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七穂の幼馴染

 早朝、ボロアパートの玄関の扉が勢いよく叩かれた。

 ただでさえボロい住宅なんだから、あんまり音を立てるとほかの部屋まで響いて迷惑だろう。


 寝起きのけだるい体に鞭打ちつつ、七穂は立ち上がるとソファーで寝ている『日食』に毛布をかけなおしてやり、玄関へと向かう。

 七穂としては一緒に寝たかったのだけれど『日食』が恥ずかしがって難色を示し、結局別々のところで寝る事になったのだ。


 ベッドか布団をもう一セット買おうかなと思う七穂。


 そんな思考に、玄関の木製の扉がドンドンと水をさしてくる。

 正確にはその薄い板一枚挟んだ向こうにいる誰かさんなのだが……。


「はい。杯ですが、どちら様でしょうか? 朝なのでもう少し静かにしていただけると助かります」


 ちょっとばかり皮肉を込めた言葉を口にしつつ、七穂は玄関を開けた。


「よかったぁ! 無事だったんだね七穂ちゃん!」


 扉が開いた瞬間に何か聞き覚えのあるかわいらしい女の子の声をした誰かが、七穂に顔を確認する暇を与えずに飛びついてきた。


 それは七穂にとって完全な不意打ちで、受け止める余裕なくバランスを失ってお尻から完全に倒れこんだ。


「昨日の夜ニュース見てから大事な仕事ほったらかして一番早い便の飛行機で帰ってきたんだからぁ……七色町が半分無くなったって聞いて心臓止まるかと思ったよぉ。ボク、すっごく心配したんだよぉ。ホント七穂ちゃん元気でよかった……」


 七穂の胸に思いっきり顔を押し付けながら涙声で語る彼女の顔をやっとの思いで七穂は確認する。


 何処となく間延びした口調ながらも早口でまくし立てる彼女は、七穂の幼馴染――文武蘭。

 栗毛色のショートへアは、彼女にリスのような印象を与える。

 女の子なのに自分のことを『ボク』という一人称が特徴的な彼女は、七穂が最後に会った三ヶ月前から何一つ変わっていなかった。


「蘭ちゃん。久しぶり~」


「久しぶりじゃないよぉ。もぉ、ボクが七穂ちゃんのことどれだけ心配したと思ってるの」


「ごめんごめん。でも、アタシは大丈夫だから。ちゃんと足もあるし生きている、でしょ」


 その言葉を聞いて蘭は七穂の体をひとしきり触り確認する。

 そしてすごくほっとした顔で。


「よかったぁ~」


 七穂よりも一回り小さい身体すべてを使って、まるで子犬がご主人様を見つけ飛び跳ねるように喜びを表した。

 七穂の身体に飛びつくと、ぎゅうぅぅっ。と熱烈な抱擁。


「ねぇ、ところでさぁ」


 ひとしきり抱擁を終えた蘭が自分よりも少し背の高い七穂を至近距離で見上げる。


「あそこにいる人、誰?」


 そういって指差した方向には、ソファの上に丸くなって眠る『日食』


「あれはひー……っと、『日食』さん。『正義のヒーロー』している人。あと……は」


 両の指をあわせて、少しだけ恥じらいながら。


「アタシの恋人」



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 部屋の中に入った蘭は、七穂の知っている彼女以上になぜかそわそわしていた。 

 七穂と話をしていても時々気になるとでも言うようにちらちらと『日食』の方へと視線を向ける。


 昔話に花が咲いても、職場の上司の愚痴を言っていても、誘われるようにその視線はぐっすりと眠る『日食』を露骨に捉えてしまっていた。


「蘭ちゃん、やっぱり気になる?」


「え? 何が」


「アタシの恋人」


「あ、えっと……その、『日食』さんすごく気持ちよさそうに寝てるなぁって」


「そうだね。もうお昼になるし、そろそろ起こしてもいいよね」


 気付かないうちにかなりの時間がたっていたんだと蘭は驚く。

 やはり昔みたいに七穂と話している時が自分にとって一番楽しい時間だ。


 ちょっと起こしてくる。と七穂がその腰を上げたときだ。


「んん? だれか呼んだか」


 自分の名前が出た事で目が覚めたらしい『日食』がソファーに座っていた。

 朝かけた毛布は床にずり落ちて、シャツの隙間から見える肌の色がなんとも扇情的だった。


 そしてなにより。


「ちょっとひーちゃん! アタシの友達が来てるんだからズボンかスカートくらい履いてよ。もう」


 『日食』の色気のある太ももがあらわになる。

 そして不思議な事についさっきまで寝ていたにもかかわらず、プラチナブロンドの髪の毛は何一つ乱れることなく足元までまっすぐとその存在感を放っていた。


「わーったよ。すぐ履く」


 二人の会話を見ていた蘭は、少しだけ嫉妬する。

 七穂と『日食』は会ってからまだ三日目だ。それなのに二人はすでに恋人同士で、しかもお互いに気兼ねない同棲生活を送っている。


 蘭は七穂とは家が近く、同い年だったため仲がよかった。おまけに自分よりも常に一歩先を進んでいる七穂のことを尊敬していたし、好きでもあった。

 この好きは恋慕なのか親愛の情なのか、どちらかは分からないけれど、年月が作り上げてくれた幼馴染という居心地のいいこの距離感。


 それをまるで馬鹿にするかのように『日食』は今、七穂の横にいる。


 羨ましく、それ故に蘭は『日食』と仲良くはなれないな。という半ば確信的なものを感じていた。


 夜になり、そろそろ帰らないと。という時間になって。


 見送る七穂。友好的な『日食』。

 帰るのは、自分一人だけ。


 家はこの近くに無事なまま残っている。たまたま出張で出ていただけで、そうでなければ町が半壊になるよりも早く蘭は七穂の家に来ていただろう。


 たった一人、帰らないといけない。

 その事実が、小さかった『日食』への嫉妬を少しづつ成長させていた。

 ちょっと忙しいんで、数日更新開くかもです。

 すいません。

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