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細かく、細かく。

作者: きら☆麿
掲載日:2026/05/24

 包丁がまな板を叩く音だけが響いていた。


 リビングからは、テレビゲームの音と、小刻みなボタンの音。


 同棲して、三度目の春が過ぎた。


 並んだ歯ブラシも、少しくたびれたバスタオルも、もう風景の一部だ。


 玉ねぎを刻む。


 刺激が、粘膜を刺す。


 視界が、ゆっくりと潤んでいく。


 ——玉ねぎのせいだ。


 そう思わないと、包丁が止まりそうだった。


 指先で涙を拭い、リビングを振り返る。


 彼は、画面の中の敵を追うのに夢中だ。


「ねぇ」


 声は、電子音にかき消されそうになる。


「たまには、一緒につくろうよ」


 一瞬、ボタンの音が止まった。


「……んー。あとで」


 視線は、こちらを向かない。


 再び、激しい連打音が始まった。


「あとで」が来たことは、一度もない。


 ——前は、呼べば来てくれたのに。


 彼女は、まな板の上の玉ねぎをボウルに移した。


 冷蔵庫を開ける。


 奥に置いたままの、緑色の塊に目が留まる。


 彼の、一番嫌いな野菜。


 ——ずっと、避けてきたもの。


 手に取る。


 洗って、半分に割って、種を掻き出す。


 包丁を入れる。


 これ以上ないほど細かく、細かく、刻んでいく。


「……これくらいは、いいよね」


 誰に向けたのかも分からない声が、静かに落ちた。


 刻まれたそれを、玉ねぎの上に重ねる。


 ひき肉を加えて、指でこねる。


 肉の脂に、ほんの少しだけ、苦い香りが混ざっていく。


 ※


「できたよ」


 その声に、ようやくリビングの音が止まる。


 椅子を引く音。


 向かい合わせに座る。


 テーブルの真ん中には、湯気を立てる二つの皿。


 彼は箸を手に取ると、迷いなくハンバーグを割った。


 一口、運ぶ。


 彼の動きが、止まった。


 ……。


 視線が、ゆっくりと彼女に向けられる。


 彼女は、それを見ない。


 ただ自分の皿を見つめたまま、付け合わせの野菜を口に運ぶ。


 いつも通りの、素知らぬ顔。


 彼はしばらく彼女を見つめていたが、やがて視線を落とした。


「苦い」とも、「なんだこれ」とも言わない。


 ただ、静かに。


 自分の嫌いなものが混ざったそれを、一つずつ、無言で噛み締めた。


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