右手の袖から両手剣が矢のように射出される。波打つ刃を持つ両手剣はそのまま盾戦士のカイトシールドを貫通して串刺しにする。
「……え?」
いきなり両手剣に盾ごと体を貫かれ、状況を理解できない盾戦士は呆然とした声を出し、そのまま口から血が溢れさせる。
右手を横に振ると、連動するように盾戦士を貫通していた両手剣が振りぬかれ、盾戦士は悲鳴上げる間もなく光の粒子へと消え去っていった。
振り向くと両手剣を構えた戦士が体勢を立て直し突撃の体勢、女性魔術士は杖の先に魔法陣を、周囲に半透明の板展開していた。
振り向きざまに左手のサーベルを女性魔術士へ投擲。
「…ぎゃうっ!」
サーベルは平凡な矢程度なら弾ける防御効果を持つ魔法陣を貫通、杖を持っていた左手の二の腕を貫通して近くにあった大木へ腕を縫いとめた。
「うぉぉぉおおおっ!」
雄叫びをあげて両手剣を横に構え、切り払ってくるリーダー格の戦士。
女性魔術士が傷ついたせいか、拘束していた光の鎖が足元から消えていた。
自由になった足で一気にリーダー格の戦士との間合いを詰め、両手剣が振られるよりも早くサーベルで両手首を切断、サーベルを素早く半回転させ逆手に構え、胸板へと突き立てた。
斬り飛ばされた両手剣が地面に転がり。リーダー格の戦士も両手と突き立てた胸の傷周辺から光の粒子へと消えつつある中。
「何者だよ、お前は…」
光の粒子と消え去るまで続く痛みに顔をしかめながらリーダー格の戦士がかすれた声を出す。
「ただの魔物です。もう出会いたくないものですね」
突き立てたサーベルを引き抜き、戦士の首を落とす。
完全に光の粒子へと分解して消える前にもう遭遇したくもねぇ、と声が聞こえた気がする。
「余計な所で体力を使いましたね。先をいそ…おっと」
投擲した左のサーベルを回収しようと思ったら、まだ女性魔術士が生きていたのを忘れていた。
リーダー格の戦士と戦っていた時は縫いとめたサーベルを抜こうと頑張っていたが、今は抵抗を止め、顔には諦観の感情が強く出ていた。
世界の黎明に限らず、最近のVRMMOの大半は大抵の悪を許容する。
黎明期のネットゲームでは暴言程度ですらペナルティを受けていたらしいが、最近のVRMMOはチート、ハッキング行為とバグの流布行為だけ禁止されている。
実にシンプルで一見何と言う事もなさそうに見えるが、プレイヤー達が決め、実際に法整備を行っていない場所、取締りの緩い所、そもそも取り締まりがない場所では酷いものだ。
戦利品狙いのプレイヤーキラーなんてものはありふれすぎて、もう”PK”などと特殊な呼び方をされず、ただ強盗や野盗などと呼ばれている。
殺人、強盗、拷問、強姦、人身売買、誘拐、麻薬売買と、人が思いつけるような悪徳行為はゲーム内で全て出来てしまう。
そのせいか、VRMMOが一般普及した後、現実世界での犯罪率が世界単位で激減したという笑うに笑えない皮肉な結果にも繋がっていた。
つまり―――
「お、お願いします…どうか一思いに殺して下さい」
女性魔術士は命乞いならぬ、死に乞いをしていた。
この世界の人間は死亡すればスキル熟練度低下や短期間の身体衰弱などペナルティを受ける。
しかし、ただ死亡するだけなら幸運のうちとも言えた。
まして彼女のように見目麗しい女性プレイヤーともなれば、死亡するより生き延びた方がより過酷な運命を辿ることになるだろう。
ただ苦しめたり辱めを与える趣味はあまり無い。
ついでに余計な恨みを積極的に買いたくもなかったので、右手のサーベルをとん、と女性魔術新の胸に突き立てた。
「あり…がとう……ございま………」
女性魔術士は感謝の言葉を口にしながら光の粒子となって消えていった。
「お礼を言われるのも複雑なものですね。折角ですし、戦利品を貰って行きますか」
コートから出した武器を元の場所へと戻し、落ちていた戦士達の荷物から大きな背負い袋を取り出すと、持ち主がいなくなった装備品や所持品をまとめて入れていった。
「……折角服を新調したというのに、到着前に血まみれになってしまいました」
心底切ない溜息をついて旅路に戻るのだった。




