細かく、細かく。
包丁がまな板を叩く音だけが響いていた。
リビングからは、テレビゲームの音と、小刻みなボタンの音。
同棲して、三度目の春が過ぎた。
並んだ歯ブラシも、少しくたびれたバスタオルも、もう風景の一部だ。
玉ねぎを刻む。
刺激が、粘膜を刺す。
視界が、ゆっくりと潤んでいく。
——玉ねぎのせいだ。
そう思わないと、包丁が止まりそうだった。
指先で涙を拭い、リビングを振り返る。
彼は、画面の中の敵を追うのに夢中だ。
「ねぇ」
声は、電子音にかき消されそうになる。
「たまには、一緒につくろうよ」
一瞬、ボタンの音が止まった。
「……んー。あとで」
視線は、こちらを向かない。
再び、激しい連打音が始まった。
「あとで」が来たことは、一度もない。
——前は、呼べば来てくれたのに。
彼女は、まな板の上の玉ねぎをボウルに移した。
冷蔵庫を開ける。
奥に置いたままの、緑色の塊に目が留まる。
彼の、一番嫌いな野菜。
——ずっと、避けてきたもの。
手に取る。
洗って、半分に割って、種を掻き出す。
包丁を入れる。
これ以上ないほど細かく、細かく、刻んでいく。
「……これくらいは、いいよね」
誰に向けたのかも分からない声が、静かに落ちた。
刻まれたそれを、玉ねぎの上に重ねる。
ひき肉を加えて、指でこねる。
肉の脂に、ほんの少しだけ、苦い香りが混ざっていく。
※
「できたよ」
その声に、ようやくリビングの音が止まる。
椅子を引く音。
向かい合わせに座る。
テーブルの真ん中には、湯気を立てる二つの皿。
彼は箸を手に取ると、迷いなくハンバーグを割った。
一口、運ぶ。
彼の動きが、止まった。
……。
視線が、ゆっくりと彼女に向けられる。
彼女は、それを見ない。
ただ自分の皿を見つめたまま、付け合わせの野菜を口に運ぶ。
いつも通りの、素知らぬ顔。
彼はしばらく彼女を見つめていたが、やがて視線を落とした。
「苦い」とも、「なんだこれ」とも言わない。
ただ、静かに。
自分の嫌いなものが混ざったそれを、一つずつ、無言で噛み締めた。




