夜光貝の貴方へ、101回目の正直を
海辺の村に住む少女、プリーケは、十歳の誕生日に一つの夜光貝を拾った。
それは掌に収まるほどの小さな貝だった。陽の光にかざすと、内側が虹色に輝いている。
「綺麗……」
その時だった。
「また会ったね。」
振り返ると、黒い外套を羽織った青年が立っていた。射干玉の髪に、深い海を思わせる紺色の瞳に引き込まれそうになった。
この辺りでは見たことのない顔だった。
プリーケは思わず言った。
「久しぶり。」
青年は少し驚いて、それから嬉しそうに笑った。
「今回は、早かったね。」
「何が?」
「思い出すのが。」
青年はプリーケの手の中の夜光貝を見つめた。
「その貝は、君が何度も拾うんだ。」
「変な人。」
「そうだろうね。」
青年は笑った。
「僕は変わらない。でも、君は何度も変わる。」
意味が分からない。
青年の名前は、ガレンといった。
彼は病になることも、死ぬこともなく、何千年も生きているのだと。そして、何千年もの間、プリーケを探しているのだと言った。
可笑しなことを言う青年は、でもどこか寂しそうな顔をするものだから、プリーケは静かにその長く、信じ難い話を聞き続けた。すると不思議なことに、淡く夢を思い出すように、いくつもの記憶が蘇って来た。
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昔、プリーケは少年だった。
戦乱の国で馬を駆り、二十歳で死んだ。
その時もガレンはいた。
「また会おう。」
そう言って。
昔、プリーケは老婆だった。
百年近く生きて、畑を耕しながら静かに息を引き取った。
その時もガレンはいた。
「長生きしたね。」
そう言って。
昔、プリーケは学者だった。
星を観測し、海流を調べ、若くして疫病で死んだ。
その時もガレンはいた。
「続きは次の人生で。」
そう言って。
そして、どの人生でも。
必ず一度だけ。
ガレンと出会うと、ほんの少しだけ思い出すのだ。
遠い昔のことを。
自分が何度も生まれ、何度も死んできたことを。
「ねえ、ガレン。」
十歳のプリーケは聞いた。
「私は、前にどんな人だったの?」
「たくさんだよ。」
「お姫様とか?」
「うーん。」
ガレンは考えた。
「羊飼いだったこともあるし、船乗りだったこともある。母親だったことも、孤独な詩人だったこともある。」
「王様は?」
「一度だけね。」
「どうだった?」
「退屈してた。」
プリーケは笑った。
「じゃあ、私は何になりたいんだろう。」
「君はいつも同じことを言う。」
「何て?」
ガレンの深い色の瞳が遠くの海の色に染まった。
夕陽が波を赤く染めていた。
「世界を知りたい。」
それから幾千年。
プリーケは何度も生まれ変わった。
砂漠の商人。
山の修道士。
宇宙船の機関士。
水没した都市の記録官。
火星で生まれた子供。
どの人生も違った。
幸福もあった。
絶望もあった。
愛する人を失ったことも、愛されたこともあった。
そして、どの人生でも、一度だけガレンと会った。
そのたびに、前の人生を少し思い出した。
すべてではない。
握りしめた夜光貝の一層のような、ほんのわずかで、だが鮮やかな記憶を。
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白髪の老女になったプリーケは、いつかと同じように海を眺めていた。
窓の向こうには、いつかと変わらない海。
傍らには、変わらぬ姿のガレン。
「ねえ。」
老女は尋ねた。
「私は、どれくらい生きたのかしら。」
「数えきれない。」
「何人だった?」
「数えきれない。」
「賢くなった?」
ガレンは微笑んだ。
「少しだけ。」
「幸せだった?」
ガレンはしばらく考えてから答えた。
「君は毎回泣いて、毎回笑ってた。」
「そう。」
老女は小さく笑った。
「なら、悪くないわね。」
夕陽が部屋を染めていた。
机の上には、小さな夜光貝。
内側には、幾重もの虹色。
夜光貝の内側が虹色に光るのは、長い時間をかけて何層もの薄い真珠層が重なっているからだ。
一枚だけではこんな色にはならない。少しずつ、少しずつ積み重なって、ようやく美しく輝く。
「不思議ね。」
「何が?」
「どの人生も、たった一度しかないと思って生きていた。」
ガレンは頷いた。
「それでいいんだ。」
「どうして?」
「もし全部を覚えていたら、君は新しい人生を愛せなくなる。」
老女は目を閉じた。
「じゃあ、また忘れるのね。」
「うん。」
「一ついい?」
「…………、なんでも答えるさ。」
「私、あなたが好き。」
ガレンは何も言わなかった。
ただ、優しい目で海を見つめていた。
「今の私が好きなのよ。」
プリーケは少し笑った。
「前の人生の私じゃなくて。次の人生の私でもなくて。今の私。」
潮風が二人の髪を揺らした。これも、繰り返されて色褪せた、焼き増しの一幕なのかもしれない。でも、それでも良いのだ。
ガレンが小さく息をつく。
「ありがとう。」
それだけだった。
「それだけ?」
ガレンは困ったように笑う。
「プリーケ。人が人を愛せるのは、終わりがあるからなんだ。」
「終わり?」
「うん。」
ガレンの瞳には、夕焼けの海が映っていた。
「限りがあるから、一緒にいられる時間が愛おしい。失うことがあるから、抱きしめたいと思う。」
「私は違うの?」
「違わない。」
ガレンは微笑んだ。
「でも、僕は終わらない。」
また少し寂しそうに。
「君が老いても、死んでも、僕は残る。」
「だから?」
「だから、僕の気持ちは愛とは違うのかもしれない。」
プリーケは思わず笑った。
「馬鹿ね。」
ガレンが目を丸くする。
「何千年も生きてるのに、そんなことも分からないなんて。」
プリーケは笑って夜光貝を握りしめた。
「有限だから愛せるっていうなら。」
ガレンを見つめる。
「なら……、どうして、あなたは毎回会いに来るの?」
「……。」
「どうして、何千年も私を探してるの?」
「……。」
「私は忘れる。」
プリーケは静かに言った。
「次の人生では、あなたのことも忘れる。」
「うん。」
「それでも、あなたは来てくれる。」
「うん。」
「どんな姿でも。」
「うん。」
「何回でも。」
ガレンは小さく頷いた。
プリーケは笑った。
「多分、それを愛っていうのよ。」
波の音だけが聞こえていた。
プリーケの灰色の瞳がガレンを見る。
「ねえ、また、会える?」
ガレンは、何千年もの間ずっと変わらなかった優しい声で言った。
「また会おう。」
その瞬間、窓から吹いた潮風で、机の上の夜光貝が夕陽を受けた。
「次はもっと早く私を見つけて会いに来て。その時、もう一度答えを聞くわ。」
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ある子供が浜辺を歩いている。
小さな手が、一つの夜光貝を拾い上げる。
「綺麗……」
その時、後ろから懐かしい声がした。
「また会ったね。」
衝動に任せて書いてしまいました…( 一一)
一人でも読んで良かったと感じて下されば幸いです。




