テレパガム
テレパガム
「ママ、サンタさんにわたしてくれた?」
「えっ、ええ。ちゃんとわたしといたわよ。でもシンちゃん、あれってどういうガムなの?」
「ひ・み・つ」
ぼくはそう言って二階にあがっていった。
ぼくは前から思ってる。だいたいサンタクロースってにぶいんだよ。ぼくがほしいものを全然わかってくれていない。去年のクリスマスだって、ぼくはレーシングカーがほしかったのに、プレゼントでくれたのは日本地図のパズルだったのだ。
サンタさんにぼくがほしいものをわかってもらうためにはテレパガムしかない。そう、きのうおかあさんにあずけておいたガムだ。
テレパガムというのは、この前、のらねこのミータがくれたものだ。学校からの帰り道、ぼくが歩いているとき、横のへいの上で寝そべっていたミータが突然話しかけてきたのだ。いや、話しかけてきたというより、ぼくの心の中に入り込んできたというべきかも知れない。
「おい、シンヤ。今日は、ひどく深刻な顔してるじゃないか」
「えっ、ミータって話ができるの?」
「なあに、わけないことさ。ただ、めったに人間に話しかけたりしないから、話せると思ってる人は少ないけどね」
「へえ、そうだったんだ」
「で、なにを悩んでるんだい」
「今年のクリスマスプレゼントのことだよ。ママの話だと、どうやら今年、サンタさんは地球儀をくれそうなんだ。でもぼくは本当はね。ギンガマンのロボットが欲しいんだ。一年二組のほとんどの男子が持ってるんだよ。それでどうしたら、サンタさんにぼくの気持ちをわかってもらえるか、考えてたんだよ」
「なんだ、そんなことか。ついて来な」
ミータはそう言って、ぼくをミータのかくれ家に連れていった。
「ほら、これをやるよ」
「なんなの。これ」
「テレパガムっていうんだ。このガムをかめば人の心が読めるんだよ。味が残っている間だけだけどね。サンタにこれを食べさせて、その間に、シンヤが念じればいいのさ。ぼくが欲しいのはギンガマンだ、ってね」
「これ、どうしてぼくにくれるの?」
「シンヤは、おれによくエサくれるからな。そのお返しだよ」
「ありがとう」
「言っとくが、人の心が読めるっていうのは、いいことばかりじゃないぞ」
ぼくはこうしてテレパガムを手に入れたのだ。
ぼくはガムの袋から一枚抜いて、きのうママにあずけた。ママはいつサンタさんにわたしてくれたんだろう。サンタさんがガムをかんでいる間に、ぼくの気持ちを伝えなければならない。サンタさんがガムをいつかむかわからないので、ぼくはガムをママにわたしてからずっと、「ギンガマンが欲しい。ギンガマンが欲しい」って思い続けているのだ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「これってどういうガムなのかしら」
ママはエプロンのポケットからガムを取り出した。
「シンちゃんには悪いけど食べちゃおっと」
なんとママは、ガムを食べてしまったのだ。
「あら、どういうこと。まわりからいっぱい声が聞こえるわ。まあ、さいとうさんったら、わたしのことそんなに若いと思ってくれていたのね。うれしいわ」
ママは、テレパガムのことをちょっとふしぎに思ったみたいだけど、すぐに慣れて、今はもう人の心を読むのにむちゅうだ。
「遠くからパパの声が聞こえてくるわ。この前の結婚記念日に帰ってくるのが遅くなったことで、わたしにあやまろうかと思ってるみたい。わたしはおこってなんかいないよ。パパ」
「シンちゃんがさかんに叫んでる。ギンガマン、ギンガマンって。こんなにほしがってるって、ママ知らなかったわ」
「あら、もうなにも聞こえなくなったわ。ほんと短い間なのね」
ママは、味のなくなったガムを紙にまるめて捨てて、なにごともなかったかのように、晩ごはんを作りはじめた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ママ、ホントにテレパガムをサンタさんにわたしてくれたのかなあ。ぼくの気持ち、サンタさんにちゃんと伝わったんだろうか。ぼくは不安で不安でしかたがなかった。
そうだ。ぼくがテレパガムをかんで、サンタさんの心を読めばいいんだよ。ガムの袋にはまだ四、五枚のこってる。ぼくはガムを一枚とって食べた。
「うわあ、いっぱい声が聞こえる。こんなにいっぱいだと、どれがサンタさんの声かなんてわからないよ」
ぼくは、両手で耳をふさいだ。でも声はやまない。だって、心の中に直接聞こえてくるんだから。
「あっ、ママの声だ。あれっ? ママ、ガムをサンタさんにわたさないで、自分で食べちゃったんだ。ママ、ひどいよ。ひどいよ」
「遠くの方からパパの声も聞こえる。『シンちゃんのプレゼント、やっぱり地球儀がいいんじゃないか』って。パパもぼくのことわかってくれていないんだ」
パパもママも大きらいだ! もう顔も見たくない。ぼくは二階の押し入れに閉じこもった。ぼくがふかくだったのは、押し入れのふかふかの布団の上で眠ってしまったことだ。
目を覚ますと、パパとママの声が聞こえた。さかんにぼくを探している。
「こんなに遅いのに帰ってこないなんて。事故にでもあったんじゃないか」
「そんなあ。シンちゃん、家の中にいると思ってたのに」
「ともかく、公園にさがしに行くとか、シンちゃんの友だちに聞いてみるとかしようよ」
ママはどうやら泣いているようだ。いい気味だよ。パパとママが反省するまで、押し入れから出てやらない。ぼくはそうちかった。
ふたりの声が遠くなった。外に探しに行ったみたいだ。これじゃ反省したかどうかわからない。そうだ、テレパガムをかめばいいんだ。ぼくはガムをかんでふたりの心を読んだ。
ママとパパの声が聞こえる。
「今日ね、シンちゃんからあずかったガムを食べたら、ふしぎなことにシンちゃんの心の声が聞こえてきたの。さかんにギンガマン、ギンガマンって言ってたわ。シンちゃん、そのふしぎなガムをサンタさんに食べてもらって、心を読んでもらうつもりだったみたい」
「そうか、シンちゃんはたぶんママがガムを食べてしまったことを知っちゃったんだ。それで、ぼくらに抗議してるんだよ」
「そんなに、ギンガマンがほしかったなんて……」
「うーん、でも、こんな方法でほしいものを手に入れるって良くないことだよ。ほしいものがあれば、シンちゃんがぼくらに直接言ってほしい。どうしてそれがほしいのか、ってことをね。シンちゃんにはそういう子供に育ってほしいんだ」
「そうね。どうどうと自分の考えを言える子にね」
ふたりの会話はぼくにはちょっとむずかしかった。でも、パパもママもぼくのことをちゃんと思ってくれていることはわかった。
だんだんガムの味がなくなってきた。声が小さくなってきた。ぼくが、もう一枚ガムをかもうと思ったとき別の声が聞こえてきた。
「シンヤ、人の心を読むのって楽しいかい」
ミータの声だ。ぼくの心に話しかけている。
「だって、パパとママがどうするか、最後まで知りたいじゃないか」
「人の心をかってに読むって良いことだと思うかい」
「……」
「心を読めなくても、お互いに信じあえることのほうが大切なんじゃないか」
「うん、だけど……」
「さっ、もう押し入れから出なって。テレバガムにたよらないで、シンヤが思ってることを、直接パパとママに伝えなよ」
ぼくが押し入れから出たとき、ちょうどふたりが帰ってきた。ぼくが「ごめんなさい」と言うと、ママは目にいっぱい涙をためてぼくを抱きしめた。パパもぼくを叱らなかった。
そのあとぼくは、パパとママに切々とうったえた。どれだけギンガマンがほしいのかってことと、そのことをどうしてもサンタさんに伝えなきゃいけないんだ、ってことをね。
やることはやった。言うことは言った。その後、ぼくはパパやママの心を読んでいない。
クリスマスがやってきた。プレゼントはなにをもらったかって? 実はぼく、そんなことはもうどうでもよくなっていた。うれしかったのは、思いどおりのプレゼントだったかどうかよりも、パパもママもぼくの言うことをしんけんに聞いてくれたことだったのだ。
残ったテレパガムは、ミータに返したよ。煮干しのお礼をつけてね。ミータは煮干しをぺろっと食べたあと、テレパガムをまたかくれ家に持っていった。ぼくにはなんにも言わずにね。




