終戦
だいぶ間が開きました。ごめんなさい。
真夜中の闇のような煙が『魔女』を中心にして渦巻いていた。
その様子はまるですべてを飲み込んで逃さないブラックホール。
あれは、ヤバい。
そう直感が囁いている。
以前に『暗黒馬』と相対したときとも違う恐怖。あの時は、圧倒的な質量という分かりやすくも強大な脅威だった。
けれどもこれは違う。
本能に直接響く、まるで夢の中で感じる恐怖に似通った感覚。
七穂が必死に震える膝を押さえつつその黒い煙の行く先を目で追う。
まるで腹をすかせた蛇のように、街へとゆっくりゆっくり進んでいく。
「七穂」
『日食』がポツリとつぶやいた。
けれどもそれはしっかりと七穂の耳に届き、両腕で全身を抑えつつも顔を前に向け『日食』へと視線を向ける。
「うん。わかってる」
蘭とつないでいた手を離し、『悟空』の横を無言のまま通り抜けて。
「あははははは!」
狂気のような『魔女』の歓喜の叫びが響く中、彼女は『日食』の隣へ凛と背を伸ばした。
たったそれだけで七穂と『日食』はお互いに、母親の腕に抱かれるような安心で満ち溢れていく。
そして七穂からの片側通行とも言える愛は『日食』のエネルギーとして供給される。
「お任せするね。ひーちゃん」
「ああ、任された」
太陽を脇役のごとく背景に携えて、『日食』ははにかんだ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
『日食』は地面を蹴り、宙へ浮かぶ『魔女』と対峙する。
済ました表情に映える美しい唇を真一文字に結ぶ彼女とは正反対に『魔女』は余裕であるかのような笑みを浮かべたまま『日食』を眺めていた。
「あはははは! なに? 戦うの? へー。ほー。ふーん。そっか、あなたも『龍姫』ちんみたいに食べられにきたの?」
『日食』はゆっくりと頭を左右に振った。
「お前にワタシは倒せないよ」
「あっははぁ! おもしろぉい。だったらやってみようよ!」
『魔女』は右手を黒い煙へと向ける。漆黒の塊――不定形な闇だったそれは徐々にその形を変えていつしか人間一人くらいのサイズの球体になる。
次の瞬間、ひび割れて。
分裂。分裂。分裂。また分裂。
十六の球体へと形を変えた。
『魔女』はその球体をヨーヨーのように自在に操る。
「触ったら・・・・・・死んじゃうよ」
不敵に笑うと、球体のひとつを『日食』へ向けて無造作に放り投げた。
それでも『日食』はその場を一歩も離れずに、そっと包み込むように片手で球体を受け止めた。
「・・・・・・・・・・・・え?」
『魔女』の困惑。
「何で? どうして? この魔法は触ったものすべて無に返す無敵の魔法だよ!」
荒れ狂った様にやたらめったら球体を投げつけ、その一つ一つが地面を抉る。
否――抉るのではなく、触れた場所が真っ黒に染まっているのだ。
そこには存在そのものが何も残っていない。ただの無。
「ほら! 地面だって無くなっちゃうんだ・・・・・・それなのにどうしてお前は消えない!」
怒りを顔に浮かべる『魔女』。
それを見つめたまま、『日食』はきわめて冷静に。
「ワタシの能力はエネルギーの中和、そして中和されたものは消失する。その真っ黒な球体もおんなじだよ。見たら分かった。
中和剤と中和剤を混ぜても、反応なんて起こらない」
「そんな、そんな理由でこの魔法が! うう。うわあああぁぁぁ!」
小動物が威嚇するかのように叫びながら、『魔女』はまた球体を八方に投げつける。
「嘘だ。嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ! 私の魔法が効かない相手なんているもんか! ほら、死ねよ! さっさと消えちゃえよ」
けれども投げたものそのすべては『日食』に当たる前にすべてのエネルギーを失い、霧散していく。
『日食』が一歩踏み出す。
「来るな! くるなよおぉぉ!」
すでに『魔女』の叫びは悲痛なものに変わっていた。
『日食』はまた一歩踏み込むと、跳躍。次の瞬間には彼女の右拳が『魔女』の鳩尾に深々と突き刺さっていた。
音もなく、すべては終わった。
ぐらりと『魔女』の体が揺れて、意識を失ったのか重力にしたがってその体は落下していく。
圧倒的だった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
あとにはぼろぼろになった街だけが残った。
現況となった悪の怪人たちは遅れて駆けつけてきた『正義のヒーロー』たちに駆逐され、七穂たちと相対した『悪のヒーロー』たちは消滅してしまった『龍姫』を除き、二人とも『日食』に縄で縛られていた。
特に特徴もないただの縄なので彼らが力を加えればすぐにでも千切れてしまうのだろうが、二人ともすでに戦意は残っていなかった。
「アタシたち、勝ったんだよね?」
七穂がふとした疑問を口にする。
荒れ果てた街を見てしまっては、そんな疑問が浮かぶのも当然だ。
「ああ。勝ったさ」
『日食』がぶっきらぼうに答える。けれどその表情は硬い。
「ここまで壊れて、これからこの街はどうなるんだろうなって思ってな・・・・・・」
その言葉を聞いて七穂は自分の全体重を『日食』の細い肩へと預けた。
「そーやって周りのことばっかり心配する。このままだとアタシたちマグロ漁船に乗ったヒーローみたいに賠償金とか払わないといけないかもよ?」
「そーかもな」
「でもね、そんなひーちゃんだから好きになったんだ」
「・・・・・・・・・・・・」
「嫌?」
「・・・・・・そんなことない。ありがとう」
『日食』はほほを染めながら答えた。
たぶん、戦いのとき意外では始めて彼女は七穂の愛を受け入れた。
「あのぉ~」
二人の後ろから、恐る恐る蘭が声をかけた。
「爆発しろ」
「「なんで?」」
七穂と『日食』の声が重なった。蘭は笑いながらそれを見守る。
悔しかった。蘭は七穂に恋慕の情を抱いていたからこそ、その悔しさは余計に渦巻いている。
けれど、人の恋心だけは決して意のままになるものではないことを蘭は知っていた。
だから。
だから今できるのは二人を見守って、たまに横からちょっかいをかけることだけ。
さまざまな余韻を残しながらすべては終わろうとしていた。
次で終わります。
俺たちの戦いはまだまだこれからだ!
・・・・・・すみません。言いたかっただけです。




