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 難産でした・・・・・・

 ――喧騒。悲鳴。


 七穂がフロア内を見回すと、老若男女の区別なく。

 従業員から怪人へと姿を変貌させた者の近くにいた人々が不幸にも真っ先にその身体を蹂躙され、肉塊へと変わっていった。


 ある者は首から上を齧りとられ、またある者は体を怪人たちの鋭い爪や強靭な腕で二つに裂かれて、内容物を磨かれた床の上に撒き散らしていた。


 そんな中、七穂は頭の整理が追いつかずに呆然とその状況を眺めていた。

 鼻腔を、生暖かい地の香りがくすぐる。

 耐え難い吐き気。昼に食べた物がすっぱい胃液と共に逆流してきて喉を焼いた。


 床に膝を突いて目じりに涙を浮かべつつ、けれど決してそれをぶちまけることなく必死に押し込めて遠のく自我の中、七穂は己の恋人と幼い頃からの親友を見上げた。


 蘭は嘔吐こそしなかったものの、顔面を蒼白にしてその場に立ち竦んでいる。


 対して『日食』はそんな中でも凛々しく背筋を伸ばしてまっすぐに立っていた。

 ただその表情だけは居間まで七穂が見たこともないほどに強張り、茶色い双眸はいつものように明るい色ではなく、深く冷たい色をしていた。


「赦せねぇ……」


 彼女は小さい声で一瞬だけ呟いたが、その言葉は誰にも届くことなくいたるところから聞こえる悲鳴と破壊音にかき消された。


「ハハハッ。もう『計画』は最終段階なんだ。こんな店も資金も必要ねぇ! 全部ぶっ壊しちまえ!」


 怪人が狂ったように歓喜とも取れる叫びをあげる。そこには『秘密結社』としてのプライドも何もなく、下衆な笑いと欲望に狂った悪の怪人がいた。


「テメェらもいい加減目障りなんだよ。特にそこのチビにはでっかい借りがあるからな。この建物の中に何十といる怪人に八つ裂きにされて死んじまえ!」


 そういうと蛸の姿をした怪人は触手のような八本の腕を同時に振り上げた。


 瞬間、その体が硬直する。


「……あが? は?」


 全長二メートルはあろうかという体躯の、人間であれば心臓が位置する部分にぽっかりと。

 体の半分を抉ったかのような大きな穴が開いていた。

 当然あるべき形を失ったその体はバランスを取れなくなり仰向けになるように背中から倒れた。


「ワタシはお前ら『悪の秘密結社』を敵とみなす。『計画』とやらがなんだか知らんが覚悟しろ。跡形も残してはやらないぞ」


 『日食』が突き出した拳をさらにぎゅっと握り締めて。

 迷いなく、宣言した。


「ワタシの名は『日食』! 『正義のヒーロー』の存在ををその目にとくと刻め!」



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 気が付いたら。すべてが終わっていた。

 七穂が我を取り戻したのは、彼女たちのいた洋服を売るフロアー。最上階に最も近い階の怪人を『日食』が蚊でも潰すかのように倒しきって、次の階へ行ったところだった。


 『ヒーロー』と『怪人』の力の差は歴然としていた。

 今回、『日食』は七穂の愛の力を満足に受けてはいない。それでもかつて『悪の秘密結社』を葬り去ったヒーローたちとその構成員である怪人達の地力の差は圧倒的なものがあった。


 怪人がヒーローに勝てないのは物語の中でですら決まっている。


 『日食』による怪人たちの殲滅作業。

 そう呼ぶのがもっとも相応しいであろう。


 七穂たちのいる階にいた十程度の怪人たちは瞬く間に地に伏した。

 残るのは被害にあった人々の残骸と残された人たちの啜り泣く声。


 少し離れたところにあるしたの階へ通じる階段からは、いまだに多くの悲鳴が飛び交っている。


 七穂はようやく働くようになった頭で蘭に問いかけた。


「蘭ちゃん、怪我なかった?」


「うん。ボクは大丈夫だから……」


「そっか。よかった……ひーちゃん一人で大丈夫かな……」


 消え入りそうな声で七穂は長年の幼馴染に愛する恋人の事を問う。


「たぶん大丈夫だよぉ。強かったから」


 答えながら、蘭は七穂の背をさする。


「ねぇ…………」


「どうしたのぉ?」


「『悪の秘密結社』って、アタシたちの知らないところでいつもこんな事やってたのかな?」


 蘭は無言のまま、七穂をぎゅっと抱きしめた。

 今のの質問に答えるのなら、「やってたよ」と言う事が出来た。

 けれど蘭は七穂にそれを知らないままでいて欲しかったし、自分も今まで何度もその事で苦しんできた。

 七穂が彼女の無言をどのように捉えたかは分からない。


 自分が苦しんできたからこそ蘭は七穂にたった一つ秘密を持っている。

 言い出せないことが無性に虚しかった。

 七穂の知らない事を知っている自分。

 それを言えばまた七穂は傷つく。それが分かっているから、一人で抱え込んでいる。


 七穂は、蘭の秘密の一端を知っている。

 けれどそれは自分と蘭の生い立ちに関するところまでで、その先は知らない。もちろん、蘭が怪人相手に暗殺稼業をしている事も知らない。

 だから七穂は自分のことを『日食』にも明かしていないし、自分の事を知りたいと思いつつも心の奥深くではきっとそれを拒否してきた。


「蘭ちゃん……アタシさ」


 下の階からコンクリの支柱を伝って爆音が響く中、七穂は蘭を見上げる。

 その整った顔は涙と鼻水で見る影もなく崩れて、まるで幼少の子供が泣くときのように頬を上気させている。


 そして落ち着かないままに、『悪のヒーロー』と相対したときすら一つも漏らさなかった弱音をぶちまけた。


 二人の、真実。


「……『秘密結社』のボスだったアタシのお母さんやお父さん、幹部だった蘭ちゃんのお母さんやお父さんがこんな事をしてたなんて……思いたく、ないよ」


 爆音がやんだ。

 『日食』が怪人をすべて倒したのか、それともやられてしまったのか。


 確認は出来ない。それでも、勝ったのなら程なくして二人のところに戻ってくるはずだ。


「七穂ちゃん。ボクッ……!」


 ばれてしまうのが怖かった。

 嫌われてしまうかもしれない事が怖かった。

 彼女の心の傷をまた抉ってしまう事が怖かった。

 彼女の知りたがっていた事を今まで隠していたし、何より自身の事を何で今まで全てを教えてくれなかったと罵られるかもしれないことが、蘭の心に大きな枷をかけていた。


 でも、自身が『日食』と共に戦線に参加していればもっと多くの人を救えたかもしれない。

 そもそも昨夜蛸の怪人を取り逃がしていなければこんな事にはならなかったはずだ。


 複雑な感情の全てを抱きながら。


 蘭の告白が始まる。




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