有手庵伊乃里摩耶
摩耶は朝早くに侍女に起こされ、簡単な食事を採って身支度を済ませた後、迎賓館を出た。
アルティアン王国政府専用機を使い、関西の空港へと移動。
そこからは電車の特急を乗り継いた後、国鉄にて廃線になった線路を観光専用鉄道として運営しているトロッコ列車に乗り、アルティアン王国のクニットルフォルト市と姉妹都市提携をしている自治体へと到着した。
「明智光秀というと、織田信長を本能寺で討った反逆者と教わりましたが?」
アルティアン王国では義務教育にて、日本の歴史を大まかに教わる。
その為、摩耶もある程度の大きな出来事については把握しておる。
「ええ、一般的にはそういう事になっております。
ですが、様々な説が唱えられておりまして、光秀公は本能寺にいるのが自らの主君だと知らなかったのではないかという説などもございます。
理由はどうであれ、私どもとしては、光秀公がこの地を治めておられた功績を讃えようと思っておる次第でございます」
明治時代に廃城になった後、様々な所有者を経て、現在は自治体の手により観光地として保存されている亀山城跡を、市長自ら摩耶を案内している。
「人によって見方が違う、ですか」
「ええ。当時の資料などをいくら調べようが、人の心の中まで見通せる訳ではございません。
光秀公が何を思い、何を成そうとしたか。それは本人しか分からないでしょう。
ですが、実際に成された事はこの城下町に残っております。
我々は、その成された物を後世へと引き継いていきたいと、そう考えております」
人の心の中を見通せる訳はないが、実際に成した事は後世に残る。
市長の言葉は摩耶の心に突き刺さった。
摩耶はアルティアン王国の第二王女として、国民から愛されていると感じている。
が、考えている事が表情に出にくい姉である第一王女、律以上に国民から次期王女になってほしいと思われている事を知り、複雑な想いを抱いた。
姉が女王の長子として、どれだけ自らを律して次期女王たらんとしているかを身近で見ている分、申し訳ない気持ちになってしまった。
国民からの声を鑑み、母親である女王も最近まで律を王太女として指名しなかった事も合わせ、摩耶は自らの身の振り方について非常に頭を悩ませ続けている。
自分が次期女王として相応しくない態度を取れば良いのではないか。
国民に対し、姉がどれだけ努力しているかを伝えれば良いのではないか。
母親から国民に対し、いかに第一王女が王太女として相応しいか伝えてもらう事は出来ないだろうか。
摩耶は様々な事が頭に浮かんだが、それぞれの立場を考え、姉にも母親にも次期女王について問い掛ける事は出来なかった。
「どうすれば光秀公は反逆者と呼ばれなかったのでしょうか」
摩耶の問い掛けに対し、市長は少し思案してから答える。
「難しい問題ですね。
信長公はとても気難しいお方だったと言われていますし、光秀公との間に行き違いや思い違いが多々あったと言われています。
よくよく話し合えば良かったのではと思いますが、あの時代ではなかなか難しいでしょうねぇ」
まぁ、今の時代でも話し合って分かり合う、というのは難しいものですが。と、市長は続けた。
摩耶はその後、地元で育てられた牛を使ったステーキやお米、京野菜などを堪能した。
両国親善試合が行われるフットボールスタジアムの近くの小学校で、地元の子供達と触れ合っているアルティアン王国代表選手達を激励した後、フットボールスタジアムへと移動した。
「これは……、月明かりの使者の曲かしら?」
車がスタジアムの駐車場へ入ると、どこからか月明かりの使者の楽曲が聞こえて来る。
同乗していた市の職員が、摩耶の疑問に対して嬉しそうに答える。
「実は、親善試合の国歌斉唱を月明かりの使者の慈音さんが務めて下さるとの申し出を頂いたのです!
そして、どうせならばと三曲ほど月明かりの使者の楽曲を披露するとまで仰って頂きまして!!
これも全て、摩耶殿下にお出まし頂いたお陰です。本当にありがとうございます!!」
摩耶が侍女の顔を見ると、摩耶を笑顔で見つめ返して来た。
「知っていたの?」
「もちろんでございます。
しかし、殿下には直前まで伏せておいた方がより感動も高まるだろうと思いまして」
「これはこれは! 勝手に話してしまいまして申し訳ございません」
慌てる市の職員を、摩耶が気にしないでと慰める。
摩耶に言わせれば、そういう大事な事を自分に言わない方がおかしいのだ。
「慈音さんが実際にこのスタジアムに来られるのではなく、スタジオからの生配信という形での楽曲披露と伺っております。
ですが、このような催しで月明かりの使者が歌われるのは、今日が初めてになります。
我が市がその初めての機会に選ばれるなど、何と名誉な事でしょうか!
ちなみにですが、実際に慈音さんが国歌斉唱をされるまでこの情報は伏せられる予定です。
殿下も内緒でお願い致します」
市の職員が口元に人差し指を付け、しーっとして見せる。
「ええ、分かりました」
摩耶が笑顔で同じように、しーっとして見せる。
と、そんな二人に対し、摩耶の侍女が持っていたスマートフォンを見せる。
「どうやらもう手遅れのようですね。スタジアムからの音漏れを聞いて、勘の良い子猫達がYoungNatterで拡散しています」




