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転生したら男性が希少な世界だった:オタク文化で並行世界を制覇する!  作者: なつのさんち
第五章:Vtunerデビュー直前

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執事教育

 藍子(あいこ)多恵子(たえこ)達の様子を見に行き、燈子(とうこ)はイラストを完成させるべく別室で作業中の為、現在事務所には伊吹(いぶき)美哉(みや)橘香(きっか)、そして智枝(ともえ)の四人しかいない。

 伊吹が美哉と橘香に声を掛けて、それぞれ隣に座らせる。


「ご主人様、よろしいでしょうか?」


 その様子を見て、智枝が伊吹へ真剣な表情で切り出した。

 伊吹は三ノ宮家(さんのみやけ)の人間しかいない今、美哉と橘香とイチャイチャしたいと思っていたところに水を差された形になったので、少しむすっとしながら頷いた。


「昨夜も今朝も、主従関係なく食卓を共にさせて頂きましたが、これは常からの事なのですか?」


(やっぱり引っ掛かってたのか)


 伊吹は智枝が、美子とや京香と同じく、主従は食事を別にするべきだと思っている事を察する。


「そうだよ。それは僕が小さい頃から続けている事だから、今さら止める事は出来ないからね」


「しかし……」


 伊吹を諫めようとしている智枝の言葉を遮って、伊吹が自分の想いを語り出す。


「僕は侍女であろうが執事であろうが、大切な家族として接したいと思っている。

 家族なら一緒に食事を摂るのが当たり前だし、話をする時は座って目を同じ高さに合わせるのが当然だと思っている。

 智枝にだって、第三者がいない状況であればソファーに座ってほしいんだ。

 いついかなる時も執事や侍女が畏まってたら、僕だって疲れる。

 分かるでしょ?」


 伊吹は自分の言葉を強調するように、美哉と橘香の肩を抱き寄せる。


「お言葉ながらご主人様。ご主人様はこれからもっと多くの従者の上に立たれるお立場です。

 今から人を使う事、人を従える事に慣れて頂かなければなりません。

 従者が畏まるのは主を敬愛しておればこそ。

 馴れ合いになってはいけないのです」


 伊吹の言葉に対し、智枝は聞く耳を持たぬと持論を押し付けて来る。伊吹としては、智枝の考え方もある意味正しいのだろうとは思うのだが、自分にそれを求められても困る。


 人の上に立つも何も、自分はこの世界の事も碌に知らない十八歳だ。

 この世界で育ったのなら何の不思議も疑問もなく、従者を当たり前のように使えたのかも知れないが、伊吹は前世一般庶民である。

 前世の常識が邪魔をして、すんなりと自分の立場を受け入れる事が出来ていないのだ。


「……じゃあ、智枝はいついかなる時でも僕に対して馴れ合ったり、甘えたり、抱き着いたり、家族のような触れ合いはしないんだね?」


「当然です。私はご主人様の生活をお支えする道具。

 道具に対する情は不要です」


 伊吹は智枝の言葉を聞いて、前世世界で呼んでいた、あるWEB小説を思い出す。

 小説投稿サイトに投稿されていた、女性の願望を全て断る事を職業としている主人公の物語だ。

 今回の場合は馴れ合いをしたいという願望を抱いているのは伊吹なので、お断りをするのは智枝になる。


「今から僕が言う事する事を全て拒否・否定してほしい。

 執事として、僕の無茶な命令を断り、僕を窘める事が出来るのであれば智枝は完璧な従者だ。その時は僕も譲歩しよう。

 けれど、僕の行動を拒否せず、智枝が受け入れてしまった時は、智枝が僕に譲歩するように。

 どうかな? 智枝に僕の我が儘を諫める事が出来る?」


「私はご主人様に譲歩などと、そんな偉そうな事は申しません。もしも私が馴れ合ったり、甘えたり、抱き着いたりしてしまった時は、ご主人様のご意向に沿った形でお支えするように致します」


 伊吹は美哉と橘香に後ろで見ておいてほしい、と耳打ちする。

 その言葉に従い、二人はソファーから立ち上がり、伊吹の後ろへと控える。


「よし、じゃあ今から始めようか。僕の言動全てを断るんだ。

 いいね?」


 智枝は伊吹の声に頷かず、澄ました顔で伊吹を見つめる。

 そんな引っ掛けに気付かない訳がない、とでも言いたげな表情。


「チッ! はぁ、本当に強情な女だ。

 俺の言う事に全て頷いていればいいものを」


 伊吹は智枝が自分の仕掛けた罠に引っ掛からなかった事に腹を立てている、かのように見せる。

 脚を組んで、腕を組んで智枝を睨み付ける。


「主の命令に黙って従うのが執事の仕事だろうが」


「いいえ、ご主人様。それは違います。

 ご主人様が歩む方向を間違われませんようお諫めするのも執事の務めなのです」


 智枝はこの際だからと、伊吹へ伝えるべき事をそのまま伝えていく。


「でも智枝って俺に命令されて、上手に仕事が出来た後でよしよしって頭撫でてやると嬉しそうにしてるよな?

 本当は俺に命令されたいんだよな?

 よくやったなって、褒めてほしいんだよな?」


 智枝の表情が僅かに曇る。

 伊吹が観察していた通り、誰かに褒められたいという願望が透けて見える。


「そのような事はございません。

 例えご主人様からお褒めの言葉を掛けられなくとも、するべき事をするのが執事の務めでございます」


(口調が堅いな、心を読まれないようにって構えてるな?)


 伊吹は厳しめにしていた口調を変えて、優しく甘い口調で智枝に言葉を掛ける。


「良いんだ。誰しも相手にこうしてほしい、こう言ってほしい、見ていてほしいって願望がある。

 智枝も俺に対して、素直になっても良いんだぞ」


 智枝は伊吹の意図を測りかね、少し思案する。

 そして、馴れ合ってはならないというルールを思い出したかのように、小さくお断りしますと呟くに留めた。


「智枝。俺が智枝を褒めたところを想像したな?」


「いいえ」


「智枝、お前が俺の家具だと言うならスカートをたくし上げて下着を見せろ」


 何の脈略もない突然の命令に、智枝の身体が強張ったのが伊吹にも見て取れた。


「お断り致します」


「俺が家具の色を確認させろと言っているのに、お前は嫌だと言うのか?」


「家具にも見られて然るべき箇所と、そうでない箇所がございます」


「家具ならばそうだろう。けれど、智枝はそうじゃないよな?

 本当の智枝は、俺に心から屈服されたい。

 言われた通り仕事をこなし、良くやったなと褒められたい。

 ご褒美だぞって、頭を撫でられたい。

 そう思っているんだろう?

 素直になれ、想像しただけで身体の芯が熱く滾っているはずだ。

 俺が直接見て確かめる。

 スカートをたくし上げて下着を見せるんだ」


「お断り致します」


 智枝の表情から、伊吹に対する戸惑いが見える。

 通常、男性が女性に対して性的な要求をするのは極めて稀である。

 何より、智枝は伊吹の美哉と橘香への気持ちを聞いていた。その二人がいる前で、自分に対してそのような命令を本気でするだろうか。


(いけない、これは私のご主人様への忠言から始まった事だったわ)


 智枝は努めて冷静に、感情の起伏なく答えようと口を開くが、その前に伊吹から叱責が飛んで来た。


「主の手を煩わせるつもりか?

 何度も言わせるな、お前の下着を確認する。

 自らスカートをたくし上げて俺に見せてみろ」


「お断り致します」


 伊吹の要求はさらに過激になっていく。


「そうか、さては俺の手で無理矢理スカートをたくし上げられ、直接触れてどうなっているか確認してほしいと思っているんだな?

 だから頑なに見せようとしないのだろう。

 なるほど、主の手によって辱められたいなどと考えていたのか。

 とんでもない変態執事だ」


 智枝の身体が僅かに身じろいだ。


「……いえ、違います」


 智枝が持っている男性像からかなりかけ離れた言葉を浴びせられ、どう反応すれば良いのかと混乱し始めている。


「どうした、主の命令に従えないのか?」


「そのようなご指示は業務内容に含まれておりません」


「業務内容? 業務内容というのであれば智枝は俺に抱かれて子を産むのも業務内容に入っているんじゃないのか?

 誰かからそう指示を受けてるんだろう?

 俺を誘惑するならば絶好の機会なんじゃないか?」


「いえ、決してそのような事はございません!」


 追い打ちを掛ける伊吹に対し、必死な表情で否定する智枝。


「でも男性保護省から来ている人間だからな、どこまで信頼出来るか……」


「いえ、私は男性保護省へは出向している身であり……」


「現に今、俺の命令に背いているじゃないか!」


「私はご主人様をお諌めするのも役割であり……」


「そんな事言って、僕を思い通りに操ろうとしているんでしょう!?

 あの日屋敷に来た警官だって、本当の警察官だった。

 僕を誘拐して、子種を搾り取るつもりなんだ。オスの鮭みたいに!」


「そのような事はございません! 私は生涯、貴方様へお仕え致します。この身も、心も!

 何も隠し事などございませんし、嘘偽りを吐く事もございません。

 どうか、どうか私を信じて下さいませ……」


 激高する伊吹に対して、深く頭を下げて見せる智枝。

 いつでもこの首を差し出す覚悟はある、そう訴え掛けているようにも見える。

 そんな智枝の態度を見てか、伊吹の口調がガラッと変わる。


「……ホント?

 僕、本当は不安なんだ。

 知らない人が、お澄まし顔で僕が、何をするか、何を言うか、じっと見つめている、のが怖いんだ

 だから、だから、仲良くなれたらって、お姉ちゃんの事、智枝さんの事を、良く知れたら、怖くなくなる、のかなって……」


 両手で顔を覆い、力なく俯いて呟く伊吹。鼻水を啜り、しゃくり上げて、上手く話せないでいる。


 しばらくの時間を要して伊吹の呼吸が落ち着き、顔を上げて智枝の様子を見上げる。

 智枝はブルブルと身体を震わせ、両手を握り締め、さらには歯を食いしばっている。

 そんな智枝の様子を見て、伊吹はゆっくりと立ち上がり、智枝へと向き直る。


「怒らせちゃったね、ごめんなさい。

 僕、お姉ちゃんに酷い事言っちゃった、許して下さい。

 お姉ちゃんは僕の事を思って言ってくれてたのに……」


 智枝は自分へ頭を下げる伊吹に驚き、膝を突いて伊吹の顔を覗き込む。


「そんな! お顔をお上げ下さい! 私は何も怒ってなどおりません!」


「ホントに?

 怒ってないの?

 僕、酷い事いっぱい言ったのに?」


「もちろんです。酷い事など何もされておりませんので、許すも何もございません」


 智枝の言葉を受けて、伊吹がホッと息を吐く。


「良かった。僕、お姉ちゃんに嫌われちゃったかと思って、すごく怖くて、僕、僕……」


 崩れ落ちるように床に座り込む伊吹。智枝が思わず伊吹の肩を支え、そしてそのまま力強く抱き締める。


「私はご主人様をお支えし、お守り致します! 何に代えましても!」




「智枝さん、アウトー」

「チョロすぎアウトー」


「え?」


 伊吹は抱き締められている智枝の腕を優しく解き、ゆっくりと立ち上がる。


「泣いている僕を抱き締めてしまったね。弱く、力のない僕をそのまま受け入れてしまったね。

 強くなるよう促すのではなく、冷静に疑いを晴らすのではなく、感情的になった僕を諫める事も出来なかったね」


「あ……」


「と言う事で、この勝負は僕の勝ちだね。

 家族のように抱き締められて、嬉しかったよ」


 智枝は慌てて立ち上がり、伊吹に対して頭を下げる。


「ししし失礼致しました! 私とした事がご主人様に気安く触れるなど……」


 頭を下げたままの智枝に対し、伊吹は手を取ってソファーへ座らせる。

 そして、その手を握って語り掛ける。


「僕は母も祖母も亡くした。侍女ではあるけれど、美子(よしこ)さんと京香(きょうか)さんは僕にとって、母親代わりだ。

 美哉と橘香も、侍女というよりも幼馴染だし、智枝が聞いていたとおり、将来的には結婚するつもりでいる。

 僕は侍女であれ執事であれ、親密で、確かな信頼関係で結ばれた関係になりたいんだ。

 動く家具に囲まれて、ひとりぼっちで生活するなんて嫌なんだ。

 分かるだろう?」


 伊吹の問い掛けに対して、曖昧に頷く事しか出来ない智枝。

 理解出来るが、執事としての立場や本来あるべきとする智枝の中の理想が邪魔をしているのだ。


「執事として、そして家族として、僕と共に楽しい生活を送ってほしいんだ。

 その方が、みんな幸せになれると思わない?」


 伊吹は智枝にそっと顔を近付けて、その耳元に小さく囁く。


「ねぇ? お姉ちゃん」


「はうっ……!?」


 智枝はこの時初めて、すでに自らの性癖を打ち抜かれた後だという事に気付いたのだった。

こちらも合わせてお楽しみ頂ければ嬉しいです。


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