部位チューナー化
治の棟、副社長室。
伊吹の前世世界で行われていたレジャーについて、改めて話し合いが行われている。
「ボーリング場はこのビルに用意するのは無理があるかぁ」
「奥行何メートルやったか具体的に分からんけど、一フロアぶち抜きにするくらいの広さやないとアカンと思うわ」
副社長には伊吹の他、元日本人転生者のマチルダとキャリー、そして元米国人転生者のイリヤが集まっている。
なお、イリヤと同じ元米国人転生者であるサラは、この場には呼ばれていない。
「米国でも割とメジャーなスポーツだったはずだけど、イリヤはボーリングについての知識があったりする?」
「すみません、貴方様のお役に立ちたいとは思うのですが、今世と同じく前世でも研究ばかりしていたので……」
イリヤが申し訳そうに話す。
「いやいや、そこまで気にするほどの事じゃないよ。
キャリーは?」
「私も親や友達と何回か行った程度なので、詳しくは分かりません」
キャリーも詳しく知識はないようだ。
もっとも、毎日のようにボーリング場に通っていたからと言って、レーンの幅や奥行、投げたボールがどのような仕組みで手元へ帰って来るかなど、詳しく伝えられる訳ではない。
「別にだいたいでええんちゃう?
落語と一緒で、うちらしか知らんねんからうちらが規格を決めてしまえばええやん」
「まぁそうなんだけど。
まずはどうやってレーンにボールを投げてたか思い出してみようか」
伊吹がソファーから立ち上がり、パントマイムを始める。
両足を揃えた状態で両手で球を持って構えて、左足から出して五歩進む。途中、球を持っている右手を後ろへ上げて、五歩目で球を前へ押し出すように投げる。最後に前に出ているのは左足だ。
「投げてから二秒から三秒後くらいにはピンに当たってた気がするんだよね」
『球の時速が分かればだいたいの奥行が出せるぞ』
四人の会話を聞いていた高度人工知能、治が手伝いを申し出る。
「うーん、ストライクかスペアを出した時に、ディスプレイに球速を出してくれるお店があったような気がするけど、速度までは覚えてないなぁ。
二十キロとかだったような気がするけど……、三十キロまでは行ってないはず」
『仮に球速が二十五キロでピンとやらに到達するまでに二秒半掛かるとして、奥行は約17.36メートルだな』
治がそのように教えてくれるが、その17.36メートルが妥当な距離なのかどうか、この場にいる四人には判断が出来ない。
「このビルに設置出来ひんにゃったら、どこなっと空いてる土地にボーリング場建てたらええやん。
ほんで、色んな長さのレーン作ってみて、どれがしっくり来るか試せばええんとちゃう?」
藍吹伊通り一丁目内には、まだまだ使用用途の決まっていない土地が余っている。
「なるほど、ボーリング場を先に作ってしまえば良いのか。
いずれは従業員の保養目的で解放すれば良いし、なぎなみ動画の配信でVtunerのボーリング対決とかも出来るね」
「ボーリング対決、ですか。
スポーツの際のアバターのトラッキングが上手く行くかどうか、乃絵流さんに確認が必要ですね」
キャリーはなぎなみ動画の開発が専門であり、3Dアバターなどの技術については詳しくない。
「そう言えば、色んな動画のコメント見てる時に割と多いのが、アバターの姿と実写の姿が違うから、誰が誰か混乱するっていう意見やな」
マチルダは自分が関わっていない動画や配信であっても、出来るだけ各コメントをチェックするようにしている。
「まぁ実写を元にして作ったアバターじゃないしね」
「だからな、部位チューナー化すれば良いと思うねん」
「Vtuner? 何か違うんだ?」
「あ、知らん?
顔だけVtunerのアバターを張り付けて、後は実写の身体をそのまま映すねん。
ほな食レポも出来るし、車乗ってドライブも行けるし、潮干狩りも出来んねん」
マチルダは前世世界にて、顔部分だけアバター表示しているVtuber、いわゆる部位チューバーの動画を見ていた。
「特定の部位だけをヴァーチャルにするって事か、なるほどなぁ。
でも、違和感ないかな? 変じゃない?」
「まぁ、見る方としてはすぐに慣れるな。
ちょっと頭が大きく感じるかもやけど」
伊吹自身、実写での動画撮影や生配信中は、ドット絵のお面を着けて活動している。
このドット絵のお面を部分的にアバターにしてやれば、素顔で撮影する事が出来るようになる。
「という事は、慈音様の顔を隠す必要がなくなるのではないでしょうか?」
「月明かりの使者全員、カメラの画角を気にする必要がなくなりますね」
「それは助かるな……」
イリヤとキャリーの言葉を受けて、伊吹が部位チューナー化について前向きに検討を始める。
今に至るまで、月明かりの使者は全員、カメラに素顔が映らないように工夫して撮影を行っていた。
お面を被ると、マイクに声が届きにくくなるのと、アリスと真子と凛子は演奏がし辛くなってしまう。
「お顔のアバターを張り付けるのではなく、お顔の位置に白く光を放つようなエフェクトを置いておくというのもありなのではないでしょうか?」
「曲によって色んな演出に使えそうですね」
「顔に位置に歌詞を出すとかもおもろいんちゃう?」
実際の姿を部分的にアバター化させるという提案から、様々なアイディアが生まれて行く。
その内容を、治が各関係先にレジュメとして送信する事で、部位チューナーの実装に向けて動き出す事となった。




