ライルの謝罪
ライルは執事からの通訳を受けて、伊吹へ何を言っているんだ、というような呆けた表情を見せた。
「敗因とはどういう事だ、Alphadealが新興企業に負けるなどあり得ない、と言っています」
この期に及んでも、ライルは自分が置かれている立場を理解していない。
「さらにもう一つ。
サラの今までの行いを、Alphadealの最高責任者としてVividColorsへ謝罪をしなかった事。
どうやらサンダースさんはサラを妻として見ていないようなので、夫としての謝罪がないのは仕方ないとしておこう」
ライルは表情を歪ませて、口を開いて、また閉じた。
何か言おうとしたのだろうが、メアリーがいるので、伊吹に筒抜けになってしまうのを思い出したのだ。
咳払いをし、ソファーに座り直して、改めてライルが口を開く。
「独断とはいえ、サラはした事は許されない事だ、賢者だからと好きにさせていたが、私も彼女には手を焼いていた、これからはそちらと良い関係を築きたいと思っている、と話しています」
賢者、という単語が出たが、伊吹はアメリカでの転生者の呼び方だろうと予想した。
伊吹が知る限り、自分の父親である伊織が一番年上の転生者だが、この世界で初めての転生者が伊織だとは思えない。
米国では昔から前世の記憶を持っている者を集めるシステムか何かが存在し、そのシステムによって見つけ出されたサラが、ライルに雇われたのだろうと伊吹は思った。
伊吹はライルの言葉を受けて、首を傾げて見せる。
「ん? メアリー、その通訳は本当に合っているのか?
サラが悪いと認めはしたが、自分の責任についてと、謝罪の言葉がないように思うのだが。
最高経営責任者ってのは子会社の社長がしでかした事をなかった事にするのが仕事なのか?」
ライルの執事は非常に言いにくそうに、ライルへ伊吹が言った内容そのままを通訳する。
自分が伊吹の言葉を当たり障りのないものへ変えて通訳したとしても、メアリーが改めて通訳をしてしまうのが分かっているからだ。
「すまなかった、と言っています」
続けてライルが喋り出したので、メアリーが同時通訳をする。
「新たな動画配信サービスが生まれた事を喜ばしく思う。ライバルがいないサービスは先細りするものだ。ライバルと認めつつ、互いに技術を高め合って行きたいと考えている。
そこで、今回我々は提案を持って来た、との事です」
伊吹の反応を見る為に、そこまで話して口を閉じるライル。
「聞こう。
が、形だけとは言え、サンダースさんは最高経営責任者としてAlphadealの非を認めた訳だ。こちらも形だけは歓待するとしよう。
紫乃、誰か侍女を呼んでお茶を入れるよう伝えてくれ」
紫乃が頭を下げて応接室を出て行く。
ライルは執事からの通訳を受けて、ほっとため息を吐いた。
伊吹は藍子へ小声で、ライルが否定しなかった事について確認し合う。
その二人を見たからか、ライルが表情を緩めて伊吹へ語り掛ける。
「私の事はライルと気軽に呼んでほしい、これからはビジネスパートナーとして、そして友として接してくれると嬉しい、と言っています」
メアリーが翻訳している間に、京香がお茶の用意を持って応接室へ入って来た。
「ビジネスパートナーになるかどうかは、これからサンダースさんが話す内容を聞いた上で判断しよう。
友となるかどうかも、同じ理由で保留だな」
ビジネスパートナーも友となるかも保留と言われ、ライルの表情が固まる。
京香が伊吹から順番に紅茶を配膳していく。
藍子、ジニー、キャリー、そしてイリヤとメアリーの前にも配膳した後、ようやくライルの分の紅茶が配膳された。
ライルは紅茶に手を伸ばし、伊吹へ嫌味を言う。
「先ほど私にサラを御せなかったと言っていたが、貴方も侍女を御せていないのではないか、紅茶を置く順番すら間違えるような侍女は見た事がない、と言っています」
「順番は間違えていないさ。
ちゃんと指示した通りに働いてくれる自慢の侍女だ」
伊吹の言葉を受け、智枝と紫乃の紅茶をサイドテーブルに配膳した京香が伊吹へ向き直り、礼をする。
そしてライルの執事と侍女の分の紅茶をもう一つのサイドテーブルへ置いて、もう一度礼をして応接室を退室した。
京香はモニタールームで応接室のやり取りを見ており、共に見ていたマチルダからライル達を後回しにして揺さぶるよう提案を受けたのだ。
つまり、お前を格下として見ているという侮蔑的表現をした形となる。
伊吹は多分そんなところだろうな、と思い自分の指示であると言っただけだ。
案の定、ライルの表情が再び険しくなる。
むすっとした表情で紅茶を啜っているライルを見て、伊吹は思ったより我慢強いなと感じた。
伊吹はあえてこちらから話題を振らず、ゆっくりと紅茶を楽しむ。
藍子と、やはりドリンクバーに紅茶も入れたいな、などと軽い会話を続けていると、ようやくライルが重い口を開いた。
「こちらの提案についてだが、Alphadealの株とVividColorsの株の一対一での交換による買収の提案だ、VividColorsをAlphadealの百パーセント子会社として買い取ろう、発行済み株数がどれだけあるか分からないが……」
「話にならないな」
メアリーが通訳をしている間に、伊吹はライルの提案を蹴る。
ライルが口を閉じて伊吹の言葉を待っているので、恐らく拒否される前提で提案した内容だろうと伊吹は受け取った。
「まず、VividColorsの株は宮坂家も保有している。俺達の独断で株を第三者に譲渡する事は出来ない。
次に、ライバルとしてお互い高め合って行こうという割に、完全子会社にして俺達経営陣を排除するつもりなのが見え見えだ。
さらに、一対一などあり得ない。現在のVividColors全体の評価額を考えると一対百でも釣り合わない」
VividColorsの評価額はすでに十億ドルを軽く超えている。
設立後、非上場のまま十年以内に評価額が十億ドルを超える企業の事を、伊吹の前世世界ではユニコーン企業と呼んでいたが、VividColorsは設立後三年で達成している。
「もっと突き詰めて言うと、これから下がり続けるであろう会社の株などいらん」
ライルの執事が通訳すると、ライルが何を言われているのか分からないと、首を傾げた。
タイミング良く、ずっとノートパソコンを操作していたジニーとキャリーが、伊吹へ作業の完了報告をする。
「『月明かりの使者』の全ての楽曲を非公開にし終えました」
「そうか、ありがとう」
伊吹が二人へ労いの言葉を掛けた後、ライルへと向き直った。
「VividColorsがGoolGoalからの圧力を受けて動画を非公開にした。
この情報を市場がどう判断すると思う?」




