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オトノシセン

作者: 夜乃氷空
掲載日:2026/09/04

 最初は。


 気のせいだと思った。


 夜。


 自分の部屋。


 時計の針だけが動いている。


 静かな部屋だった。


 だから。


 その音は。


 はっきり聞こえた。


 ……コツ。


 私は顔を上げた。


 窓の方から。


 音がした。


 ……コツ。


 もう一度。


 窓。


 誰かが。


 叩いているのだろうか。


 私はカーテンを見た。


 白い布。


 その向こうは。


 真っ暗だった。


 ……コツ。


「……誰?」


 返事はない。


 当然だ。


 こんな時間に。


 私の部屋の窓を叩く人なんていない。


 私は。


 ゆっくりとカーテンを開けた。


 誰もいなかった。


 窓の外には。


 暗い庭。


 風に揺れる木。


 それだけ。


「……」


 気のせいだ。


 そう思った。


 カーテンを閉める。


 ベッドに戻る。


 そして。


 電気を消した。


 暗闇。


 時計の針。


 静かな部屋。


 ……コツ。


 今度は。


 窓ではなかった。


 *


 次の日。


 学校へ行った。


 昨日のことは。


 誰にも話さなかった。


 話したところで。


 気のせいだと言われるだけだと思ったから。


 授業中。


 先生の声を聞いていた。


 黒板に文字が書かれる。


 ノートを取る。


 普通の時間。


 普通の教室。


 ……トン。


 後ろから。


 小さな音がした。


 私は。


 振り返った。


「どうしたの?」


 後ろの席の友達が聞いた。


「今、机叩いた?」


「え?」


「トンって」


「叩いてないけど」


「……そっか」


 聞き間違い。


 そう思った。


 前を向く。


 先生の声。


 チョークの音。


 ページをめくる音。


 ……トン。


 また。


 後ろ。


 私は振り返った。


 誰も。


 机を叩いていない。


「……」


 その時。


 気付いた。


 昨日。


 窓の方から音がした。


 私は。


 窓を見た。


 そして。


 音は。


 違う場所から聞こえた。


 今日。


 後ろから音がした。


 私は。


 後ろを見た。


 そして。


 次の音は。


 また。


 別の場所から聞こえた。


 ……トン。


 今度は。


 教室の前。


 先生の机の方。


 私は。


 動けなかった。


 見たくなかった。


 でも。


 見てしまった。


 先生の机。


 誰もいない。


 ……。


 何もない。


 *


 それから。


 音は。


 毎日聞こえるようになった。


 学校。


 ……トン。


 廊下。


 ……コツ。


 家。


 ……コン。


 お風呂。


 ……トン。


 どこにいても。


 音がする。


 小さな音。


 でも。


 聞こえたら。


 無視できない。


 だって。


 音がする。


 だから。


 見る。


 見て。


 何もいない。


 それだけ。


 最初は。


 そうだった。


 *


 三日目。


 音が。


 近くなった。


 朝。


 洗面所。


 鏡の前。


 歯を磨いていた。


 ……コツ。


 後ろ。


 私は。


 振り返った。


 誰もいない。


 そして。


 鏡を見る。


 ……コツ。


 今度は。


 鏡の中。


「……え?」


 鏡の中の。


 私の後ろ。


 何かが。


 動いた。


 私は。


 振り返った。


 誰もいない。


 もう一度。


 鏡を見る。


 何もいない。


 ……コツ。


 私は。


 歯ブラシを落とした。


 音は。


 鏡の中からではない。


 もっと。


 近かった。


 *


 四日目。


 私は。


 音を無視することにした。


 聞こえても。


 見ない。


 振り返らない。


 気にしない。


 ……コツ。


 朝。


 部屋。


 窓の方。


 見ない。


 ……コツ。


 ドアの方。


 見ない。


 ……コツ。


 ベッドの下。


 見ない。


 ……コツ。


 すぐ後ろ。


 見ない。


 私は。


 ただ。


 目を閉じた。


 大丈夫。


 何もいない。


 音なんて。


 ただの音。


 ……。


 静かになった。


 私は。


 ゆっくり。


 息を吐いた。


「……ほら」


 何もない。


 そう。


 思った。


 その時。


「どうして」


 声がした。


 私は。


 息を止めた。


 音ではない。


 声。


 耳のすぐ横。


「どうして、見ないの?」


 私は。


 振り返らなかった。


 振り返ってはいけない。


 見たら。


 何かが起こる。


 そんな気がした。


「ねぇ」


 声。


 近い。


「前は」


 私は。


 目を閉じた。


「ちゃんと」


 動けない。


「見てくれたのに」


 ……コツ。


 耳のすぐ横。


 ……コツ。


 ……コツ。


 ……コツ。


 何かが。


 こちらを呼んでいる。


 見ろ。


 と。


 振り返れ。


 と。


 私は。


 動かなかった。


 すると。


 声が。


 笑った。


「そっか」


 静かに。


 優しく。


「やっと気付いたんだ」


 何に。


 そう聞きたかった。


 でも。


 声が出なかった。


「音がした方を」


 ……。


「ずっと見てたもんね」


 ……。


「だから」


 私は。


 嫌な予感がした。


「気付かなかった」


 ……。


「反対側から」


 何かが。


 近付いていたことに」


 ……コツ。


 今度は。


 音がした。


 私の。


 すぐ前から。


 目を閉じている。


 それなのに。


 分かった。


 何かが。


 いる。


 目の前に。


 ……コツ。


 私は。


 目を開けなかった。


 開けたら。


 終わる。


 そんな気がした。


「見ないで」


 私は。


 初めて。


 声を出した。


「お願いだから」


 返事はない。


 ただ。


 ……コツ。


 音がした。


 今度は。


 どこからか。


 分からなかった。


 前。


 後ろ。


 右。


 左。


 違う。


 もっと。


 近い。


 ……コツ。


 私は。


 ゆっくり。


 自分の胸に手を当てた。


 心臓が。


 鳴っている。


 どくん。


 どくん。


 どくん。


 ……コツ。


 違う。


 心臓じゃない。


 もう一度。


 ……コツ。


 私の中から。


 音がした。


 私は。


 初めて。


 振り返った。


 もちろん。


 誰もいなかった。


 後ろには。


 誰も。


 いない。


 ……コツ。


 それでも。


 音は。


 聞こえた。


 ……コツ。


 ……コツ。


 ……コツ。


 そして。


 声がした。


「見つけた」


 私は。


 その声が。


 誰のものなのか。


 知っていた。


 ずっと。


 聞いていたから。


 毎日。


 どこかで。


 聞こえていたから。


 窓。


 教室。


 鏡。


 後ろ。


 耳元。


 そして。


 今。


 私の中。


 あれは。


 音なんかじゃなかった。


 ずっと。


 私を。


 見ていた――オトノシセン。

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