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10話:大地の恵み

農民ファーマー馬鹿にするヤツ多いが……ぜぇ……今度から尊敬してもいい……腰、腰がっ」


 相変わらず焼き魚と水草だけの昼食を挟んで作業する事少し。アイリスとジュリアは最初にマークをつけた範囲の畑を耕し終わったのだった。

 耕したと言っても一通り土を掘り起こしただけで、地表には雑草や掘り起こされて千切れた根が混ざっている。

 ジュリアは随分疲労した様子だが、アイリスと言えば。


「……すはぁ………すはー……」


 一通り終わりましたねと声をかけた途端に、緊張の糸が切れたのかその場に座り込んで動かなくなってしまったので、畑から離れた草むらの上でユキに膝枕をされ、竹の水筒に入れた湖の水をチョロチョロと頭の上からかけている。

 AVRCを確認すると、アイリスの開拓スキル熟練度が13まで上昇していた。半日の成果としては悪くない。

 ジュリアは渡した竹の水筒の水を、美味しそうに飲み干して一息ついたようだ。流石に本業の戦士、息を切らした状態からあっとう間に立ち直っている。

 ……もっとも、若干足腰が震えているので、あくまでも息を整えただけで疲労はばっちりと蓄積しているようだ。


「所でジュリア、土壌の性質パラメーターを向上させる方法はご存知でしょうか」


「今日みたいにクワで土耕したりすればいいんだろ?後は肥料混ぜるとか」


「はい、それで正解です。しかし一面の荒地など肥料に頼れない所でも畑は作られていますよね?」


「そりゃそうか。たまに関心するような荒地の真ん中に農場あったりするしなぁ…」


 おや、ジュリアは集落密着だけではなく旅の経験もありそうですね。リザードマンは他種族の傭兵になる事も多いので、傭兵経験者でしょうか。


「不毛な土地で農業やる方ならだいたい知ってる事ですが、土を耕して一度ならして、もう一度耕すと若干土壌の性質パラメーターが良くなるのですよ。もっとも何度も繰り返せば上限知らずとかではなく、作物を育てる事ができる最低ライン程度までしか上昇しませんが」


「……なぁ。ユキぃ。まさかとは思うけど」


 木の根や雑草、小石が混じる畑。当然のように土壌の性質パラメーターは低く、この状態ではまともな作物は育たない。


「はい、同じ作業を繰り返して貰います。ジュリアとアイリスが『開拓』の派生スキル『開墾』を覚える頃には、そこそこ豊かな土壌になっていると思いますよ」


 にこり、と微笑みを向けると、ジュリアは石になったように固まっていた。

 ……リザードマンもショックな時は口元が痙攣するのですね。


「……おや?」


 ジュリアとの会話を聞いていたらしいアイリスがびくん!と体を硬直させてから脱力した。どうやら気を失ったようだ。


 ずり落ちた手布を水筒の水で湿らせ直して、アイリスの額に乗せる。もう少しこのまま寝かせておいてあげましょう。



―――



 「……う……ううん…」


 アイリスが目覚めたのは夕方にほど近くなった時間だった。

 なかなか目覚めなかったので涼しい湖の畔まで運び、体伸ばしたジュリアに寄りかかるようにぐっすりと眠っていた。

 ユキは近くで石製の大きな乳鉢を使い、摘んできた草や木の皮、根や実に白い小石などをゴリゴリとすりつぶし。一種類作るごとに陶器製の小瓶に入れ、湖で乳鉢を洗ってはまた新しい配分で草木を入れてゴリゴリとすり潰す作業をしていた。


 「アイリス、お目覚めですか?」


 重い石製のすりこぎが乳鉢の底を擦る、ごりごりとゆっくりとした、郷愁を感じさせる音が続く中、まだ寝ぼけ眼のアイリスは手でまぶたをなでようとして―――


 「ふぎゃっ!」


 強烈な筋肉痛で猫みたいな鳴き声…もとい、悲鳴を上げる。

 世界の黎明このゲームに限らず、ほぼ全てのVRタイトルで筋肉痛は再現されている。

 現実世界の肉体とVR空間の肉体構造があまりに違うと、現実空間に戻った時に肉体を上手く動かせないという症状が発生する。VR空間の肉体に慣れすぎた脳組織が違いすぎる肉体を与えられると神経系の混乱を起こし、長期間のリハビリをしなければ立って歩くことすら出来なくなる。

 また、認識の問題もあった。超人同士での戦闘を扱ったVRMOタイトルに長期間いた人間が、ログアウト権を手に入れて現実世界に戻った後、高層ビルの屋上から地面に着地しようとして、地面に血と肉で出来た華を咲かせる、などといった事件も幾度と無くあった。

 どちらも記憶と脳組織の問題なので、現在はインプランターによる即時治療も出来るようになったが、VRMMOに限らず、VR空間の肉体と現実空間との肉体を一致させる処置がされるようになり、人間以外になった場合は「この肉体は本来の自分のものではない」と強く暗示を付けられるようになった。

 アイリスも竜族とはいえ、膨大なコストを支払って魔物形態にならない限り、人間互換の肉体の為、筋力や体力は現実世界のものが反映されている。

 そして今日一日の肉体労働の結果、成長されると計算された分だけ、現実世界で生体維持ポットの中にあるアイリスの肉体の筋肉など成長・調整しているのだ。

 その際に本来発生するだろう筋肉痛も、アイリスの脳が出来るだけ自然に肉体の成長を受け入れ易いように再現される。

 VR空間では体力が尽きても精神力があれば割と体を動かせる為、今日のアイリスのように限界を超えて肉体を酷使すると、現実の肉体がそれを再現できる程度に成長・調整され、その結果地獄の筋肉痛を味わう事になる。


 痛みの反射で体を動かし、またどこかの筋肉が動いて筋肉痛が駆け抜け、悲鳴を上げてまた体を動かして筋肉痛が…という悪循環に陥ったのだろう。「うにゃっ!」とか「ひうあっ!」とか小さな悲鳴を上げながら悶えていたアイリスだが、数分もすると筋肉痛を回避する唯一の手段―――体中の力を抜いた状態へと落ち着いた。


 ごりごりごりん、と乳鉢を混ぜる手を止めて、十五本用意した陶器の小瓶の最後の一つへ蛍光黄緑色の液体を注ぎ込む。

 記念写真スクリーンショットを撮っておけと囁く心の悪魔をそっと住処に戻しつつ、何とは言わないが体液的なもので酷い事になってるだろうアイリスの顔を、できるだけ正視しないように手布で優しく拭っていく。


「ねぇユキ……これはそのうち慣れるのかい…?」


 半泣きに甘が混ざった声が実に甘美―――ごほん。哀しげだ。


「はい。今は症状を抑える薬を作っていますし、明日になれば随分違います。ここまで酷いのは初日だけですよ」


「それは何よりだよ……」


「さて、薬を飲ませますよ」


 ジュリアの上から力の入らないアイリスを横抱き―――所謂お姫様抱っこ―――で抱き上げて、準備した小瓶の近くへそのままの態勢で座り込む。

 世界の黎明このゲームは変な所まで拘っていて、横になった状態で水を飲むと、気管に水が入ってしまう痛みと咳の衝動を再現されて、飲み込む事が出来ない。

 だからこの体勢は仕方ない事なんですよと、誰にとは言わないが言い訳をさせて貰いたい。最終手段である口移しで飲ませるより紳士的なのです。


「さて、アイリスはそのまま聞いていて下さい。ジュリア、派生スキルの取得方法はご存知ですか?」


 アイリスがどけられて、体を起こしたジュリアは体を伸ばしながら答える。


派生元ルーツスキルの熟練度上昇だね。

 あと特殊なのがいくつかあるらしいって噂を聞くけど、アタシが知ってるのは武器系スキルで実際に派生先形状の武器を振るってみるって方法だ。

 有名な所だと大太刀を上手く使うには剣術、片刃剣術、曲剣術、刀術、大太刀術って順番にスキルツリーを開けてかないといけないのがさ

 大太刀を振り回して訓練してれば途中すっとばして大太刀術を取れるらしいじゃないか」


「流石戦闘に関して詳しいですね。

 それは<ジャンプ>と呼ばれるスキル取得テクニックです。

 ツリーの奥にある事が多い特殊形状武器スキルを習得、熟練度を伸ばすには最適な方法ですね」


「そういう言い方するって事は、他の方法もいくつか心当たりがある訳だ?」


 座った事で空いた片手を使い、順番に並べた小瓶の一つを蓋をあけて手に取り、アイリスの口元に当てる。


「ええ、本当にいくつか程度ですが」


 瓶の中に入っていた、どろりとした液体を半分ほどアイリスの口の中に流し込み。


「…苦っ!?―――」


 あまりの苦さに噴出しそうになるアイリスの口を素早く押さえ、そのまま指先で顎を固定させるように上を向ける。

 ぱたぱたと救いを求めるように動くアイリスの手が……ぱた、と力なく動かなくなった頃にごくり、と喉が動く。


「これは知識系や鑑定系、一部の生成系スキルでしか使えないテクニックなのですが<逆アセンブリ>と呼ばれるものでして」


 AVRCに表示させたアイリスのシステムメッセージ表示にログが忙しくながれる。


 『スキル取得:薬草知識』

 『スキル取得:薬草鑑定』

 『スキル取得:薬師術』

 『スキル取得:薬品作成』

 『スキル取得:治癒薬作成』

 『スキル取得:毒草知識』

 『スキル取得:毒性鑑定』

 『スキル取得:毒薬作成』

 『スキル取得:毒薬隠蔽』

 『スキル取得:錬金術』

 『スキル取得:錬金術知識』


「薬草、毒草はそのまま生で食べれば対応した知識や鑑定スキルを上げる事が出来ますし、少々特殊な製法をした薬は薬品作成のスキルを上げる事が出来ます。

 ……少々味が破滅的になりますが、些細な問題でしょう。

 あくまでもスキル熟練度が低い時、または未修得の際にしか使えないテクニックですね」


「へ、へぇ………」


 ぐったりとしたアイリスを抱いて状態で、ほがらかな笑みを見せるユキの姿に軽く引くジュリア。


「…ユ、ユキ。スキルが沢山取得って出たのは分かるんだけど、何で毒薬知識とか作成まであるんだい……?」


 ユキの腕の中でふるふると小動物のように震えつつ弱弱しい声を出すアイリス。


「これから説明しますね。

 今の薬に使った材料は15種類。

 この根と2種類の葉、木の実が疲労回復。

 この紫色の根と紅い茸が運動神経系の麻痺毒。

 青い木の枝と茶色の新芽が気付け効果。

 白い小さな石が複数の薬効を同時に成立させる混合薬。

 茶色の草の幹が神経系麻痺毒の緩和。

 赤、青、茶の同じ形をした葉が刺激的な味になりすぎる神経系麻痺毒の味を無味に変化させるもの。

 ガラスの小瓶に入った銀色の液体が錬金術の基本になる元素融解剤。

 黒い墨っぽいのが圧縮で練成反応を発生させる反応薬。

 黒い透明な石が練成安定剤です」


「は、半分以上飲んだらダメそうなものが入ってないかい!?……あれ、体が動かないよ」


「ぎりぎり大丈夫程度に辻褄合わせしてるから大丈夫ですよ。

 さてジュリア、話の続きですが。

 通常は図鑑と本物を照合するなどして地道に上げる知識スキルも、本物を見せて説明上で飲ませればただ飲むよりスキル上昇は早く。

 全手動作成フルスクラッチで材料と配合比率を覚えてしまえば、魔物プレイヤーにありがちな死亡ペナルテイによるスキル低下をしても、多少効果は落ちますが作成自体は可能です」


「ユキ?答になってないよ。そして凄く嫌な予感しかしないよ」


「と言う訳でアイリス、残りの半分です。

 疲労回復と運動神経麻痺の毒薬とその中和、治療をする解毒剤、気付け薬の混合です。味と風味をしっかり覚えて下さいね」


 一度置いた小瓶の中身をアイリスの口に流し込む。麻痺毒のせいで噴き出す事も出来ずにするりと喉の奥へ液体が流れていく。


「ひゅむー……!…う、ごく……」


『スキル上昇:薬品知識 0→2』

『スキル上昇:薬品鑑定 0→1』

『スキル上昇:薬品作成 0→1』

『スキル上昇:毒薬知識 0→3』

『スキル上昇:毒薬作成 0→2』


「スキル開放も出来たし、スキル熟練度も順調に上がってるようですね」


 AVRCに流れるシステムログを見て満足げに頷くユキ。


「さて、アイリス。次の薬からは飲む前に材料の説明をしますね」


「ゆ、ユキ…その、ね。薬品の知識はなくてもなんとかなると思うんだ」


「いいえ、魔物プレイヤーにとって薬師が少ないのは慢性的な事なんです。

 現にジュリアの集落にもそれらしい方がいませんでしたし、魔物プレイヤーにとって避けがたい問題でもある死亡ロストになった場合でも、薬品知識があるとその後の復帰リカバリーの速度が違います」


 魔物プレイヤーに、人間プレイヤーのような蘇生が無い。通常の人間の蘇生より不利な死亡ペナルティを受けた上で人間プレイヤーとして蘇生する。

 その後、魔物プレイヤーに再び転生したとしても、前と同じ魔物プレイヤーに転生する事はできない。魔物プレイヤーはAICと同じく、死亡した時にその存在を失うのだ。

 また人間に転生しても多くの場合は、最低限の衣服しか持ってない状況に陥る為、プレイヤーとして生活を軌道に乗せるのが難しい。


「次からは飲む前に薬効とかを説明していきます。頑張って覚えて下さい。

 その方がスキル熟練度の伸びも良いのです」


「ユキ、辞退、辞退をしたいよ!それは勘弁して欲しいな!ええと…ボクは明日も畑で頑張るよ」


 辛うじて動く目と口で必死に抵抗するアイリス。ユキは天使のような笑みを浮かべ。


「ははは、アイリス。何を言っているんですか―――何の為に最初に麻痺毒を飲ませたと思います?」


「ジュリア、ジュリアーっ、ボクは今とてもピンチだよ!助けて欲しいな……!」


 必死になってジュリアを呼ぶものの、肝心の本人は反対方向を向いてペタリと岩の上に伸び、両手で耳を塞いでいた。その姿にタイトルをつけるなら、私は何も見えない聞こえない…だろうか。


「ジュリアそれは酷くないかい!?」


「アイリス落ち着いて下さい。残ってる薬は後14種類だけですから」


「それはだけって言わな……はぶ……ごくん。甘いっ、塩辛っ、どんな味をつけるんだい」


「甘い部分は肉体の再生速度を下げて、塩辛いのは筋肉を軽く弛緩させる成分ですね。今度こそ材料の説明をさせて貰います」


「ねぇユキ、それは両方とも毒でしかないと思うんだよ!」


 きっちり15種類目の薬を全部飲まされて意識を失うまで、アイリスの悲鳴は湖畔に響き続けるのだった。



―――



 アイリスが再び目覚めたのは岩小屋のベッドの上だった。

 ドアの隙間から見える暗さからして夜中になってるらしい。

 色々飲まされた薬が本当に効いたのか、体は冷たく気だるいものの、昼間に味わった身を裂かれるような痛みは消えていた。


 背中には悔しい位心地良く暖かな感触。自分のものではない腕がアイリスを包むように覆っていた。

 まるで動けないアイリスを暖め、守るように背中から抱きしめる形で寝ているユキ。

 そしてアイリスの手の中には見慣れない、恐らくユキのものだろう装飾の綺麗な鞘に入った短剣が握らされている。


「(自分が気にいらなかったら刺して下さい、かな。これは卑怯だろユキ…!)」


 アイリス(自分)を守るような体勢で眠り、体や腕の冷たさと背中の温かさからからアイリスを暖めるように寝た上で、己を害するかもしれない短剣ものを手の中に入れておくソツの無さ。


「(こんな事されたら、あんな事されても許したくなるじゃないか)」


 今日一日に受けた仕打ちの数々。それに対する怒りや憤りが、粉雪が手のひらで溶けるように薄まり消えていく。


「(非道で冷血で情け容赦ない鬼畜な事をするのに、やる事は全部ボクの為。

 一つ位自分の事をやっていれば怒れるのに)」


 今日一日ユキがやってきたのは、アイリスを育てる為の事。スキルを覚えさせ、スキル熟練度を上げ、世界の黎明このゲームの知識を教えていた。

 どことなく楽しんでやっていた雰囲気はあるものの、ユキの得になりそうな事はなく。むしろユキは時間、金銭、知識、色々なものを失ってばかりだ。


 違和感を感じてベッドを触ってみると、昨日までのゴワついた荒麻とは違い、手触りの良い麻のシーツに、掛け布に柔らかな枕。ドアの内側にはぼんやり光る蛍石、夜間に虫を寄せない淡い光を放つ、夜光灯代わりのものまで増えている。


「(ユキの鬼、外道、鬼畜っ。もう遠慮なんてしてやらないぞ…!)」


 心の中で思いつける悪口を言いながら短剣を床の上に落とし、体を逆向きにしてユキの胸の中に顔を埋めるようにして目をつむる。


 アイリスはお互いの体温以外の熱を顔に感じながら、ゆっくりと夢の世界に落ちていくのだった。

悪意の無い天然Sは色々と扱いに困るものです。


次回はユキの過去話、ダイジェスト編的なものになる予定です。

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