最愛の、我が子のために
「お腹の子、女の子ですって」
私は仕事から帰ってきた夫に、帰ってくるなりニコニコしながらそう言った。
「本当か!女の子だったのか!?」
光の速度で私のお腹に耳を近づけた夫__ヴェルティオは、お腹の中で動く我が子を感じ、
「うん、そうか…そうか、早く出てきたいよなぁ」
と我が子と会話を始めた。
「もう、気が早いわよ。もうちょっと待ちなさい」
そう言いながら私は、お腹に張り付いた大きな子どもを引き離す。
引き離された夫は、それでも私の腰を優しく掴んだまま少し出たお腹を見て、
「いやぁ…テレシアに似ちゃったらどうしようか。この子、モテすぎてお父さん困っちゃうかもな」
なんて言っている。このタイミングからそんなに親バカが出るのなら、生まれたら一体どうなってしまうのだろう、というのが今私が考えている幸せな悩みの一つ。
「…あなたに似てお転婆になっちゃったら、それはそれで困っちゃうわね」
私は夫が凝視するお腹をさすり、ふふ、と笑った。
私達__ヴェルティオ・ジェネシスとテレシア・ジェネシス__は王都外れにある街ノルグに住んでいる。魔族領からも遠く穏やかな、しかし賑わいのあるこの街は、私達にとっては安息の地と言える。
夫はノルグとその近隣のいくつかの街に店を構える、『ジェネシス商会』の長として日々奔走している。
私はそこで一生懸命に働く彼を見て、この人と一緒になりたい、と思った。
常連のお爺ちゃんの為に見つからない品を求めて街々を練り歩く姿、数のいっぱい並んだ書類を苦戦しながら読んでいる姿、従業員と一緒に笑って仕事をしている姿。
そんな夫を見て、私は『この人』だと確信した。
「テレシアさん!言ってくれれば届けますのに…」
今私に話しかけたのは、夫の店で働く若い男の子。私の子どもの事は、私が子どもが出来たと言った日に全店に通達された。更に、逐一私の様子をノルグの店員に伝えているらしく、ノルグにある店の全ての人間は皆私が今どのくらいの時期か把握しているとの事。
私の事を想ってくれているのは分かるけど、ちょっと恥ずかしいなと、私はその時思ったのを憶えている。
「ちょっとくらい外に出て歩かないと、逆に身体に良くないわ。いつも、ありがとね」
私は男の子の心遣いに感謝を述べ、いくつかの商品を買い物かごに入れる。男の子は慌てた様子でこちらに来て、買い物かごをひったくって、
「重いものは、ダメです!」
と私の選んだ野菜がいくつか入ったかごを抱きかかえた。
他の店はどうか分からないが、ノルグの店の人はみんなこんな感じ。
ホント、夫の見る目と人望はすごいなと、私はいつも思う。
私が買い物を終えて出ようとすると、
「テレシアさん、家までお持ちします!」
と言って先ほどの子が私の元へやってきた。
__ご主人の役に立ちたい子犬みたいで、ちょっと可愛いわね。
私はそんなことを思いながら、店の棚を整理している女の子の方を向き、
「ナツキちゃん、お願いできるかしら」
とその女の子__ナツキを呼んだ。
「はいっ!」
ナツキは元気よく返事をしながら振り向いた。その際に短く切り揃えた黒い髪がふわっと舞う。
ナツキは別の、どこか遠い国からやってきた女の子らしい。たまに自分がいた国のよくわからない言葉や仕草をするけど、とってもいい子。店での人気もかなりのもので、どこかのファンが夜な夜な酒場に集まって話をしているとかしていないとか__
「せっかく気を使ってくれたのに、ごめんなさいね。ほら__うちの夫、ちょっとせっかちでしょう?私達が歩いているところをもし見たりでもしたら…」
『うちの夫』あたりで察した男の子は、私の話が終わる前に店の奥に消えていった。私とナツキはその様子を見て、お互いに顔を見合わせてクスッと笑った。
「テレシアさんって、昔は何していたんですか?」
帰り道にあるアクセサリが並ぶ店の軒先。私が『ちょっと寄って行こっか』とナツキを連れていき、二人であれやこれやと物色していた最中に彼女が私に聞いてきた。
私は、ちょっとだけ意地悪したくなって、
「うーん、悪い『魔女』かしら」
と答えた。ナツキはそれを聞いてキョトンとした顔をしている。
「__嘘よっ!うそうそ!魔法使いとして、冒険者をしていたの!」
しまった、恥ずかしい。私は恥ずかしさを躱すように矢継ぎ早に自身の言葉に被せて言った。
「えっ、魔法使いと魔女って一緒じゃ__」
「あ、これ!これなんか、ナツキちゃんにぴったりだと思わない?」
私は自身の恥ずかしさを紛らわすように、手に持ったブローチをナツキの胸元に当てた。もしかして似合うかもと思って取ったものだったが、やはりなかなか似合っている。
「本当ですか?テレシアさんがそういうなら、買っちゃおうかな…」
そう言いながらナツキはチラッと値札を見て、ギョッとした目をした後に、
「せっかく選んでくれんですが…」
と言いながらブローチを先程よりも丁寧に持ちながらそっと返した。
私は彼女が戻したブローチをもう一度手に取り、彼女の胸に当てた。
「あの…テレシアさん__」
「やっぱり似合う。私これ、あなたに買いたい」
私がそう言ったのを聞くと、ナツキはブンブンと手を振りだして、
「こんな高いの、ダメですよ!ヴァルティオさんに、怒られます!」
と慌てた声で言った。
「ヴェルティオは怒らないわ。あの人は『家族』にとっても優しいから」
「家族って__」
「あなたもよ、ナツキ」
そう言って私はそっとナツキの頭を撫でた。
夫は私とお腹の子だけでなく、ジェネシス商会で働くみんなの事を家族だと思っている__ナツキも、もちろんそう。
夫がそう思っているように私もみんなを家族だと思って接する事にした。まあ、男の人は『向こうの安全』のために一定の距離で接しているけど__
そんなことを思っていたらナツキがズッと鼻を鳴らし、その後顔を押さえて泣き始めてしまった。
「うっ…グスッ…嬉しいですっ。私、一人ぼっちで、ここに来て…みんなに、テレシアさんにっ…出会えて、ホントに…幸せれすっ」
グジグジと言いながら私にそう伝えてくるナツキを、私はそっと抱き寄せた。
「ナツキちゃんも私の大切な子どもよ。この子が生まれたら、その時は頼むわね?」
私がナツキにそう言うと、私に抱きかかえられた彼女は、安心したような表情を少しハッとさせ、
「あっ…今、赤ちゃんの声が聞こえました__よろしくって、言ってます」
よろしくね、と我が子に向けて言いながら私のお腹をさすった。
その日、夫は重要な会議に出席するために隣街へ出かける日だった。
「じゃあ、今日は早く帰ってくるから。テレシアは無理はするなよ」
私は、ここ最近続くお腹の痛みで動けない日が続いていた。
身体から来る痛みも当然そうだが、何というか__魂に直接響くような痛みが、昨日までの私を苦しめていた。
だけど、今日は何故か全く痛みを感じなかった。むしろ、全盛期のように調子がいい。
「ありがとう、あなた__でも今日はすごく調子がいいの、ちょっと外に出てきてもいいかしら?」
夫はいや、それは…といいつつも、少し含んだ後、
「…元気なのに家にいるのも、身体に毒か__それなら店に伝えておくから、ナツキあたりを一緒に連れて何かしてもらえると、助かるかな」
そう言って、家を出た。
「ありがとう。あなたも、気を付けて行ってきてね」
私は、手を振って夫を見送った後、ゆったりとした外用の服に着替えて久しぶりの外に出かけた。
ジェネシス商会の近くに行くと、店の前をグルグルと回っていた男の子に見つかった。
「あっ、ナツキ!テレシアさんが来たぞ!」
きっと、夫が伝えてからすぐ、今までずっとそうしてグルグルと回っていたのだろう__本当に、可愛い子。
そう思っているとすぐに商会の奥の方からナツキが姿を現した。胸元のブローチに光が反射してキラッと輝いている。
「テレシアさん!今日は大丈夫なんですか!?」
ナツキは大きくない大きい声で私にそう聞いてきた。
私が痛みで動けない間、夫の計らいでナツキはしばらく看病をしてくれていた。
「お仕事をしながらテレシアさんの役にも立てるなら、大歓迎です!」
なんて彼女は言っていたけど、私も彼女が側にいてくれるのはとても心強かった。
「ええ、今日はとっても元気なの。ナツキちゃん、今日もお願いしていいかしら?」
「はいっ!喜んで!」
__今日は、ナツキちゃんの好きなケーキが置いてあるあの店で『看病』してもらおうかしら。
私はそんな事を思いながら、ナツキと街へ出て行った。
「ご馳走様でしたっ、ありがとうございます」
「いいえ、美味しかったわね」
ナツキは大好きな果物のケーキと甘いミルクティー、私はホットミルクを飲んで店を出た。
「看病って名目なのにすいません…テレシアさん、こんなに元気なのに」
「あら、私に着いてきてくれるのも立派な看病よ?」
先程から少しだけお腹の痛みが出てきた。あまり気にする程ではないけど、そろそろ家に帰った方がいいだろう。
そんな事を思いながら家路に着いた時、私はふと思いついた事をナツキに聞いてみた。
「そうだ、ナツキちゃん。お願いしたい事があるのだけど…」
「はいっ、なんでも言ってください!」
私は張り切って私の事を見るナツキに、
「お腹の子、名前を考えてくれないかしら?」
と我が子をさすりながらそう言った。
「えっ…名前ですか?それって大切な事なんじゃ…」
ナツキはオロオロした様子でこちらを見ている。当たり前だ。先日家族と私に言われたが、まさかそんな事を言われるとは思ってもいなかっただろう。
「夫がね、私がこの子を授かった時から何百もこの子の名前を私に提案してくるの。女の子って分かったから、それは半分くらいになったんだけど…。
__ナツキちゃん、いい名前思いつかないかなって」
正直、夫と二人で名前を決めたら、この子が大人になるまで名前が決まらない気がする。ナツキが何かいい名前を考えてくれないかな、と思い私は彼女に提案した。
「__プリモラ」
「えっ?」
「あっ、いえ…」
ナツキはモジモジとしながら、今の発言を隠すように顔を伏せた。
私は彼女の肩にそっと手を置き、
「聞かせて、あなたの思う私達の子どもの名前」
と彼女に言った。
ナツキは少しずつ顔を上げて、私の顔を見て言葉を続けた。
「プリモラっていう名前が、ふと頭に浮かんだんです。
__私のいた世界では『プリマドンナ』っていう言葉があって、『舞台の主役の女性』って意味合いがあったんです。
それに、私がこっちで出会った初めての大切な家族の、最初に生まれる子どもだから…その…」
「それ__夫に提案していいかしら?」
何故かは分からない。『プリマドンナ』という言葉も初めて聞いた。
でも、私にはその名前が、とてもいい名前だと思った。
「はいっ、ありがとうございます!」
「ええ、ありがとう__きっと夫も気に入るわ」
そう言いながら、お腹の子に向けて、
「ねぇ、あなたもそう思うわよね、『プリモラ』__」
と言った。
その瞬間、ドクンとお腹が揺れた。
これまでの比にならない痛みが私を襲い、私は思わず地面に膝を付く。
「テレシアさん!!」
隣にいたナツキが屈み込み、私の背中を必死にさすってくれているが痛みは全く引かない__それどころかどんどん強くなってきた。
私は滲み出る汗を堪えながら、すぐ横にあった路地を指差す。
「こっち…私の家の、近道なの…」
私の言葉を理解したナツキは、細い身体で私を支えながら路地の方へと私を誘導し始めた。
「っ…」
歩く度に魂が軋む感覚がする。一体何が起こっているか、私には分からなかった。
「テレシアさん…少し、休みますか?」
私を支えてくれているナツキが心配そうな顔で私の方を見る。
「大丈夫よ…名前を貰えて、喜んでいるのかしらね…」
私はそう言いながら我が子をそっとさすった。このまま数分歩けば私達の住む家だ。そこまでなら__
「あれあれぇ?そんな辛そうにお腹を抱えて、何してるんですかぁ?」
背後から男の声がかかった。もったりとした、不快な声だった。
「今、話しかけないでください!テレシアさん、辛いんですからっ!」
ナツキは男の方を見ずに答える。そんな彼女に私は、
「大丈夫…ちょっと、休ませてくれないかしら」
と言って歩を止めた。
私はナツキに手を引かれて、路地にあった木箱の上に腰掛けた。
「何か用…?」
声をかけられた男はニヤニヤと笑いながら、私の問いに答える。
「いやぁね?あなた、子どもが出来てから定期的に魂が痛くなる感覚があるでしょう?」
「…そうだけど」
「私達も心苦しいのですよ?ですが、伝えないといけないんですよねぇ__
あなたのその子、『魔女』だと分かったんですよねぇ」
私は男の言葉に茫然としていた。まさか、私の子が『魔女』__
「何言ってるんですか!」
私の背中をさすっていたナツキが、私の身体に障らない程度の声で男に吠えた。
「いきなり現れて、この子が魔女とか__意味わからない事言わないでください!テレシアさん、こんなに辛そうにしているの、見えないんですか!?」
「いやぁ、私も仕事なのでねぇ。お身体に障っていたら、申し訳ありません__
ですが、伝えましたよぉ?テレシアさん」
そう言って男は私達が来た方を去って行った。
「…何なんですかね、アイツ」
ナツキは男の去って行った方向を睨んで悪態をついた。
「…もう休めたから、家まで頼めるかしら?」
「あっ、はい!すいません!」
私達は家路の残りをゆっくりと歩いていった。
__そう、私の子が、『魔女』なのね。
魂の痛みは、少しだけ落ち着いていた。
「__子どもの事なんだけど」
私は予想よりだいぶ早く帰ってきた夫にそう切り出した。夫は子ども、と聞いて光の速さで私の元にきた。
「ああ、何だ?この前から言ってた名前の事__」
「『救い』が、必要になったの」
私がそう言うと、夫は一瞬ポカンとした後すぐに顔を険しくさせる。
「救い…?__っ!何か、悪い病気でも見つかったのか!?」
そう言いながら我が子をさする夫に私は、言葉を続けた。
「この子は…諦めてちょうだい、あなた」
「__え?」
私の言葉が理解出来ず、夫は私のお腹に手を置いたまま固まってしまった。
数秒の静止の後、ようやく何かを言わなければと夫が口を開く。
「__何、言ってるんだ…?そんなにこの子、悪いのか…?」
「いいえ、この子は元気よ__元気すぎるくらい」
そこまで聞いて夫はバッと立ち上がった。
「だったら、何で…!」
「『魔女』なの、この子」
私は変わらず我が子のいるお腹を優しくさすりながら答える。
「魔女…?訳の分からない事を言わないでくれテレシア…僕にも、分かるように伝えてくれよ…!」
私はそこまで聞いてグッと唇を噛み締めた。
私だって、この子には生きていて欲しい。でも__
「…この子は『リーン』に還さなくちゃいけないの__そうしないと、世界に災いが起こると『言われている』の」
立ち上がってこちらを見ていた夫は、その言葉を聞いて私の肩を掴んだ。
「『言われている』って…そんな迷信の為に、大切な僕達の子を殺すって言うのか!」
「違う!__殺すんじゃないの…『還す』のよ!!」
「同じじゃないか!何で君は、そんな事…!」
私は夫の手をどけ、座っていた椅子から立ち上がった。お腹に痛みはあるけど、この程度なら大丈夫だ。
「ごめんなさい…『帰ったら』また、話しましょう」
そう言って出ようとした私に、夫は殺気をも感じるような言葉を投げかけた。
「『帰ったら』だって…?テレシア、何を言っているんだ…?
僕と君の絆の子を君自身が奪うのなら…僕の元に『帰ってくる』なんて、口が裂けても言えないだろ!!」
私は夫の殺気を込めた言葉を受けて、夫の方を振り返る。
振り返った私の顔を見て、夫は驚いていた。夫は振り返った私が、『涙を流している』理由が分からず困惑しているようだ。無理もないだろう。
「テレシア…君は__」
「…やっぱり、『教団』で生きてきた私と、普通の生活を送ってきたあなたは__一緒になるべきじゃなかった」
私がそう言って、夫に手を向けた瞬間、
「__何かあったんですか!!」
勢いよく部屋の扉が開けられた。私は飛び込んできたナツキの声に驚き、手を引っ込めようとしたが、
『貫け』
私の出した魔法は止まらなかった。
ドチャッと崩れ落ちる夫。あれだけ愛した男の顔は、私の手によって永久に見ることが出来なくなった。
ナツキがカタカタ震える音が、背中越しに聞こえる。本当に、最悪の場面を見せてしまった。
でも__
「ナツキちゃん…手伝って欲しい事があるの」
「いやっ…テレシアさん、私、嫌です…!」
振り返る私に思わず尻餅をつくナツキ。それでも何とか私から離れようとズリズリ動きながら、私の言葉を否定する。
「ごめんね、こんな所見せちゃって。でも、ナツキちゃんにしか頼めないの」
「いやっ…誰かっ!」
ようやく体制を立て直し、助けを求め逃げようとするナツキに私は、
「__お姉ちゃん、でしょ?」
『縛れ』
最低な言葉と、魔法を、投げかけた。
身動きが取れなくなったナツキが再び地面に倒れていくのを、私は抱いて受け止めた。
腕の中で震える彼女に、私は縋るように言葉をかけた。
「ナツキちゃん、この子__プリモラを、『救って』ちょうだい」
「あ…えっ、あ…い、いや、です」
「この子の為なの、お願い」
「すくっ…んっ、救うって__っ!」
ナツキは私の方を見られずに顔を背けた結果、顔の無い夫を見たのだろう。それ以上言葉を紡ぐ事はなかった。
私はそんなナツキを再び優しく抱きしめて、
「さあ、行きましょう__お姉ちゃん」
『扉を開けよ』
顔の無い夫を残し、二度と帰る事のない家から二人で消えた。
「ん〜、ちゃんと来てくれて、嬉しいですよぉ?」
暗闇の中で不快な声が聞こえた。アイツだ。多分、ずっと待っていたんだろう。
「…プリモラが、リーンに還り生まれ変わってくれるなら…幸せな事よ」
「はいはい、そうですよねぇ。さぁすがに『教団』の幹部は、そこら辺よぉく分かってますよねぇ。
__あなたも、送る側の人間だったんですもんねぇ?」
…本当に、不快。早くこの子の為に、終わらせてあげましょう。
私がそう決意した時、私の足元でモゾモゾと動く気配がした。私は、お腹を抱えてゆっくりしゃがみ込み、ナツキに声をかける。
「ナツキちゃん、最後に…お姉ちゃん、出来るかな?」
「__嫌っ!!嫌です!!テレシアさん、目を覚ましてください!!」
ナツキの声が、私の心の奥にチクっと刺さった。
そうか、私でも…『教団』に染まったこんな私でも、こんなにもみんなの事を__愛すことが出来ていたんだ。
私はナツキの言葉に再び涙を溢した。頬の辺りにポタッと落ちたであろうその涙に、ナツキは声を漏らす。
「…テレシア、さん__」
「ありがとう、ナツキちゃん。私を信じてくれて、本当にありがとう。
…でも、ごめんなさい__私、『悪い魔女』なの」
『明滅せよ』
「あっ…ああ!!」
ナツキの身体がビクンと跳ねてその後ガタガタと震え出した。魔法による『死』の寒気に、彼女は必死に耐えている。
それと同時にカチ、と音がした。
辺りが明るくなり始める。地面に、壁中に描かれた魔法陣が輝き周囲を照らしてゆく。
明滅する意識の中、ナツキが私の手を掴んだ。その手には既に、命の力強さはない。消えかける命の灯火を必死に点けながら彼女は、
「プリ…モラ__」
と最期に言葉を残し、地面に腕を落とした。
私はナツキの顔にそっと触れて頬を撫で、
「ありがとうナツキちゃん…お姉ちゃん。これでプリモラも__」
そう言った所で、私は身体の異変に気付いた。隣で黙って待機している男の方を振り向き、叫ぶ。
「なんで…私の魂が剥がれているの!?魔女はこの子__プリモラじゃないの!?」
その言葉に反応し、男はニヤニヤした言葉で私に返した。
「あなたさっき言ったでしょう?『私は悪い魔女』だって。
__まぁ実際の所、子どもだけリーンに送る事が、出来ないだけなんですけどねぇ」
「そんな…聞いてないわよ!!私はリーンには__」
私の声は、最後まで男に届く事は無かった。
私は暗闇の中を歩いている。
息が吸えない。そう思い魔法を使ったら、端から垂れ流れた。
私は酸欠で遠くなる意識を食いしばって止めながら、暗闇に吠えた。
「__何で私が、こんな所に来なきゃいけないの!!」
「どうして、こうなるって言ってくれなかったの!!」
何かにつまづいたと気付き、お腹を庇ってドサっと横に倒れる。
私は重たい腹を見て、ギリッと歯を鳴らし、
「こんな子、生まれなければ__」
そう言いかけた瞬間、
トクン、とお腹が揺れた。
__お母さん。
確かに聞こえたその声に、私はハッと我に帰る。すぐに涙が溢れて止まらなくなった。
私はその時、ようやく手に何かを持っている事に気付く。握った手を開いてみると、中からナツキにあげたブローチが姿を現した。
意識が遠い。身体の輪郭が、ぼやけていく。
これが最期の言葉になる__そう私は直感した。
限界まで息を吸い、横たわったまま優しくお腹を抱きかかえる。我が子の胸のあたりに、そっとブローチを当てた。
私は、手の中の温もりに向けて、そっと呟いた。
「そう…そうよね。お母さん、間違えてたよね…ごめんね。
…大丈夫よ、私が最後まで、一緒にいるから。
…後で、一緒に…ナツキちゃんにも、ごめんね…しようね。お父さんにごめんねは、私だけするから。
__生まれてきてくれて、本当に…ありがとう。
__愛してるわ、プリモラ」
__とまあ、ここまでが『母』の記憶だ。
私の名前はプリモラ・ジェネシス。
『干渉』の魔法を操る、魔女だ。
母の死後、私は『干渉』の魔法を使用し母を身の内に取り込んだ。母の記憶は、その時得たものだ。
私は『教団』とやらを呪った。私を、母をこんな場所に飛ばした『教団』を、絶対に滅ぼすと心に誓った。
その為に強い者も集めた。皆正気を失っていたので、私が『干渉』して上手く作り変えた。
だが、私が世界に『干渉』をした際、この世界はあの忌々しい『教団』がいる世界ではないと知った。私は再度『教団』を呪った。
世界に無理矢理『干渉』した弊害で、私の力は大きく削がれた。今では、暗闇の奥底で小さくなって眠っている事しか出来なくなってしまった。
私は、待っている。
光の世界に復讐する機会を。
そして__
「お父さん、お母さん、ナツキお姉ちゃん__みんな、愛してくれて、ありがとう」
願わくばあの日を、あの暖かい『光』達に包まれた優しい日々を取り戻したいと、
そう、切望している。




