お仕事と円卓とおでん
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感激です。
だらけきった『日食』に留守番を頼み夕飯の買い物をしに出かけた七穂は、『跳馬』にめちゃくちゃにされた町並みを眺めてため息をついた。
あの戦闘で町の半分がなくなり、残った半分も町としてまともに機能しない程度には破壊された。その中に七穂のバイト先もあり、現在七穂はほぼニートと言って差し支えない。
亡くなった両親が残した財産は人生を数回やり直しても使い切れないほどあるけれど、七穂はそれを使いたくなかった。
両親が嫌いだったし、何よりそれが綺麗な金でないことを知っていたかからだ。
「バイト探さないとなぁ……」
なにより今は美しい同居人もいる。
いや、同棲か……。
そう思うと頬が緩む。
ほとんど七穂の一方的な一目惚れだったし、『日食』も戸惑いながらだったけれどちゃんと彼女は七穂のことを受け入れてくれた。
でも、彼女はろくに仕事もないヒーローで、いうなればただ飯食らい。
怪人のいないここ数年は『悪のヒーロー』を倒せば多少の礼金は国から出てくるらしいが、『日食』いわく「馬鹿、町が半分無くなってんだぞ。何年か前に村を守る戦いで同じ事になったヒーローを見たことあるけど、高学歴のエリートが一生かかっても払いきれないくらいの修理費の請求書を押し付けられてた。そいつ、今はマグロ漁船に乗ってるよ。ヒーローの活動なんて何一つ出来てないだろうな」との事。
つくづくヒーローに厳しい世の中である。
こんなつらい当たり方されたら、ヒーローだってグレる。
七穂は、そのうちアタシが悪の秘密結社でも立てようかな、などと真剣に考えてしまった。
そうすれば否が応でもヒーローに頼らなければ成り立たない世界になるだろう。
それよりも当面は生活費だ。しばらくの間はバイトで貯めた貯金もある。
数週間くらいは『日食』を愛でて過ごせるだろう。
それでも極力、節約はしていきたい。
そう思いつつ家の近くにある最寄のスーパーに入る。
目的は夕飯のおかず。
みずみずしい太くて重い大根。
安かったちくわ。
特売品のたまご。
白いはんぺん。
もち巾着は高かったのでNG。
肉っ気も欲しいのでウインナーとか買ってみる。
あと最近ラーメンに入ってるのを見ないナルトとか。
ちょっと買いすぎたかな。と重い袋を腕にぶらさげた七穂は後悔する。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
夕飯は小さな円卓の上。煮立った鍋を二人で囲む。
きっちりと正座をする七穂とは正反対に、スカートのまま胡坐をかく『日食』。着ている服は朝とは違ってゆとりを持たせた服。
帰りがけに七穂が『日食』に似合いそうな大き目のサイズの服を選んできたのだ。
短めの半袖とスカートのため、ちょっとばかり露出が多いが『日食』は割と気に入ったようで七穂が家に帰ってきてからずっと着ている。
ちなみに下着も買ったがブラのサイズが七穂の予想よりも一回りずれていたらしく、明日また大きいサイズのものを買いに行く事になった。
そんな夜七時のゴールデンタイム。
部屋の隅に置かれた型落ちのテレビでは、先日の出来事が全国規模の番組で注目されていた。
あれだけ派手に町を壊していれば当然だろう。たまに見るニュースで『悪のヒーロー』が行った出来事といえばせいぜい政府の丸々と肥えた年寄りの殺害とか、汚職事件を起こした社長の自宅を粉々にしたりとか。
反面『正義のヒーロー』が何か行ったとしても、せいぜい地元の新聞の片隅に載る程度。
稀に『悪のヒーロー』や『悪の秘密結社』の残党を刑務所送りにした。という話もあるが、よい話が悪い話のように全国規模でメディアに広められる事はまったくと言っていいほどない。
報われない『正義のヒーロー』たち。
けして報酬目当てにヒーローをしている訳ではないだろうけど、あまりにも不憫だった。
「ねぇひーちゃん」
おでんの具を一つ一つ『日食』のお皿に盛りながら七穂は訊いた。
「なんだ?」
「『悪のヒーロー』ってどう思う? あ、はんぺんキライじゃないよね」
「うーん……仮にもヒーローやってるんだから悪い事はして欲しくない。きっとそいつらにも人を守りたいって気持ちがあったはずなんだけどな。ああっ! 煮たまご入れないで。白身がゴムみたいで嫌いなんだ」
「はいはい。それと、今日ふと思ったんだけどアタシが『悪の秘密結社』設立して社会に迷惑かけたら少しはヒーローの価値出てくると思う? おっと、大根煮崩れしちゃったけど許して」
「無駄じゃないかな。どーせ前のときよりも『悪のヒーロー』がいる分世間のヒーローに対する風当たりは強いぜ。待遇はよくならないと思う。おぉ! ナルトじゃん。久しぶりに食べるな」
『日食』の口ぶりから七穂は推測する。
ヒーローから見て世の中はたぶん誰よりも冷たくて、一般に『悪』と呼ばれる人たちはそれが嫌になってしまった。『正義』と呼ばれるヒーローたちだって、こんな世の中を好きになれるはずがない。
でも、きっと守りたい人がいたから今もヒーローを続ける人がいる。
『日食』にとって自分はそういう存在になりえるのだろうか。
小さな不安を胸に抱えて、七穂は目の前の女性を眺めた。
足まで届く長いプラチナブロンドの髪を携えて、モデルなんて比べ物にならないほど羨ましい体つきを持つ彼女の茶色い双眸からはなたれる視線は今、ぐつぐつと音を立てる鍋に向けられている。
まるで子供のように純粋な彼女は、自分が正義であると信じて悪を倒した。
七穂に彼女の心の内は分からないけれど、いつか振り向かせてみせようと誓う。
『日食』は鍋を見て何かに気がつくと、人知れず決意を固めた七穂に向かって言った。
「七穂~、もち巾着は?」
「もち巾着? 高かったから買わなかったけど、食べたかった?」
「……うん」
ちょっとだけ拗ねたような表情をして唇を尖らせる。
その顔があんまり可愛かったから思考をやめてつい見入ってしまう七穂だった。
ここまでが第一章って感じで。
次から心機一転、ドロドロ行くつもりでいます。