大司教の説法
VividColorsから派遣された潜入者二名と、警視庁公安部から派遣された潜入捜査官一名が、今日も伊吹教の教会と呼ばれる集会場所へ顔を出している。
すでに伊吹教内部で大司教と呼ばれている阿藤清華が内通者になった事が知らされているが、表立った連携の予定は今の所ない。
清華の行動を陰ながら補佐する形となるだろう。
また、三名の潜入者とは別に、宮坂警備保障から二名の警護官が派遣された。
熱心な伊吹教信者の振りをしながら、常に清華の周囲に控え、万が一の際には襲撃者から清華の身を守るよう指示を受けている。
「今日も藍吹伊通り一丁目の外周を歩くのは中止かしら」
「どうかしらねぇ」
「祈るだけならここでも出来るはずよ?」
「出来るだけ副社長のお近くで祈りたいじゃない」
教会として借りている研修施設の板の間に座りながら、参加者達が思い思いに同じ時間を過ごしている。
「皆さん、よろしいでしょうか」
そんな中、清華が皆の注目を集めた。
清華が用意していたホワイトボードの前に立ち、護衛の二人がホワイトボードの両脇に控えている。
大司教の呼び掛けに対し、信者達が清華へと身体を向ける。
「私達は伊吹教として、この場に集まっております。
が、考えてみて下さい。
三ノ宮伊吹親王殿下は唯一絶対的な神でしょうか?」
教会の和やかな空気が一変し、張り詰めた雰囲気へと変わる。
ほとんどの者が触れようとしなかった危うい部分に、あえて清華が追及してみせたからだ。
「私は殿下を、副社長を、一視聴者としてお慕いしております。
大司教などと過分な呼称を頂き勘違いしておりましたが、今一度考え直したく思っております。
ここは教会ですか?
私は大司教ですか?
貴女方は信者ですか?
いいえ、違います。
ここは研修施設のホールです。
私は大司教などではなく、ただの安藤子猫です。
貴女方は、何ですか?」
「私も安藤子猫です!」
「私もです!」
「そうだ、皆安藤子猫だったんだ!!」
「だいたいキリスト教みたいな名称はおかしいなと思ってたのよねぇ」
「聖巫女の方がよほどしっくり来るものねぇ」
「娘に変な集会に顔を出すのは止めろって言われてたのよ」
代表者として認識されている清華が口火を切った事で、違和感を抱えていた参加者達が素直な気持ちを吐露し始める。
潜入者がサクラのような扇動をせずとも、口々に現状への不満が挙げられていく。
対して、伊吹教である方が心地の良い信者達が口々に異議を唱え始める。
「何と恐ろしい、神を冒涜するのですか……!?」
「伊吹殿下こそが神! この世を統べる王の中の王!!」
「この国に伊吹神がおられるから富士山の噴火が抑えられているのが何故分からないの!?」
「伊吹様、罪深きこの者達を御赦し下さいませ……」
「大司教などと持て囃されて、随分と勘違いをしたようね」
その中にはこの研修施設を自腹で借りている資産家令嬢もおり、清華に対して厳しい視線を向けている。
その隣には、清華に対してあからさまに批判する老齢の女性の姿がある。
潜入者達の調査と福乃からの情報提供により、この老齢の女性こそが東南アジアの華僑から直接指示を受けている人物であり、日本人に見える見た目だが日本国籍を有していない外国人である事が分かっている。
日系人なのか整形なのか、恐らく両方だろうと思われる。
つまり、この研修施設を借りた資産家令嬢は全くの善意から行動をしており、伊吹を神と崇めているのも彼女の本心からの行動なのだ。
自らの行動を自分が考え、選択した上でのものであると信じている人間に対して、貴女は騙されている、利用されているといくら指摘したとて、すんなりと受け入れられるものではない。
従って、指摘するのではなく、考え方を少し変えてやる為に、清華は働き掛けようとしている。
「落ち着いて下さい。
私は伊吹殿下が神ではないと、崇めるのを止めようと言っているのではありません。
信じる心とは、目に見えないもの。心の内にあればそれで良いのではありませんか?
こうして集まって、自分が好きな物事を語り合える仲間がいる。それで良いのではありませんか?
誰も否定せず、誰も排除しない。
実は私、寺沢瑠奈さんをこの集まりから排除した事を後悔していたのです。
彼女もただ、副社長の事をお慕いしておられただけなのだ。
そう気付いたので、今日こちらへお呼びしております。
どうぞ、お入り下さい」
清華の呼び掛けに答え、ホールの扉を開けて、瑠奈が入って来た。
その格好は、黄色を基調とした和装、安藤英知のコスプレ姿で、両手の指全てにケッコン指輪が嵌められており、首からは数十を越えるケッコン指輪を通したネックレスが巻かれている。
「皆様お久しぶりですこの度神に仕えし巫女へと昇階致しました寺沢瑠奈こと伊緒奈です皆様ご存知の通り私はVividColorsに採用されてこの何週間か藍吹伊通り一丁目内にて勤務しておりました全宇宙の唯一神である伊吹様をより身近に感じる日々は私の中では宝物であり生きる意味そのものでありますこの幸せの為ならば何をしても良い何を投げうっても良いと考えており今すぐにでもお傍へ戻りたいと思っておりますが皆様へこの幸せをお教えしてほしいと大司教よりご依頼頂いたので仕方なくこうして皆様の前に立っておりますが本当に今すぐにでも戻りたいお傍へお近くへ参りたい何なら寝室へと呼ばれたいと呼ばれるのではないかと今こうしている間に呼ばれているのではないかと……」
息継ぎをせず口早に話す瑠奈の姿を見て、伊吹教信者達が眉を顰める。
何故今、瑠奈をこの教会内に呼び込んだのか、清華の意図するところも見えず、仲間内でひそひそと囁き合っている。
「はい、瑠奈さんありがとうございます。
これ以上お話しして頂くと、瑠奈さんの大切なお仕事に支障が出てしまいます。
瑠奈さん、これからもお仕事頑張って下さい」
瑠奈は清華に返事もせずに走ってホールを出て行ってしまった。
その姿を見て、伊吹教信者の面々が呆気に取られたという表情を浮かべている。
「さて、今の姿を見てどう思われましたか?
私には、狂信者と表現すべき姿に見えました。
瑠奈さんと自分は違うと否定されるでしょうが、それを決めるのは第三者の目なのではないでしょうか?
瑠奈さんの言動と私達の言動を、第三者の目で見て明らかに別のものであると映るよう、行動に気を付けるべきなのではないでしょうか。
でなくては、伊吹殿下にご迷惑を掛けてしまう。
私はそう危惧しております」
清華の語った内容を受けて、ホール内は静寂に包まれた。




