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夜光貝の貴方へ、101回目の正直を

作者: 金桂花
掲載日:2026/06/19

海辺の村に住む少女、プリーケは、十歳の誕生日に一つの夜光貝を拾った。


それは掌に収まるほどの小さな貝だった。陽の光にかざすと、内側が虹色に輝いている。


「綺麗……」


その時だった。


「また会ったね。」


振り返ると、黒い外套を羽織った青年が立っていた。射干玉の髪に、深い海を思わせる紺色の瞳に引き込まれそうになった。

この辺りでは見たことのない顔だった。


プリーケは思わず言った。


「久しぶり。」


青年は少し驚いて、それから嬉しそうに笑った。


「今回は、早かったね。」


「何が?」


「思い出すのが。」


青年はプリーケの手の中の夜光貝を見つめた。


「その貝は、君が何度も拾うんだ。」


「変な人。」


「そうだろうね。」


青年は笑った。


「僕は変わらない。でも、君は何度も変わる。」


意味が分からない。

青年の名前は、ガレンといった。


彼は病になることも、死ぬこともなく、何千年も生きているのだと。そして、何千年もの間、プリーケを探しているのだと言った。


可笑しなことを言う青年は、でもどこか寂しそうな顔をするものだから、プリーケは静かにその長く、信じ難い話を聞き続けた。すると不思議なことに、淡く夢を思い出すように、いくつもの記憶が蘇って来た。



***********************************************



昔、プリーケは少年だった。


戦乱の国で馬を駆り、二十歳で死んだ。


その時もガレンはいた。


「また会おう。」


そう言って。


昔、プリーケは老婆だった。


百年近く生きて、畑を耕しながら静かに息を引き取った。


その時もガレンはいた。


「長生きしたね。」


そう言って。


昔、プリーケは学者だった。


星を観測し、海流を調べ、若くして疫病で死んだ。


その時もガレンはいた。


「続きは次の人生で。」


そう言って。


そして、どの人生でも。


必ず一度だけ。


ガレンと出会うと、ほんの少しだけ思い出すのだ。


遠い昔のことを。


自分が何度も生まれ、何度も死んできたことを。






「ねえ、ガレン。」


十歳のプリーケは聞いた。


「私は、前にどんな人だったの?」


「たくさんだよ。」


「お姫様とか?」


「うーん。」


ガレンは考えた。


「羊飼いだったこともあるし、船乗りだったこともある。母親だったことも、孤独な詩人だったこともある。」


「王様は?」


「一度だけね。」


「どうだった?」


「退屈してた。」


プリーケは笑った。


「じゃあ、私は何になりたいんだろう。」


「君はいつも同じことを言う。」


「何て?」


ガレンの深い色の瞳が遠くの海の色に染まった。

夕陽が波を赤く染めていた。


「世界を知りたい。」






それから幾千年。


プリーケは何度も生まれ変わった。


砂漠の商人。


山の修道士。


宇宙船の機関士。


水没した都市の記録官。


火星で生まれた子供。


どの人生も違った。


幸福もあった。

絶望もあった。


愛する人を失ったことも、愛されたこともあった。


そして、どの人生でも、一度だけガレンと会った。


そのたびに、前の人生を少し思い出した。


すべてではない。


握りしめた夜光貝の一層のような、ほんのわずかで、だが鮮やかな記憶を。




***********************************************




白髪の老女になったプリーケは、いつかと同じように海を眺めていた。


窓の向こうには、いつかと変わらない海。

傍らには、変わらぬ姿のガレン。


「ねえ。」


老女は尋ねた。


「私は、どれくらい生きたのかしら。」


「数えきれない。」


「何人だった?」


「数えきれない。」


「賢くなった?」


ガレンは微笑んだ。


「少しだけ。」


「幸せだった?」


ガレンはしばらく考えてから答えた。


「君は毎回泣いて、毎回笑ってた。」


「そう。」


老女は小さく笑った。


「なら、悪くないわね。」


夕陽が部屋を染めていた。

机の上には、小さな夜光貝。

内側には、幾重もの虹色。


夜光貝の内側が虹色に光るのは、長い時間をかけて何層もの薄い真珠層が重なっているからだ。

一枚だけではこんな色にはならない。少しずつ、少しずつ積み重なって、ようやく美しく輝く。


「不思議ね。」


「何が?」


「どの人生も、たった一度しかないと思って生きていた。」


ガレンは頷いた。


「それでいいんだ。」


「どうして?」


「もし全部を覚えていたら、君は新しい人生を愛せなくなる。」


老女は目を閉じた。


「じゃあ、また忘れるのね。」


「うん。」


「一ついい?」


「…………、なんでも答えるさ。」


「私、あなたが好き。」


ガレンは何も言わなかった。


 ただ、優しい目で海を見つめていた。


「今の私が好きなのよ。」


 プリーケは少し笑った。


「前の人生の私じゃなくて。次の人生の私でもなくて。今の私。」


 潮風が二人の髪を揺らした。これも、繰り返されて色褪せた、焼き増しの一幕なのかもしれない。でも、それでも良いのだ。

 

 ガレンが小さく息をつく。


「ありがとう。」


それだけだった。


「それだけ?」


 ガレンは困ったように笑う。


「プリーケ。人が人を愛せるのは、終わりがあるからなんだ。」


「終わり?」


「うん。」


 ガレンの瞳には、夕焼けの海が映っていた。


「限りがあるから、一緒にいられる時間が愛おしい。失うことがあるから、抱きしめたいと思う。」


「私は違うの?」


「違わない。」


ガレンは微笑んだ。


「でも、僕は終わらない。」


 また少し寂しそうに。


「君が老いても、死んでも、僕は残る。」


「だから?」


「だから、僕の気持ちは愛とは違うのかもしれない。」


 プリーケは思わず笑った。


「馬鹿ね。」


 ガレンが目を丸くする。


「何千年も生きてるのに、そんなことも分からないなんて。」


 プリーケは笑って夜光貝を握りしめた。


「有限だから愛せるっていうなら。」


 ガレンを見つめる。


「なら……、どうして、あなたは毎回会いに来るの?」


「……。」


「どうして、何千年も私を探してるの?」


「……。」


「私は忘れる。」


 プリーケは静かに言った。


「次の人生では、あなたのことも忘れる。」


「うん。」


「それでも、あなたは来てくれる。」


「うん。」


「どんな姿でも。」


「うん。」


「何回でも。」


 ガレンは小さく頷いた。


 プリーケは笑った。


「多分、それを愛っていうのよ。」


 波の音だけが聞こえていた。


プリーケの灰色の瞳がガレンを見る。


「ねえ、また、会える?」


ガレンは、何千年もの間ずっと変わらなかった優しい声で言った。


「また会おう。」


その瞬間、窓から吹いた潮風で、机の上の夜光貝が夕陽を受けた。


「次はもっと早く私を見つけて会いに来て。その時、もう一度答えを聞くわ。」



***********************************************





ある子供が浜辺を歩いている。


小さな手が、一つの夜光貝を拾い上げる。


「綺麗……」


その時、後ろから懐かしい声がした。


「また会ったね。」



衝動に任せて書いてしまいました…( 一一)

一人でも読んで良かったと感じて下されば幸いです。

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