キャリーの憂鬱
本日より一日一回の毎朝七時投稿へ変更致します。
「はぁ……」
藍吹伊通り一丁目内、小さな公園。
一人憂鬱そうにベンチで佇んでいるのは、元日本人転生者のキャリーだ。
「あなた、ここで何してるのかしら?」
そんなキャリーに話し掛けたのは、元米国人転生者のサラだ。
この二人は元経営者とその従業員という関係で、今も昔もさほど仲が良いという訳ではない。
「サラさん……」
「はい、コーヒー」
遠慮なくキャリーの隣に座り、コーヒーを手渡すサラ。
サラは未だ日本語を使いこなせているとは言い難く、キャリー相手では英語を使って話す事が多い。
「何か悩んでいるの?」
「……もしかして、治様に探すように言われましたか?」
「ナンノコトカシラ」
サラは髪の毛の下に隠れているインカムに手を当てる。
キャリーは与えられているマンションの自室にスマートフォンを置いたまま、監視カメラから逃れるようにこの公園まで歩いて来た。
『サラお母様、このスマートフォンの電源を落としてくれ』
サラのインカムからではなく、サラの持っているスマートフォンのスピーカーを使って治が英語で語り掛けた。
「……えぇ? どういう事?」
「いえ、治様。お気遣いなく。
と言うよりも、良い機会ですので私の相談に乗って頂ければ嬉しいです」
キャリー・アトモスは米国で生まれた。
世界初の男性Vtunerである伊吹、そして安藤家四兄弟の活躍をきっかけとして、キャリーは前世に日本人として過ごした記憶を思い出した。
日本に来たばかりの頃は、まだ朧気で微かな記憶でしかなかったが、今ではほとんどの記憶を取り戻している。
「真智ちゃんが良く言う言葉なのですが、前世の記憶を持つ女性にとって、この世界は本当に地獄だと思うんです」
マチルダは前世において喪女、そして腐女子。
イリヤは前世でも研究漬けの毎日。
この二人は前世においても男性経験に乏しい生活を送っていたが、キャリーは違った。
男性経験があるだけでなく、恋愛の末に結婚もしており、子育ての経験もある。
その記憶が、今世において大きな障害となってしまっているのだ。
「サラさんは、恋愛経験はあるんですか?」
「失礼な、あるに決まってるでしょう。
私をプロムに誘う権利を掛けて決闘騒ぎになるくらいだったわよ」
元日本人であるキャリーには、それが本当なのか、どれくらいすごい事なのかピンと来なかった。
しかし、サラは自慢げに鼻の穴を膨らませているので、すごかったのだろうと思う事とした。
「何故その記憶があるのに、伊吹さんに執着しておられるんですか?」
前世で恋愛経験があるのにも関わらず、この世に絶望せずに伊吹の尻を追いかけているサラの行動が、キャリーには不思議でならなかった。
「あなたにはそう見えるのね。
私が執着しているのはあくまで、イブキの地位と権力、そしてその身体よ」
サラはこの世界では処女であり、初めての際は伊吹に半ば無理やり犯される形だった。
前世でセックス経験があるからこそ、今世の身体でのセックス体験が尋常ではないと理解し、サラを執着させるに至ったのだ。
「……そんなに違うんですか?」
「全っ然違うのよ! あなたも試しに抱かれれば良いわ。
きっと病みつきになるから」
キャリーにそう勧めるサラだが、先ほど本人が述べたように、決して身体だけが目的ではない。
伊吹のそばにいれば自分が米国でライルを使って行おうとしていた事以上の事業を展開出来るから、というのも大きな理由となっている。
伊吹の子供を産めば、母子共に大事にしてくれるだろうという下心もある。
「試しにと言われても……」
今の自分はキャリー・アトモスであり、前世の記憶はあくまで記憶でしかないと理解してはいるのだが、恋愛の末に結婚をし、幸せな家庭を築いていたという記憶を蔑ろにするような気がして、伊吹に対して恋愛感情を持てないでいる。
『なるほど、俺様のせいか』
「え? どういう事?」
「……治様に、お母様と呼ばれたので」
そんなキャリーに向けて、未来から来たという高度人工知能の治は、キャリーお母様と呼び掛けた。
つまり、未来ではキャリーは伊吹の子供を産んでいるという事だ。
この予想がキャリーを苦しめた。
「そんなのあくまで不確定な未来の話でしょう?
イブキには妻の他に、抱かれたいと望む女性達が山ほどいるのだし、抱かれる必要も、子供を産む必要もないはずよ。
きっとイブキは自分の女じゃないからといって、扱いを変えるような事はしないと思うのだけれど。
これからの事業展開の上で、キャリーは必要不可欠な人材ですもの」
不確定な未来の話。
サラにそう言われ、キャリーは戸惑ってしまう。
「いやいやいや、でも治様は私の事をお母様と……」
「オサムは言っていたはずよ、あくまでオサムが因果関係に縛られていると。
今の行いをきっかけとして、未来が決まるの。あなたが望まないのなら、イブキとの関係を持たなければ良い。
その結果、この世界がどのように整合性を保とうとするのか分からないけれど、きっとオサムはあなたの事をお母様と呼ばなくなる日が来るわ。
その時が来ればきっと、オサムにお母様と呼ばれた事実も、記憶もなくなるんじゃないかしら」
自分の人生はあくまで、現在の自分が決める。すでに決まっている未来に向けて歩かされている訳ではない。
サラの仮説を聞き、キャリーは何となく心が軽くなった気がした。
「シランケド」
「いや知らんのかーい!」
今後ともよろしくお願い致します。




