謝罪と賠償の要求
「藍子、大丈夫だよ」
「でも……!!」
サラが勢い良く立ち上がったので、藍子が咄嗟に伊吹に覆い被さり守ろうとしたのだ。
「ありがとう、でも藍子が傷付いたら僕は悲しいよ?」
「私だって伊吹が怪我でもしたらと思うと……」
二人がイチャイチャしている間にライルの執事がサラの代わりに謝った事で、サラを拘束していた栗田が解放した。
『これはさすがにやり過ぎじゃないのか……?』
ライルが顔色を悪くさせながら呟いた言葉を、栗田は聞き逃さなかった。
『それでは今から貴方へ思い付く限りの罵倒を浴びせましょうか?』
ライルは俯いて黙ってしまった。
「さて、用事が終わったのなら帰りたまえ」
伊吹も内心やり過ぎじゃないかと思いつつも、そんな事は隠して不機嫌そうに聞こえるような声色で話す。
名乗ってはいないが、自分はこの国の皇太子の息子、内親王なのだ。
礼儀作法担当の式部姉妹から教えられた通り、毅然とした態度でいなければならない。
ライルの執事がサラへ何か言うが、サラは返事をせずに伊吹を睨みつけている。
動こうとした栗田を手で止めて、伊吹がサラへ質問する。
「言いたい事があるなら聞こう。ただし、お上品に話してくれたまえ。
お嬢さんは少し口が悪いようだ」
ライルの執事がすぐに翻訳するが、伊吹が込めた皮肉まではサラに伝えられない。
メアリーがわざわざ英語で皮肉を込めた内容を通訳し、サラを挑発する。
それを聞いたサラはまた怒りに満ちた表情を浮かべるが、口調は出来るだけ平坦にするよう努めているのが分かる。
「サラは今すぐ嫌がらせを止めるように言っています」
メアリーが伊吹の為に通訳している最中も、サラはメアリーに対する嫌がらせのつもりで話し続ける。
「『月明かりの使者』の百二十曲同時公開、結婚披露宴の配信。
アクセスが集中して負荷が掛かるよう準備していたのは明らかである」
しかし問題なくメアリーが同時通訳するせいで、どんどんサラの口調が激しくなっていった。
「さらにはYourTunesがサーバの強化を発表した途端に別サービスである『なぎなみ動画』の公開。
GoolGoalへの計画的な攻撃であると見做す。
今すぐ嫌がらせを止めて謝罪と賠償をしろ、しないとアカウントを停止させる、との事です」
伊吹はわざとらしく、ゆっくりと脚を組んだ。
「Do it , if you can」
やれるものならやってみろ、と伊吹が挑発する。
現状「なぎなみ動画」は月額会費と広告収入、共に順調に収益を得ているので、VividColorsとしてはもはやYourTunesのアカウントがなくなっても何の問題もない。
ただし、何の違反もしていない上でのアカウント停止、広告収益の支払いを拒否するのであれば全面的に裁判をする、と伊吹が付け加えて、メアリーが通訳して先方へ伝える。
ライルは念の為、自分の執事にも通訳をさせるが、特に違いはない事を確認し、ため息を吐いた。
「そもそも俺達は何も悪い事はしていない。むしろ被害者だ。
何の落ち度もないのに収益を振込予定日に入金されず、しかもそれをVividColorsの手続きミスだと公表された。
立派な名誉棄損であるし、それに対する謝罪も未だ受けていない。
それなのによく謝罪と賠償なんて言えたな。
恥ずかしくないのか?」
サラが手をわなわなと震わせて、伊吹へと言い返す。
「嫌がらせはそれだけじゃない、ここに来てからスマートフォンが電波を拾わない。電波を遮断して嫌がらせをしている、との事です」
「あぁ、ここは私有地だからな。一般回線はないんだ。
VPN網を敷いているからゲストが来る際はゲスト用のIDを教えているんだよ。
ゲストには、な」
言外でお前は招かれざる客だ、と言う伊吹の言葉を、メアリーとライルの執事が翻訳して伝える。
サラは顔を真っ赤にさせ、しかし努めて冷静な口調で答える。
「GoolGoalの社長である私がわざわざこんな国にまで来てやっているというのに、ゲストではないとはどういうつもりだ、だそうです」
伊吹はわざとらしくため息を吐き、ライルへ向けて労いの言葉を掛ける。
「サンダースさん。
男性でありAlphadealの経営者である貴方よりも、GoolGoalの社長であるこの女性の方が立場が上だと思っているようだが、大丈夫なのか?
あまり女性が付け上がるような接し方はしない方が良い。
こんなのに代わりなんていくらでもいるだろうに、自分が偉いと思い込んでわーわーと騒いで非常に不愉快だ」
伊吹はあえてサラを挑発するような事を口にした。もちろん伊吹の本心ではない。
ライルの執事は通訳しないが、メアリーは容赦なく伊吹の言葉をそのまま先方に伝える。
サラがまた立ち上がろうとするが、栗田がずいっと前に出て威圧したので思い留まり、座ったまま叫ぶ。
「今すぐ「月明かりの使者」の百二十曲と披露宴の動画を削除しろ、と言っています」
「いいだろう、今すぐ非公開にしよう」
伊吹が指示をして、ジニーとキャリーが用意していたパソコンで「月明かりの使者」の歌全曲と、副社長と社長と専務の披露宴の動画を非公開にしていく。
藍子がYoungNatterで、GoolGoalの社長からの強い要請があり、やむを得ず該当の動画を非公開にすると呟く。
しかし、先方のスマートフォンやその他端末はネット回線に繋がっていない為、本当に非公開にされたのかの確認が出来ず、藍子が呟いたという事実も把握出来ない。
もちろん通話用の回線もないので、外部からの電話を着信する事も出来ない。
ジニーとキャリーが作業を進めているのを目にしつつ、サラがまたも謝罪と賠償をと口にする。
「投稿した事自体がYourTunesおよびGoolGoalへの攻撃である。
必要以上のサーバの補強を迫られた。
謝罪と賠償を、との事です」
「『なぎなみ動画』が問題なく稼働している以上、攻撃ではなくYourTunesのサーバ運用の想定が甘かったと言わざるを得ない。
おっと。ジニー、キャリー。
君達の前の職場での働きを悪く言うつもりはないんだ。気にしないでくれよ」
先方が未だにこの二人が誰であるか気付いていないようなので、あえて伊吹がジニーとキャリーを話題に挙げる。
ここまでしてようやくサラがこの二人が元YourTunes執行役員と開発責任者である事に気付き、掴み掛ろうとして、またも栗田の手によってテーブルに組み伏せられた。




