盲目の道化
【第一章 道化の恋】
艶かしい夕空の下で、私は悩んでいた。
勉強と運動、どちらも不得意。
それもあるが、本題は、他にある。
私は、恋をしていた。
少し長い髪の同い年。晴子と言う名だ。
どうしようかという悩みと、自分に出来るのかという、複雑な悩みだ。
初夏の斜陽はどこか寂しげで、気分が上がらない。
悶々とするなか、母に呼ばれ、飯に行く。
味はしない。正確には、感じることが出来ない。
浮かない顔の私を心配した母に嘘をつく。
「何も無いよ…」と。
気付けば月が見えていた。
私は、何も思うことなく、いつも通り布団に入った。
月光が強いわけでは無いが、眠れん。
私は、目と心を閉じた。
【第二章 道化の夢】
翌朝、私は学校に向かう準備をしていた。
今日は、話しかけられるだろうか。
そんなことばかり考えていた。
学校に着いたが、早く来すぎてしまった。
元来、友と呼べるものはあまりいないのだから、尚寂しさが増す。
独りで勉強しようにも、余りにもつまらない。
その後、皆が揃い、二限目の事だった。
「君達、夢はあるかね?この時間では将来について考える時間だ。時間をやるから、各々の夢を語りなさい。では、私が合図をするまで考えるように。」
夢。何とも大雑把なものだろうか。
ただ、私にも夢はある。
少しして、先生が口を開く。
「時間だ、席順で発表して行こう。」
私は三列目の前から二つ目の席。
各々発表をして行き、私の番。
「私は曲馬団に入って、人々を笑いで幸せにしたいです。」
そう、私の夢はピエロ、道化だ。
「成程…そういう夢も良いな。では次…」
ここで、後ろから声がした。
「誠二、笑いを取るとこならいつもしているだろ」
いつも、私を何かと貶すようにして笑いを取る厄介者の幸三だ。
「いつも兵式体操でヘマをして笑かしとるやないか」
私は、心を抑えた。堪えて、席に座った。
「静かに。十分良い夢ではないか。」
まだ、私を狂わせた出来事は続く。
その後の休みの時間の事だった。
「誠二君、曲馬団入りたいの?」
憧れの晴子さんだ。私の心は飛び上がった。
「そ、そうなんだ…」
「へぇ…私、ちょっと前に見たんだ。親と一緒に。楽しかったよ。」
「そうなんだ、よかったね…」
「うん、だから頑張って。」
この時は、まだ私の心は純白であった。
家で、私は一人で反省会をしていた。
もっと話を広げられただろうか、無理に広げようとしたら不自然だろうか。
そんな事ばかりだった。
【第三章 道化の解れ】
私はそれから、晴子さんと話す機会が増えた。
無論、嬉しかった。
ただ、ある日の休みの時間。
晴子さんが、幸三と仲良さげに話していた。
私もそこまで狂人ではない。
その時は、まだ気にしないようにしていた。
晴子さんとは、良い仲を築いていたつもりだった。
この調子ならあるかもしれない、絶対添い遂げたいなんて、まだ染まりきっていない林檎の紅色のような淡い願いだった。
それから、晴子さんと幸三が話すところをよく見るようになった。
私も仲が良いんだぞ、と。心で思った。
嫉妬も勿論した。ただ努力しようともした。
自分磨きと言うのだろうか?
そう言う努力をした。
私の計画に解れが生じたか。
淡く、更に淡くなる望みを取りこぼさぬよう、優しく包み込もうとした。
私も喋る時は喋る。ただ、独占欲というのだろう。そんな物があった気がした。
今は、それは小さかった筈だ。
また浮かない顔をして、母に心配され、嘘をつく。
もう嘘はつかず、正直に吐きたいものなのだが。
【第四章 道化の釘】
私は、いつも通り学校に向かった。
いつも通り過ごしていた。
帰り道だった。
「やァ、誠二」
私の親友の隆。剽軽な奴だ。
「あぁ…隆」
「なんか浮かない顔だな、悩みでもあるのか?」
「よくわかったな…」
「わかりやすいぞ」
「なんや、言うてみぃ」
「俺…好きな人が出来たんだ…」
「おう、誰や。言ってみぃ。誰にも言わへんから。」
「その…は、晴子さんって言うんだ…」
「晴子…晴子…?」
「そうだけど…何かあるのか…?」
「ん…言って良いか?」
嫌な予感はしていた。
「晴子のヤツ…好きな人がいるって噂や。誰かはわからんがな。」
「…そうか…」
私は、どこにもやれぬ何かを感じた。
まさかのまさか、だ。
この時、私は前しか見ず突っ走った。
五つの釘を工具店で買ってきた。
藁を探り、集め、四肢と頭を作った。
そして一つずつ刺した。
呪いのようなものではない、擬きだ。
擬物の呪いは機能するのか気になったが
結局ただの憂さ晴らしだった。
自己嫌悪の波に飲まれた私は、布団から
出られなかった。
【最終章 勝手】
私の恋は終わったのだ。
結局勝手な想いだったのだ、私の。
欠伸の息は空に消え、雲になる。
千切れた雲は飛び上がり、天に消える。
決まったことなのだ。
そうだ、全てはもう決まっているのだ。
もうあの人とも話さなくなった。
ただ、私には良いこともあった。
遂に道化になったのだ。
ただ、まだ簡単な仕事一つだけだ。
縄を使った簡単だが、最も難しい芸当だ。
綱渡りでもない。
人によってはどんなものより難しい芸当だ。
観客のいない、簡素な舞台の中央で
私は芸を終えた。
それから、仕事はない。
力の抜けた人形のような道化はもう終わったのだ。
【終】




