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主人公はヒーローではありません

サブタイトルよくなかったですかね……

 駅前の商店街を、ふらふらと歩く高校生くらいの少女。

 店頭に並べられた服を手にとって肩に合わせるその姿は、彼女自身の器量のよさも相まって道行く人たちの目を引いた。


 今日はバイトの給料日で、久しぶりに欲しい服が変えるのだ。

 少女――杯七穂は、嬉しさをこらえきれず口元に笑みが浮かんだ。


 普通の女の子のようにすごす事が、とても楽しかった。


 今の時代、『普通』を享受できる人間はあまり多くない。いつどんなときに『悪』のヒーローたちが何をしでかすか分からないからだ。

 彼らはテロリストと同じなのだ。予告なしに仕掛けてくる分、テロリストよりもたちが悪いかもしれない。


 けれど、それを防ぐのは警察ではなかった。守るのも、ヒーローたち。

 数少ない、人間の側についたヒーローたち。彼らが、『悪』のヒーローたちに対する抑止力となってくれる。


 壊すのもヒーロー。

 守るのもヒーロー。


 そんな事を考えていたら、七穂はなんだか鬱々とした気分に襲われた。

 大きなため息を一つ。


 やめよう。こんな事考えるのは。

 

 大きく頭をふって、手に取った服に視線を戻した。七歩の手にあるのは、彼女の背丈に明らかにフィットしないであろうぶかぶかな、百合の花の描かれたシャツ。


「こういうの、好きだけど人前では着られないかな……」


 寝るときに羽織ろう。

 ポツリと呟き、心のなかで決めた。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 いったい何が起きたのだろうか。

 買い物の帰り道、七穂は背後で聞こえた爆音に慌てて振り返った。


 視線の先。商店街を囲むようにして連なっているビルの一つが、瓦礫の山と化して崩れ去っていく。

 少し離れた所であるにもかかわらず、七歩の周囲では人々が悲鳴を上げながら走っていた。


 そんな中、七穂は冷静にビルの倒れていく様を眺めていた。

 逃げ惑う人々。ビルが崩れたのも、おそらくヒーローの仕業であると頭では分かっているのだが、自分たちに被害が及ぶのは嫌なのだろう。

 勝手だな。と呟いた。


 誰にも聞こえないように呟いたつもりだったが、地獄耳というか、そういうことに目ざとい奴はいるものである。


「嬢ちゃん早く逃げな! あいつらが勝手なのは今に始まった事じゃないだろう! 急がないと、巻きぞえ食うよ!」


 見れば商店街の八百屋のおばちゃんである。

 エプロンをしているはずなのに、お腹から背中にかけてとめている紐はぱっつんぱっつんだ。

 丸々肥えていて、豚のよう。否、豚に失礼か。


 勝手なのは彼らじゃなくて、貴方みたいな人間でしょう?


 口には出さずに、そっと心の中に留めておく。


 七穂を急かすいかにも自己中心てきであろうその油にまぎれた醜い顔は、恐怖か怒りか、さらに醜く歪んでいた。目も顔についた肉のせいでどこにあるか分からない上に、唇までもが肉と同化していて、どこまでが肉でどこからが顔のパーツなのか判別する事が難しいくらいになっていた。


「あたしゃ先に行くからね! 死んでも知らないよ!」


 いつまでも逃げる気配が無い七穂に呆れたのか、捨て台詞を残して、肉の塊は去っていく。

 漫画みたいに、こういう台詞を言った奴が大抵次のコマで死んでいる事を期待したのだが、そんな事はなかった。


 もう一度、七穂は倒れていくビルを見つめた。


 先ほどまでビルの天辺があったところに、小さな黒い影が一つ浮いている。

 おそらく、あれがビルを倒壊させた張本人だと七穂は思う。


 ゆっくりと、その影が背中に生えている羽らしきものを羽ばたかせて動いた。黒い影は、ついさっき倒されたビルの隣に立っていたビルの横に来て、その動きを止めた。

 空中で腕を振り上げるしぐさ。

 影はその腕を、無造作に振り下ろす。


 一瞬遅れて、爆音。

 七穂の目に映るのは、二つに割れるように倒れていくビル。


 幸いにも、ビルは七穂のいる商店街に向かって倒れてはこなかったが、次はどうなるか分からない。


 コンクリのビルが完全に倒れ、土煙が立ち上る。

 黒い影はまたその隣のビルへと標的を移したらしく、表面のほとんどがガラスで覆われたビルへとゆっくり近づいていく。


 影が腕を振り上げた瞬間だった。


 いつの間に現れたのであろうか、見るものによっては黄色とも白とも受け取れる色で、ぼんやりと発光した何かが黒い影の隣に浮いていた。


 影の動きが止まる。

 発光体はただそこにいるだけだ。


 突然、われに返ったように黒い影はその振り上げた拳を発光体に向け、振り下ろした。

 視界から発光体が消える。

 今度は音すら立たなかった。

 その代わりに大気が悲鳴を上げ、その衝撃が大地を震わせた。


 七穂は、見えない縄に体を縛られたようにその場に固まった。

 膝が笑っている。立っているのもやっとだった。


 低く鈍い音が耳の近くでなった事で、七穂ははっと意識を戻す。

 八百屋の店頭に並べてあった真紅の林檎が、目の前を舞った。同時に林檎の香りが鼻腔をくすぐる。


 振り向いた事で、七穂は何が起きたのか理解した。


「痛たた……」


 もはや売り物にならなくなった林檎の山の中から、女性が一人。

 右手で頭を抑えつつ、左手で素肌の露出した衣装のあちこちについた林檎の欠片や果汁を払っている。

 その女性はため息混じりに立ち上がった。


「くそ、全身林檎まみれじゃねぇか。どうすんだよこれ」


 彼女が何者か、淡く発光しているその体躯がすべてを物語っていた。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



「あの……」


 七穂は少し引き気味に彼女に尋ねる。


「ん? なんだ?」

「あの、大丈夫ですか?」

「ああ、これでもアタシはヒーローだからな。人間よりはちょっと丈夫だ……くそ、『跳馬』のやろぉ思いっきし殴りやがって、新しく卸した衣装が台無しじゃねぇか」


 地上から優に百メートルはあろうという上空から殴られ叩き落された事よりも、着ている服のことを心配するこの女性は、容姿からして明らかに人ではなかった。

 まず目にとまったプラチナブロンドの髪は足の付け根ほどまで自然と伸ばされ、それでいて痛んでいる様子もまったく無い。

 それに加えて目を見張るべきはそのスタイルである。

 七穂よりも少し背の低い彼女はそれでいて出るところは出ている。はっきり言って、モデル顔負けの体つきをしていた。


「この服、洗濯機でそのまま洗えるのかな?」


 などととぼけた事をいっている。

 けれど現状はまったく笑えるものではない。黒い影――彼女が『跳馬』と呼んだ男はまた次のビルを殴り壊そうと空を歩く。


 そうして腕を振り上げる。

 次の瞬間には、またビルが凄まじい音を立てて崩れていった。


 女性はその一連の動作を冷めた目で見つめ、振り返りもせずに七穂に尋ねた。


「お前、名前はなんていう?」

「七穂です――杯七穂」

「そうか。七穂、あそこにいるのは何に見える?」


 彼女のその質問に七穂は一瞬疑問符を浮かべたが、すぐにその意図を理解すると彼女に返す。


「ヒーローですね」

「ああ、ヒーローだ。けどあそこにいるのは悪のヒーローだ」

「でしょうね」

「図太い神経をしているな。悪だの何だの始めに決めたのは人間たちだろう? 勝手なもんだな」

「知ってます」

「はっ、生意気。いいか、これからワタシはあの『跳馬』を止める。これ以上ビルも何も壊させない」


 発言から察するに、発光する彼女は『正義のヒーロー』なのだろう。人間の味方をするという至極自分勝手な理由で人間たちにつけられた『正義』の称号。

 まるでそれが自分の誇りであるとでもいわんばかりに彼女は叫んだ。


「『正義のヒーロー』が捨てたものじゃないって思わせてやるよ。瞬きなんてしないで目ぇ見開いてな」


 そういってどこからか現れた、装飾の施された派手な諸刃の剣を右手にとった。


「ワタシの名は『日食』! 史上最強のヒーローとうたわれたワタシの力、とくと見ろ!」




読んでいただけて幸いです。

ありがとうございます。

早速のヒロイン登場です。

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