キャラ絵とアバター
「部屋だけはいっぱいありますので、ご自由にお使い下さい」
「ありがとうございます、お世話になります」
美子が藍子に交渉し、美子と京香が控える部屋を伊吹の部屋とは別に借りる事が出来た。
屋敷で暮らしていた時と同じく、このビルにいる間は伊吹と美哉と橘香の三人で一緒に寝る事が決まった。
「作って良かった、キッチンスタジオ」
藍子はこのビルの設備が役に立っているのを感じ、嬉しそうに笑っている。
現在、美子が別室にあるスタジオのキッチンで昼食の用意をしており、伊吹は打ち合わせの為に事務所のソファーに座っている。
「Vtunerの事務所なのにキッチンスタジオ作るってズレてるよねぇ」
「燈子さんは何で止めなかったんですか?」
「んー、何でだろ。分かんなーい」
伊吹と藍子はチャンネル開設と同時に投稿すると決めた『男性に聞く百の質問』の内容を考え、燈子は伊吹の姿格好を眺めながらキャラ絵のラフを描いている最中だ。
「まさか生の男性をモデルに絵を描く事になるなんてねぇ-」
(燈子さんは絵を描いてる最中は雰囲気が幼くなるな)
伊吹は、燈子の受け答えや絵を描いている時の表情を見て、ちょっとニヤけてしまう。
「でも名前決めなきゃ絵の方向性決めらんないなぁー」
「キャラ絵って描くのどれくらい掛かります?
動かせるようにするのにも時間が必要ですよね?」
伊吹が想像しているVtuner像は複数あり、3Dモデリングされているものや、イラストがそのまま動いているように見えるもの、中の人の動きとの時差がなくヌルヌル動く、歌って踊れるデジタルアイドルのようなものなどを想像している。
燈子が自身のスマートフォンを操作し、VividColorsからデビューした元一期生の動画を再生する。
「私が描いたイラストを元に、CGクリエイターを目指してる友達にお願いしたのがこれ。
まだ学生だから空いている時間全部使ってやってくれて、一ヶ月半くらい掛かった、りました」
「別に敬語じゃなくて良いですよ。藍子さんも」
「えーと、うん」
「はい、分かり、った」
燈子と藍子の返事を聞きつつ、伊吹は燈子のスマートフォンで動いているVtunerのアバターを見る。
(うわぁ、思ってたんと違う)
伊吹はようやく自分が思い違いをしていたのに気付いた。
この世界は西暦に換算すると現在二〇四二年ではあるが、元の世界よりも科学技術全般が遅れている。
手渡されたスマートフォンに映っていたのは、高校生が部活で頑張ったのかな? という印象の動きがぎこちない美少女CG的なものだ。
そもそも、伊吹はこの世界のVtunerがどんなものかを確認せず今ここにいる。
まだこの世界のVtunerは黎明期の真っ只中。これから技術が発展していくのであり、首を傾げたり瞬きしたり、ぎこちなく手を振ったりといった動きが精一杯なのが現状だ。
いわるゆ中の人の動きをモーションキャプチャー用のカメラで撮影し、用意したアバターの手足や顔など部分的に動くだけでも藍子は十分に満足している状況なのである。
(今はこれで満足するしかないけど、いずれもっと高度なアバターを用意出来るようにすれば良いか)
伊吹はとりあえず、現状あるもので勝負する事を決めた。
「今からそのお友達にお願いしたとして、ひと月で間に合うと思います?」
燈子は伊吹へ首を振ってみせる。
「厳しい、かな。二期生の分として十二人分のデータ作ってって言ったら殺す気かって怒られたからね。
だから二期生のアバターは十八禁ゲームを作ってる会社に発注したの。
……っと、ごめんなさい!!」
燈子が伊吹に対して、いやらしいゲームの話題を出してしまった事に気付き、慌てて謝罪する。
「いえ、全く気にしなくて大丈夫ですよ」
伊吹が苦笑を浮かべてそう言うが、燈子が謝った相手は伊吹の後ろに控えている美子と京香と美哉と橘香だ。
燈子が四人の顔色を窺うも、特に気にした様子は見られなかった。
「その会社に発注したアバターを見せてもらえますか?」
「それがこれなんだけど……」
燈子がスマートフォンを操作して、別のチャンネルを表示させる。
先ほどの一期生よりも動きが滑らかで、完成度が高い。
「十八禁のゲームって儲かるんですか?」
女性だらけの世界でもそういう大人向けのゲームがあるのか、と伊吹は自分のスマートフォンを検索してみたが、すぐに後悔した。
伊吹の前世世界で言うところの、ボーイズラブ系が多いようだ。
「いえ、今はそんなにみたいよ。
パソコンが普及し始めた時はすごかったらしいんだけど、今はネットで誰でも簡単に作品を公開出来るからね。
わざわざ箱に入れてお店に置いておくより売れる作品もあるから、上手く方針転換出来なかった会社は赤字で苦しいみたいね。
発注した会社も思ってたより安くで引き受けてくれたし」
この場合、一番割を食っているのは直接製作を手掛けたクリエイター達だろうなと伊吹は思う。
仕事が増えたからといって給料は増えず、最悪の場合残業代も貰えなかっただろう。
そんな可哀想なクリエイターを引き抜ければ、とまで考えた伊吹だが、もっと簡単な方法がある事に気付く。
「じゃあ赤字で苦しんでる会社から3DCGを作れる部署を丸ごと買い取りましょうか。クリエイターだけでなくパソコンや機材ごと譲ってもらいましょう。
もしくは会社ごと買収していらない人を追い出すか」
伊吹は自分のアバターを作成する為に、企業買収する事を藍子と燈子に提案する。
「と、とんでもない事言うね……」
藍子が若干引いている。
しかし、手っ取り早く技術を集めるのには有効な手段だ。伊吹の前世世界のGoogleも、YouTubeを二千億円で買収している。
「いらない人って言うと、例えばどんな人?」
燈子が絵を描く手を止めずに伊吹へ質問する。
「3DCGクリエイター以外の社員となると、シナリオライターとか企画とか営業とかですかね。後は事務系ですかね。経理とか人事とか。
いらない人を追い出すってのは言い過ぎですのように聞こえるかも知れませんが、社内で仕事をしてもらう以上、外部への営業活動は不要だし、人事もこっちで出来るし、買収した会社の経理なんて残しておいても良い事がないですし……」
つらつらと語る伊吹を前にして、藍子と燈子が顔を見合わせる。この男性は、どこでそんな知識を仕入れてきたのだろうかと驚いているのだ。
「うーん、ここでうだうだと考えてても仕方ないですね。
燈子さん、そのゲーム制作会社に連絡してもらえますか?
とある実業家が3DCGを作れる会社を探してるって持ち掛けてみて下さい」




