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七穂の戯言


百合チート(笑)

 大きいものが強い。


 それはこの世界においての基本的な法則であって、それは自然界においてもいえる。

 捕食者側が被食者側よりも極端に小さい事など、まずありえない。

 例外はあるにしろ、大きいという事はそれだけでかなりのアドバンテージとなり、相手との差を広げてしまう。


 そして、変形を遂げた『跳馬』はその頭が雲に届くほどまで巨大化していた。


 『跳馬』――もとい『暗黒馬』を見上げる七穂の目には、聳え立つ黒光りした前足が視界を埋め尽くしている。

 全身を見渡すには、いったいどれだけの距離を離れれば可能なのか。


 気付くと、足元まであるその長いプラチナブロンドの髪を紅色の紐で一つにまとめる『日食』の姿が横にあった。


「お前、もう逃げろ。五分だけなら、時間は稼げる」


 そういう『日食』の顔色は生気を失っていて青白い。

 けれども彼女の全身から満ち溢れている光は途切れることなくそのしなやかな体躯を覆っている。

 その姿は気高い百獣の王を連想させた。


「ううん、最後まで見てる。貴女が言い出したことでしょ」


「『正義のヒーロー』なんてカッコつけといてなんだけどさ、たぶん負けるぞ。あっさりやられて終わり。生き残ってリベンジなんてたいそうな事も出来ない。だから早く――逃げろ」


 七穂は首を横に振る。

 自分の生に興味がないわけではない。死ぬ事だって怖い。でもだからといってここで逃げたところで問題が先送りになるだけで何もよい方に傾いたりはしないのだ。

 なにより、目の前の『日食』が人間のために戦ってくれているという事実を無視して背を向けることが七穂自身に許せなかった。


「貴女たちの――――」


「ん?」


「貴女たちのエネルギー源は何?」


「さっきの『跳馬』が言っていた事聞こえてたのか……地獄耳だな。そんな事いいから早く逃げろよ――――くそっ!」


 二人が話をしている途中。そこに、『暗黒馬』のビルよりも何倍も大きな脚が無造作におろされた。

 『日食』が慌ててその淡く発光した腕で七穂を抱きかかえ、跳ねた。

 黒く巨大な槌のような脚が踏みおろされる寸前、足裏の範囲から辛くも抜け出せた。


 彼女のとっさの回避がなければ、とうに土塊と化していただろう。ただの足踏みが、それだけ膨大な威力を誇っているのだ。

 その足元はアスファルトの地面を簡単に突き破って、深くまでもぐり土色を外気にさらしている。


「ブオオオォォォォォ!」


 『暗黒馬』の正に地を揺るがす咆哮が空気を振動させる。 


 地響きが止み、ゆっくりと『日食』が口を開いた。


「早く逃げないと、本当に死ぬぞ」


「死ぬつもりはないわ」


 七穂の状況を理解していないとも捉えられるあっけからんとした返事に、『日食』は茶色い形の整ったその目を丸くした。

 七穂の細目から放たれる視線が、彼女を抱きかかえる存在のそれとぶつかる。


「たとえ死ぬんだとしても、この顛末を自分の目で見届けるくらいの意志はあたしにもあるわ」


 その言葉に、『日食』は紅い魅力的な口元をゆがめた。


「ふふ……あはははは!」


 気が狂ったのかと思うような笑い方。


「気に入ったよ、こんな変な女は初めてだ。教えてやる。ヒーローはみんな自分自身とその周りの人間の『意志』の力をそのままエネルギーに変えてるんだ。原理は知らん。そしてその変換効率はヒーローによって差があって、そのままヒーローの能力の差なんだ」


 例えば、と彼女はすぐ真横の『暗黒馬』を指差す。


「今こいつは人間に対する恨みと、この町いったいの恐怖をエネルギーに変えている。その力は見たまんま。ワタシも負の感情をエネルギーに出来ればいいんだけど……生憎そんな器用な事は出来ないし、それにワタシは正義のヒーロー以外の生き方を知らないんだ」


七穂はその言葉をしばらく無言で聞いていたが、やがて何か納得したように頷く。


「決めた。『日食』さん。アタシの恋人になって」



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



「は?」


 自分たちの置かれた状況を無視した、『日食』にとっていきなりすぎる七穂の告白にすぐそばの危機さえも忘れて呆然とその場に固まる。


「だから、アタシの恋人になってよ」


「だからなんで?」


「貴女一人じゃ、あの黒いのに勝てないんでしょ。意志の力も足りない、そういうことでしょ。じゃあ話は簡単じゃない。正の力――愛の力で命がけで恋人のアタシを守ってよ」


 バカじゃないのか――と『日食』はこめかみを押さえた。

 ワタシにレズっ気はないぞ。と言おうとしたとき七穂の手がそっとその紅色の唇を抑える。


「貴女の周りの人の意志の力も入るんだったらアタシが貴女を愛したっていいはずじゃない。一方的な愛を、受け止めて」


 そう言うと七穂は『日食』の体型に比べ少し大きすぎる彼女の胸元に頭を預けた。


「なぁっ!」


 驚いたのは『日食』。

 けれどすぐに引き離すでもなく、七穂の肩に両手を置いた。その顔は照れか羞恥か、青ざめていた顔から血色がいいというレベルをとうに通り越して真っ赤に染まっている。


「ふぅ……」


 そっと息を吐く。彼女の心情は複雑――けれど温かかった。

 冗談だと思いたいけれど、信じられないほど全身に力が満ち溢れているのだ。


 今まで人々から応援されてきたのはなんだったのだろうか。

 万人の大観衆の声援が、命を賭した仲間の叫びが、立った一人の少女の自分勝手な戯言がもたらすエネルギーの足元にも及ばない。


 自分が『最強』と呼ばれていた時代をはるかに上回る充足感。


 愛ってなんなんだろうな……。


 『日食』はあまり足りていないと自覚しているその頭で必死に考えようとしたが、その思考はすぐに頭上の『暗黒馬』によって散らされる。


「ブオオオォォォォォ!」


 すぐ耳元で馬の低いうなり声。

 ただその音量だけは通常の馬の物とは次元が違った。


 先ほどと同じように、『暗黒馬』がその大質量を己の前足に乗せて、今度は無造作にでもなんでもなく、明確に踏み潰してやろうという意志とともに振り下ろしてきた。

 その威力はただ無造作に振り下ろしたときと比べくもない。



 だが『日食』は避けようともせずに、七穂の肩にかけていた片方の腕をすっと真上に突き出しただけだった。


 音もなく、ビルの大きさをゆうに超える黒い脚は振り下ろされた。

 しん、とした静寂が漂う。


 はじめに異変を感じたのは『暗黒馬』だった。

 目障りなこの小さな虫けらたちを跡形も残らないように、あわよくば大地すらも踏み抜こうと全力で脚を踏み抜いたのだ。

 そこに慢心や手心はない。

 それなのに、自分の前足は薄いアスファルトすらも砕けていないのだ。


 ためしにアスファルトを砕こうと脚に軽く力を込めたとき、足元で起こっていた異常を理解した。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 七穂は、『日食』に抱かれながらもずっと目を見開いていた。


 けれど感じたのは明るかった世界が急に暗転した事だけ。

 それなのに、光は完全に途切れることなく淡く自分と彼女を照らしていた。

 横を向くと、楕円状に光が差してくる。


「まさかこんな簡単に出来るとはな……」


 『暗黒馬』の攻撃を受け止めた事が感慨深いように『日食』は呟いた。


 そして七穂は理解する。


 先ほどまでの自分達の置かれていた状況。圧倒的な『暗黒馬』という存在が自分達を道端の蟻のように踏み潰そうとした。

 その脚を『日食』が受け止めたのだ。しかも片手で。

 衝撃を地面にも逃がさずに、腕の動きだけで超質量の力を打ち消しきった。


 スポーツ、テニスでたとえると相手のスマッシュを受け止める事と同義。当然、自分はその場から動く事も出来ないし、球を一瞬でも弾いてはいけない。

 勢いだけをすべて正確に殺す事で出来る芸当。

 それがどれだけ異常なことか。


 理解して、七穂はもう一度思いを口にする。


「勝って。アタシの恋人は悪のヒーローをものともしない本当の正義のヒーローだって、アタシに信じさせて」


 抱きかかえられた状態で『日食』を見上げる。


 愛という感情を体験的に知らない『日食』は体の奥底から満ち溢れるエネルギーに戸惑いつつも、七穂を見つめ返すと首を縦に振った。


「勝つさ」


 直後、天にも届きそうな『暗黒馬』の巨躯が、その超質量とともに空を舞った。




次回決着つきます。


あっさりと。


今更ですけど、作者はネーミングセンスないので誰かカッコいい名前考えてくれませんか?


募集してます。

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