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『正義』対『悪』@ひーろー

 『日食』の動きは酷く緩慢なものだった。

 否、決して遅いわけではない。速度で言えばむしろ早かった。けれどどうしてだろうか、七穂ですら彼女の動きの一つ一つまで、目で追えるのだ。


 気付けば『日食』は『跳馬』に肉薄していた。

 だが、先に仕掛けたのは彼女ではなかった。

 『跳馬』の拳が『日食』に向けて突き出した瞬間を七穂の目は捉えた。

 しかし今度は、先ほどのように『日食』が視界から消える事はなかった。


 絶妙な剣捌きで『跳馬』の殴る蹴るといった攻撃を一つ一つと無力化していく。


 幾度か『跳馬』の周りで閃光が迸った。


 打ち合いは互角に思えた。


 けれども、数局のうちに戦況はがらりと変わった。


 がきぃん……と鳴った鈍い音。瞬間、苦虫を噛み潰したような表情の『日食』の姿が目に映る。

 その手から半ばで折れた諸刃の剣が捨てられ、新たに拳が握られる。


 そして、消えた。

 否――おそらくそれは七穂に近く出来ない速度に達したか、彼女が何らかの能力を使ったからであり、けして消えたわけではないだろう。おそらく後者だ。彼女の動きは消える寸前まで緩慢なままであり、両者が殴り合っているのであろう音は高速度のもの同士のテンポとは違ったからだ。


 『跳馬』の胴――わき腹の辺りに『日食』の軽い一撃が入ったのを境にして――


 ついに音までもその場からなくなった。


 七穂は消えてしまった『日食』を目で追う事をあきらめて空中に立ったままの『跳馬』の姿を凝視した。


 彼の周りには何故今の今まで気付かなかったのだろうというほどのどす黒い雰囲気が漂っている。

 それは七穂から見ても邪悪なものだと感じられた。


 ぞくり。と背中に寒いものが走る。

 無音は、その前兆か。


 『跳馬』が振り向いたかと思うとその右足を彼のいる左斜め上に向けて思いっきり振りぬいたのだ。


 どぉん……と辛うじて聞き取れるような低い音が響いた。

 一瞬遅れて、先ほどビルが崩れたときよりも凄まじい轟音が衝撃波として七穂の体の全身を打った。


「……え?」


 そして眼前の出来ごとに信じられず瞬きをする。


 七穂のいる前方二百メートルほどから向こうが、土色の更地になっていたのだ。

 七穂一瞬も目を閉じなかったはずだ。『日食』のいっていたとおりずっと上空の彼らを見つめたまま目を見開いていた。


 それなのに、気がついたら目の前の出来事が信じられずに瞬きをしてしまった。

 轟音とともにして一瞬のうちに、過ごしていた町の半分が更地となってしまったのだ。


 ただ呆然と、空へ視線を移す。


 この光景を作り出した本人――『跳馬』。

 そしてもう一人、『日食』がいつの間にか姿を現していた。

 新しく卸したと言っていた衣装はすでに見る影もないくらいにぼろぼろで、けれど彼女は右手で『跳馬』の振りぬかれたはずの足を掴んでいた。


 ただその表情に先ほどまでの飄々とした余裕な表情はなく、憎悪よろしく敵を見る目に変わっていた。


「お前……今この町のすべてを破壊しようとしただろ」


 抑揚のない声。

 その言葉に、初めて『跳馬』が口を開いた。


「ああ、全部潰そうとしたよ。何か悪いか? どうせ元々全部ぶち壊す気で来たんだ。お前も見えなかったし、まとめて消しちまうのが一番楽だったんだよ」


「ああ分かった。じゃあワタシは改めてお前を敵とみなす。『悪のヒーロー』をワタシは全力で潰しにいく」


「なに寝ぼけた事言ってんだ? 『日食』ぅ! 今の俺の攻撃から町を庇ってボロボロなくせによぉ。服を直すような余計なエネルギーも残ってないくせに俺と戦おうっていうのか?」


「ああ。その通りだ」


「は、馬鹿か。第一世代と言ってもエネルギーがなければただの人間と同じじゃねぇか」


 先ほどまで『跳馬』の全身を覆っていたどす黒いオーラが今度は右足、の一点に集中する。

 その足は『日食』に向かって蹴りぬかれる。


 だが彼女ははじめに見せたような緩慢な動きを繰り返し『跳馬』の連撃をいなしていた。


「くそ、なぜあたらねぇ!」


 苛立ちを含んだ叫びが『跳馬』から発せられる。

 現に、スピードでは明らかに『日食』を凌駕している彼の攻撃はいまだに一つとして有効打を放てていないのだ。


 しばらく彼らの動きを凝視していた七穂は、ある事に気付いた。


 いつの間にか、スピードが拮抗してきているのだ。

 目に見えて緩慢だった『日食』の動きは変わっていないのに、速かったはずの『跳馬』の動きが鈍っているのだ。


 否――鈍っているのではなく、速いまま遅い空間の中に取り込まれていくという表現の方があっている。まるでスローモーションの動画を見ているようだ。


 そして、防戦一方だった『日食』がついに反撃に出た。


 ただ型もなく不恰好に『跳馬』に殴りかかる。

 殴りかかる、というには少し語弊がある。ただ固めた拳を前に突き出したという感じだ。


 当然のごとく、勢いのない拳は『跳馬』の黒く染まった足に弾かれた。

 七穂も、一連の動作をその目に捉えたはずだった。


 攻撃は防がれてしまった。

 その認識は間違っていない。


 ただ、『日食』の拳に触れた部分が、はさみで型を切り取ったようにぽっかりとなくなっていた。


「…………ッ」


 その事実を頭が理解した『跳馬』は焦りを含んだ舌打ちとともに『日食』から慌てて距離をとった。


「なんだ、もう終わりか?」


 『日食』のヒーローというよりも悪役の台詞。

 けれど今の彼女には何故かそれがしっくりとはまった。


「なめてたよ、『元』最強のヒーロー、『日食』を」


 眉をひそめて『跳馬』が憎憎しげに言う。


「さっきまでの俺は第一形態。変形後の俺の戦闘力はさっきまでとは比べるくもねぇ」


 『跳馬』のそれは明らかに月並みな雑魚の台詞。

 けれど『日食』の表情に余裕は戻らない。むしろこれから来る敵に備えて心構えをしているように見える。


「『跳馬』第二形態――暗黒馬!」


 黒い光に包まれてその場に立っていたのは、質量保存の法則を無視して想像を絶する大きさになった『跳馬』だった。

 頭の天辺に生えた漆黒の角はは雲にも届くかというほどだ。

 その姿は光沢のある漆黒のよろいで覆われた、中世の騎士が跨るような騎馬だった。



今回はただバトルだけだったんで、次はなるべく百合百合したいなぁ……

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